魔法のある科学的未来 ―タブレットマギウス―
あさかな たかさ
エピソード1 side:舞島千鶴(1)
私の目覚めは脳がオレキシンを分泌するところから始まる。……らしい。
完全に受け売りだ。脳がオレキシンというホルモンを随時分泌しているらしいが、それが一定量以上分泌される脳の覚醒が始まるという原理らしい。
まぁ、私はあんまり知らないけど。
「ふにゃぁぁ」
寝言のような何かが口から漏れた。ごそごそと動いて、もぞもぞと動いていく。
きっと端から見ると布団が勝手に動いているように見えなくはないと思う。
ふかふかな羽毛布団を羽織るようにして器用に頭だけを出してみる。
顔から感じる温度は、普段の人間が暮らすには少しばかり
ベッドから足を出し、床に付けるとコンクリートの冷たさが足の裏から伝わってくる。あまりの寒さですぐに、この部屋に一つしかないドアを開けた。
全面のコンクリートが冷えていてこの部屋はすごく寒い、だからすぐに出る。
部屋を出るとそこも壁がコンクリートな部屋になっている。けれども、そこには四つの机があるのだが、机上にはところせましと実験器具が置いてある。一部の器具には埃もかぶっており、それがいつからおいてあるかを物語っている。
実験器具につながれたいくつもの管はもはや机の領空だけでは収まり切らず、かつ別の机の道具にも繋がっている。そのため、部屋の中を簡単に移動するには長年ここで暮らした秘訣みたいなものが必要だったりする。
ちなみにここも寒い。薬学的にあまり部屋を暖かくしてはいけないそうだけど、そんな薬たちは捨ててしまえばいいのにと思う。そうすれば私は一日中薄着で生活ができるのに。
「おはようにゃー」
少々のあざとさと大きな愛を乗せた朝の挨拶をかましてみる。
「ん、おはよう」
けれども、そいつは無愛想に返事をするだけ。せっかく愛をこんもり盛ってあげているのに。
そいつの名は渡辺伶央という。私が愛すべきダーリンと言いたいがやつはきっと微塵も思ってはいないと思う。
「ご飯は?」
「作ってある、鍋の中にスープが入ってるからそれ暖めて食べろ」
無愛想そのもの、初対面の人なら、嫌われているのでは? と思ってしまいそうなぐらいだ。
「はいにゃー」
返事には愛とあざとさを忘れずに付けず。
ご飯を食べに調理室に向かう。
調理室は、私の寝室から出て右側にあり、毎回この大きな部屋にある実験器具の間をくぐるように、それでいて飛び越えるように通り抜けなければならないのである。
朝から気楽にそして、失敗すれば怒られる知恵の輪をやらせられるような感じだ。たまった物ではない。そして、大きな知恵の輪をクリアできると念願の朝食にありつくことができる。
「ごはん、ごはん」
作詞作曲わたしの歌を口ずさみながら調理室に入る。
この部屋だけは床がフローリングになっている。
私はばしゃばしゃと水で手を洗ってから、水道の隣にあるコンロの前に立つ。鍋の中にはおいしそうなスープが入っている。コンロに火を入れるだけなのに手を洗うのかというと以前、家に一日中いたときに彼の隣でコンロに火を入れようとしたところ
「バイオハザードでも起こすきか?!」
と、言って細菌とウィルスのことに関してなんか言われ続けた。ちなみに細菌とウィルスは似たようなものでしょ、と聞いた時にはとっても殺意あふれる表情をしてくれた。
彼のあんな表情を見たのは、今のところあれだけしかない。
そんなことを考えていると、温まったのか湯気がモクモクと鍋から立っている。
というか、火のかけ過ぎで湯気が尋常じゃないほどに吹き出している。
「ああ、まずい」
急いでコンロを止めて把手に手を付ける。けれども熱せられていたのは鍋自体だけでなくその把手も熱くなっていた。
「うわ、あっちゃ!」
それは神の采配か、はたまた私の不注意の結果か。
熱した鍋の把手を掴んだがすぐさま慌てて手を離したまでは良かったのだ。けれどもそれと同時に私はなぜか濡れていた床で足を滑らしたのだ。たぶんだが、先程何も考えずに手を洗った時に床が濡れてしまったのだと思う。
そして、体のバランスを取ろうとしたのか腕を勢いよく振り上げる。それが鍋の把手に引っかかったのだ。
床に仰向けで倒れていると宙に舞ったスープが私の頭上にちょうどあった。
あれに掛かったら熱いんだろうな……と間抜けな事を考えていた。
「…………っ!」
熱かった。熱くて熱くて熱くて熱くて熱くて熱くて熱くて熱くて熱くて熱くて熱くて熱くて熱熱熱熱熱熱。
それだけしか考えられなくなって。
状況を判断できなくなった。
薄手であったことが災いしたのか、全身が熱く感じた。
この時、ちょうど何かに持ち上げられる感触があったが、皮膚が焼け石のように熱く、とても熱く感じた。
…………。
……………………。
………………………………。
…………………………………………。
サーっと水が流れる音が聞こえる。
「あれ?」
気がつけば痛みは引いていた。
むしろ水の冷たさの方が、今は強く感じられる。
目線を上にずらすと伶央の顔がこっちを見下ろしていた。
不安そうな顔。
そう、いつか見たあの時のような悲しげな表情。大切なものをなくした子供の表情のようであったなと以前を思い出す。
「心配した?」
一言目に出した言葉がそれだった。
ちょっと意地悪のようにも感じた。それでも、私は確証が欲しかったのだ。
その言葉を聞いた伶央は一度無表情に戻った後、すぐに前の時に見た殺意があふれた表情をしてくれる。
何度か見た事のある表情だ。
「……もう大丈夫みたいだな」
一応は心配してくれた言葉をかけてくれる。
私の体は普通の人とは違う。普通に怪我をして、病気になって、酔っ払う。あれ、でも酔っ払うって普通なのか? いや、どうなのか? もうメンドーだから、それも普通でいいか……。とにかく普通な事をできなくなったのだ。
人よりも怪我の治りは早く、病気になる確率も限りなく低く、そしてお酒を飲んでも酔う事もない。
「でも、ありがとう」
「はぁ、先にそっちの言葉の方が、印象いいと思うぞ」
「そんなの言われなくてもわかってるよ」
「なら、先に言うことにするんだな」
俺は先に出るぞ。そう言って伶央は先に浴室から出ようと扉を開けた。
私はその時言わなきゃいけないことを思い出し、彼を呼び止める。
「伶央」
「どうした?」
呆れたような表情をする彼と目が合う。彼はいついかなる時も相手の目を見て話す。たぶんすごく真面目なのだと思う。
「もしかして、……もしかして何だけどね?」
私は本題を言わずに、だが後を引くようなしゃべり方をする。
少し、ほんの少しだけだけど伶央は苦虫をかみつぶしたかのような表情をする。
「伶央は、もしかして」
「な、何「このグラマラスなお姉さんの体を合法的に見たくて浴室に連れ込んだのかな?」
彼は言いかけた口が開け放たれた状態のまま呆然と私を見る。
私はと言うと、渾身のてへぺろ表情をしながら笑みを振りまいた。
プチ。
そんな音が聞こえて、彼の表情を伺ってみる。
「お前、そこに座れ。わかるよな」
「わからない(テヘェ)」
この後めちゃくちゃ怒られた。
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