ティータイムのフレンチトースト。


 悠利ゆうりは鼻歌を歌いながら台所にいた。時間は15時の少し前だ。もうすぐお茶の時間になるので、皆のためにお菓子を用意しているのである。

 とはいえ、今日は居残りがフラウとティファーナの女性二人。つい先ほどアリーが帰ってきたので、悠利を含めてもたった四人だけのお茶の時間だ。そうなると、あまり大量のお菓子は必要では無い。なので、悠利はとりあえず人数分だけを作り、あとは夕方に帰還するだろう欠食児童達への腹ごなしに回すことにしている。

 カカカカと小気味よい音を立てて、卵が菜箸で混ぜ合わされていく。ボールに落とされた卵を慣れた手つきで混ぜ合わせると、そこに牛乳と砂糖を投入する。本当はグラニュー糖の方が美味しいのだが、そんな便利な物は無かったので、普通の砂糖で代用することにした。

 綺麗に混ざったのを確認すると、悠利は一口サイズに切ったパンの耳をぽいぽいと放り込んでいく。お弁当用にサンドイッチを作った際に、耳だけ綺麗に残った分だ。耳だけ残っても、みたいな周囲の反応に、使い道があるから捨てないでねと言ったのは悠利である。パンの耳だって、ちゃんと上手に調理したら美味しく頂ける。食べられるのに捨てるなど、勿体ない精神で却下なのだ。


 …悠利は乙男オトメンだが、やはりその本質は、田舎のおばちゃんに近いかも知れない。


 卵液に浸されたパンの耳。じんわりと味を吸い込んでいくのを眺めながら、悠利はフライパンを熱した。熱を持ってきたのがわかると、取り出したのはバターだった。適当な大きさに切ってフライパンに落とすと、じゅわーっという音をさせながら溶けていく。バターの良い香りが台所に広がった。

 それを確認した後、菜箸でパンの耳を摘まんで、フライパンに並べていく。じゅうじゅうと食欲をそそる音を立てながら、焼かれていく。…悠利が作っているのは、残り物のパンの耳を活用したフレンチトーストだった。

 ラスクにするか悩んだのだが、ふんわりとした食感のフレンチトーストの方が食べたくなったのである。何を作るかは常に悠利の自由にされているので、自分の好み優先でフレンチトーストと相成った。

 勿論、本来なら普通にパンを活用するのだろう。パンの耳で作っても、あまり美味しくないと良く言われる。だが、別に不味いわけでは無い。これはこれで、素朴な味わいがあるのだ。ちょっと贅沢をするならば、フレンチトーストの上にカスタードクリームなどをのせて、オーブンでちょっと焼くと豪華になる。とはいえ、そんなものは存在しないので、シンプルなフレンチトーストになるのだが。

 片面が焼けたのを見計らって、ひっくり返す。そうして反対側も焼けたのを確認すると、大皿に盛っていく。大皿にまとめて盛りつけて、小皿でそれぞれ欲しいだけ食べて貰う方式に決めたのである。争奪戦を繰り広げるような人数では無いし、そんな大人げない面々でも無いのだから、と。

 これが、見習い組の万年欠食児童みたいな4人がいる場合は、ちょっと困る。少なくとも、取り分をきちんと分けておかないと、喧嘩が発生するのだ。というか、発生したことがある。簡単なクッキーを作ったときの話だ。大皿に山盛りにして置いておいたら、取り合いになってしまったのだ。ただのクッキーで大げさな、と悠利は思ったのだが、料理の技能スキルレベル50が影響しているのか、特別な材料など使っていないただのクッキーが、大変美味しかったのである。…当人に自覚はちっとも無かったが。

 

「味見~」


 焼き上がったパンの耳のフレンチトーストを、悠利はひょいっと口の中に放り込んだ。焼き立てて熱々なので、はふはふしながら食べる。濃厚なバターの旨味と、卵液の味付けが絶妙だったのか、実に美味しい。これならば、上に改めて砂糖や蜂蜜をかけなくても、十分甘味として通用しそうである。良かった、と安堵したのは、やはり、調味料を使いすぎると良くないという、貧乏性であった。砂糖はまだしも、蜂蜜はちょっと高級なのである。

