裕翔ルート 第1章
時間と密度と距離のカンケイ 1
裕翔くんは身体を動かすことが好きだ。
徒歩で十五分ぐらいの場所にバスケットコートとスケートボードのコースが併設されている公園があって、お昼は無料、夜間でも照明代の三百円だけ支払えば使えるので、時間があると遊びに行っている。
今日はお昼からそこへ行くというので、私もついてきた。まずはスケートボードをする。休みの日のお昼は遊びに来ている人が多い。家族連れ、友達同士、たくさんの人がいた。
人懐こい裕翔くんは、その場にいる人とすぐに仲良くなってしまう。その上、あの運動能力。周りの安全確認ができるとちょっとしたプロみたいな技を繰り出すので、練習に来ていた小学生からキラキラした目で見られている。
本当にすごい。私は感心しながらコースを眺められるように置かれた木製のベンチに座って裕翔くんの美技を見ていた。青空へ跳ねる姿に、かっこいいなあと思わず吐息が漏れてしまう。
「みさき、バスケ一緒にやろっ」
休憩に来た裕翔くんがどさりとベンチに座る。その表情は無邪気な男の子なので、さっきとのギャップにドキドキしてしまう。
彼は水筒に入れていた麦茶を飲むと持参していたバスケットボールを手に立ち上がる。お友達になった小学生男子四人が、四つあるうちのひとつのゴール前で大きく手を振っていた。みんな五年生だと言っていた。
他の利用者の邪魔にならないように小走りで彼らの側へ行く。
「かのじょー?」
少年たちに囃し立てられて、裕翔くんは嬉しそうに笑った。
「かわいいだろー」
誉められて照れてしまう。だけど小学生たちはそこまで興味がなかったみたいで、聞くだけ聞いて裕翔くんの腕を引いていく。私も後ろをついて行った。
使えるゴールはひとつなので、小学生チームと裕翔くんと私チームに分かれて攻守を交互にしながら簡単なゲームをすることになった。小学生たちはみんなバスケットボール部に入っているそうだ。
問題は私が裕翔くんについていけるか。手加減してくれると思うけど。
「いくぞー」
バスケットボールを両手で頭の上に掲げた満面の笑みの裕翔くんに、みんなそれぞれに返事をする。
「みさきっ」
まずは近距離でパスを受ける。私が高めのドリブルで時間を稼いでいる間に裕翔くんはゴールの方へ走っていく。タイミングを視界の端で確認していると、ひとりの男の子の後ろで裕翔くんと右手が上がった。右手にボールを載せると少し高めに投げる。
全身のバネを使って跳んだ裕翔くんが難なくキャッチすると、短いドリブルを挟んでお手本のようなレイアップシュートを実演した。それはスローモーションに見えた。華麗さに息を呑む。小学生たちも見とれていた。
ゴールネットからボールが落ちてくると、すぐに攻守が交代になった。オフェンスの人数の半分しかディフェンスがいないのでがんばろうと気合いを入れる。
さすがに五年生の男の子は、動きが早くて力もついてきている。私では手加減して相手をすることが難しかった。裕翔くんは明らかに本気出してなかったけど。それでもボールを奪ってしまっていた。
守備と攻撃をチェンジしながら何度もゲームをしていたので、私も集中力が切れ始めていた。私と裕翔くんがゴールを守る側なのについぼんやりしていて、わずかに手元が狂ったボールがこちらに飛んできていることに気づくのが遅れた。
「みさき!」
顔面に直撃コースだったボールを、裕翔くんが素晴らしい反射神経で叩き落としてくれる。だけど勢い余って向かい合って私を下敷きにするように、ふたりで転んでしまう。
「いたた……」
とっさに裕翔くんが腕を引いてくれたので、後頭部を強打することはなかった。
だけど倒れる瞬間、唇が触れ合った気がした。ただ本当に一瞬だったので確信はない。
「みさき、大丈夫?」
私に覆い被さるようになったままなので、裕翔くんの大きな澄んだ瞳が近い。それにまたドキドキしてしまう。
ふたりで派手に転倒したので、小学生たちにも心配をかけたけれど、運の良いことにかすり傷ひとつなかった。
「だ、大丈夫」
慌てて何度も頷いたけれど、私は違うことが気になって仕方ない。顔が熱くて頬に触れる。
先に立ち上がった裕翔くんが私の手を引いて起立させてくれた。
「ほっぺ痛い?」
心配そうに腰を曲げて覗き込んできた裕翔くんのくりくりとした双眸。とても心臓に悪い。
裕翔くんは何も意識した様子がない。私の勘違いだろうか。
「大丈夫だよ!」
何度も首を横に振った。そしてへらりと笑って見せたけど、裕翔くんにまだ上目遣いに見つめられる。
「ホント?」
姿勢を正した彼の手が、私の頬に触れた。どこまでも真っ直ぐな眼差しの前では隠し事ができない気がする。視線が勝手に裕翔くんの愛らしい口元に吸い寄せられた。
「違うの!そうじゃないの!」
言ってから、私は何を言っているんだと頭を抱える。
「……ちょっと休憩する?」
様子がおかしいと裕翔くんの目には映ってしまったみたいだ。困ったように微笑んでいる。男の子たちもぽかんとしていた。
「……そうする」
がっくりと肩を落とす。こんな状態ではバスケットボールを続けられそうになかった。
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