 この世界、悠利の感覚では、食べ物が非常に美味しい。食材本来の味が、旨味が、現代日本に比べて多いように感じるのだ。その為、この世界の人々は、焼くか煮るかという単純な調理方法で生活しているように思える。特に庶民は。

 調味料は色々と揃っている。食材も揃っている。それらを調理するのに必要な道具も、決して足りないわけでは無い。魔石を利用した魔導具が多々あるのだ。現代日本ほど完璧とは言えずとも、色々と便利な道具は存在する。炊飯器然り、冷蔵庫然り、洗濯機然り。オーブンだって存在している。そもそも、火力調節の出来るコンロがある時点で、お湯が出てくる時点で、十分発展していると言えた。

 後は、料理に対する関心が低いのか、そちらの技術向上があまり見えないだけだ。

 確かに、魔物の肉は塩を振って焼くだけという、実にシンプルな調理方法でも大変美味しかった。ただの牛乳も、卵も、悠利が知るそれらよりずっとずっと美味しかった。だからこそ、特に手をかけなくてもそこそこ美味しい食事を食べられる為か、庶民は料理に対する認識が低いようだった。実に勿体ない、と悠利は思う。


「まぁ、日本でも昔の野菜は今より栄養価高かったとか言ってたし、そういう感じなのかなぁ…?」


 現代日本では、年がら年中様々な野菜が手に入るようになった。品種改良とハウス栽培のお陰だろう。ただし、その結果なのか、栄養価は下がっているのだとか。おかげで、現代人が摂取しなければならない野菜の量が増えているのでは、と悠利は思う。サラダを一皿食べても、昔の野菜と今の野菜では、栄養価が違うので、量が足りないのだろう。便利も善し悪しだと、そんなことを暢気に思った。



 …戻れないかも知れない故郷を思い出しているはずなのに、悠利は何一つ気にしていなかった。流石マイペース。



 大皿にフレンチトーストを積み上げると、悠利はヤカンにお湯を沸かす。フレンチトーストに合わせて、紅茶を用意するのだ。コーヒー豆も存在したのだが、この世界のコーヒーは苦みばかりが勝っている気がする。現代のコーヒーは様々な豆をブレンドしたものが多かったが、こちらのコーヒーは正直、ブラックで飲めるのはよほど苦みが好きな人間ぐらいだろう。扱いも、眠気冷ましになっていた。

 今日の紅茶は、ほんのりと花の香りのするものだった。茶葉に関しては、台所に大量にあったものを適当に使っている。皆も適当に使っているそうだ。時間があれば、一つ一つ鑑定して、ブレンドできるなら好みのブレンドを作ってみたいと思っている。…一度、知人の喫茶店の裏方を手伝ったときに、コーヒー豆や紅茶をブレンドしているのを見て、楽しそうだと思ったのが原因である。

 そうして紅茶とフレンチトーストの用意ができあがる。食卓の一つを綺麗に拭いて、趣味の延長で作ったランチョンマットを並べて、フレンチトーストの入った大皿と、小皿を並べる。紅茶は大振りなティーポットの中である。このティーポットは悠利が発掘した。それまで、紅茶はヤカンで入れられていたのだ。番茶やほうじ茶はともかく、紅茶はティーポットで飲みたい派の悠利であった。

 

「やぁ、ユーリ。美味しそうな匂いが外までしているよ」

「フラウさん」

「今日のお菓子はなんですか?とても楽しみにしていたんですよ」

「ティファーナさんも、お疲れ様です」


 ひょっこりと姿を現したのは、フラウとティファーナの二人組。今日は仕事もなく留守番を仰せつかっていた美女二人である。凜々しい美貌のフラウと、穏やかに微笑む姿が似合うティファーナ。外見も性格も似通った所はないのだが、彼女達は案外気が合うようで、予定が重なればこうして二人で仲良く現れる。

 悠利に促されるままに席に着いた彼女たちは、不思議そうにテーブル中央に置かれているフレンチトーストを見ている。それがパンの耳であることは理解しているだろう。だが、彼女達は悠利の料理の腕前を信じていた。彼が出すモノが不味いことなどないと思っている。

 美女二人が席に着くのと同時ぐらいに、アリーも姿を現した。こちらは甘味にはさほど興味はないのだが、紅茶は好きらしい。料理の技能スキルレベル50の恩恵だろう。悠利が淹れる紅茶は、他の誰のモノより美味しかったのだ。


「アリーさんも、お疲れ様です」

「おう。…で、これは何だ?」

「パンの耳で作ったフレンチトーストです」

「……ふれんちとーすと?」

「卵と砂糖と牛乳で味付けをしたパンの耳を焼いたんですよ」


 どうぞ、と悠利は三人に紅茶の入ったカップを差し出す。小皿とフォークが用意されており、三人はそれぞれ思い思いにパンの耳のフレンチトーストを取り分ける。パンの耳と言うことで固さを予想していた三人は、思いの外やんわりとフォークが刺さったことに驚いたように目を見張っている。なお、悠利はやはり、気づいていない。

 最初に口を付けたのは、ティファーナだった。上品に口に運び、一口だけ囓る。その隣でフラウとアリーは一口サイズのそれを遠慮無く口に放り込んだ。その辺り、性格が表れているということだろう。そうして三人は、三者三様の驚きを顔に表しながら、口の中の甘味を咀嚼した。

 ふわり、と口の中に広がるのは、バターの旨味と砂糖の甘さだ。そして、パンの耳をしっとりとさせているのは、染みこんだ牛乳と卵だ。パンの耳など固くて食べにくいと思っていた三人は、予想外の食感に驚きながらも、口元を綻ばせる。三人が喜んでいるのを見て、悠利もほわほわと笑った。


「ユーリ、これは実に美味しい料理ですね」

「ありがとうございます。本当は食パンで作るんですけど、耳だけ余っちゃったので」

「その余った耳をここまで美味に仕上げるのは、流石と言えるな」

「そんなことないですよ-」


 絶賛するフラウとティファーナに、悠利は困ったように笑っている。悠利にしてみたら、残り物を美味しく食べるために既存のレシピでおやつにしてしまっただけなのだ。固くなったパンなど、フレンチトーストにするか、ラスクにするかぐらいしか選択肢がない。或いは、砂糖をまぶして乾煎りしても、それはそれで美味しいおやつになるのだが。今日の気分はフレンチトーストだったのである。


「焼きたてに砂糖を軽く振ったり、蜂蜜を少し付けても美味しいですよ」

「それも確かに美味しそうですが、これで十分ですよ」

「ユーリにかかると、どんな食材も美味に変わるな」


 もくもくと小動物のように頬張るようにフレンチトーストを食べる悠利を、フラウとティファーナは優しく見ている。アリーは紅茶8割フレンチトースト2割の状態で食べつつ、ちらりと大皿を見る。優雅に笑いつつ、女性二人がどんどん食べるので、何だかんだでフレンチトーストが減っていく。

 不意に心配になったのだろう。アリーが口を開いて、悠利に問いかけた。


「これ、ガキ共の分はあるのか?」

「焼くだけにして準備してあります。結構な量の耳が残ったので。あと、残しておかないとヤックが拗ねるかなーと思うので」

「別にヤックだけじゃねぇだろ。俺らだけが食ったと知ったら、四人とも騒ぐな」

「確かに」

「そうですね」


 脳裏に似たような光景を思い浮かべたのか、四人は思わず顔を見合わせて笑った。「俺達の分は!?」と叫んで、悠利にしがみつきそうな見習い四人。その光景がありありと浮かんだのだ。




 なお、帰還後フレンチトーストを振る舞われた見習い四人は、全員感極まって悠利に抱きついて感謝を伝えていたのだった。


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