ふたりの花嫁 6
「……おはようございます」
会釈をしたけれど、真宮さんは無反応に立ち尽くしていた。どうしたものかと思案する。すぐ後ろに眼鏡を着用した誠史郎さんもやって来た。立ち止まって息を呑む。
「みさきさん、彼女ですね?」
誠史郎さんに囁かれ、私は視線だけ後方へ向けて首を縦に振った。
透さんが一歩前に出て真宮さんと向かい合う。
「みさきちゃんを嫁にはやられへんで」
飄々と言い放つ透さんに彼女も数歩進んで距離を詰めた。
「そこまでお話しましたか……?」
無表情に首を傾げる。どうも記憶がはっきりしないみたいだ。だけど確かに昨夜、そこまでは言及していなかった。
「されてへんけど、こっちもいろんな情報持ってるさかい」
「そうですか……。でしたら手短に伝えますと、真堂さんを真宮家の嫁に迎えたいのです」
単刀直入に言われて思わず透さんの影に隠れた。彼はわざとらしく大きなため息をつく。
「みさきちゃんは俺と将来を誓い合った仲なんや。渡す訳にはいかん」
透さんはニヒルに笑ってみせた。思わずどきりとしてしまう。
「……存じ上げず申し訳ありません。ですがこちらにも事情がありまして……。厚かましいですが……私では身代わりになりませんか?」
予想外の提案でみんな呆気にとられてしまう。真宮さんは至って真剣みたいで、情緒は感じさせないけれど澄んだ瞳でまっすぐに透さんを見ている。
「養子ですが、一応真宮家に籍があります。真堂さんは真宮家に嫁入りしていただき、私があなたの……」
淡々と言葉を並べている。そこに彼女の思惑を推し量れる材料はない。何と答えれば彼女は納得してくれるのだろう。
「美人にそう言うてもらえるんはありがたいけどな」
色香の漂う整った口許を歪め、透さんは長めの前髪を掻き上げた。
「家とか、そういう問題やない。誰もみさきちゃんの代わりになんかなられへん。この子しかおらへんねん。一緒におってこんなに楽しくて、こんなに自然体でおれる子は」
真宮さんに向けた言葉なのに、私は感動してしまう。これが本当に透さんの本心だと信じていいのだろうか。思わず彼のシャツの裾を掴んでしまう。
「安心しとき」
こちらを振り返った透さんの双眸はとても優しかった。
「そういうワケやから、諦めてな」
「良いですね……。あなた方はずっとこんな世界に身を置いているから、いろんなことを知っていて」
初めて真宮さんの感情の揺れを察知することができた。彼女は悲しんでいる。私が口を開くより早く、真宮さんの言葉が続いた。
「私は何も知らなかったから、養子にされて挙げ句長男と結婚だなんて……」
何か言えることはないかと探しているとうちに誠史郎さんが後ろから私の肩を軽く叩いて頭かぶりを振る。そして透さんと並ぶように立った。
「……生き霊になるほどご自分が嫌悪していることを、みさきさんに強要なさるのですか?」
いつもの鋭敏さを控えて、できるだけやんわりとした口調で指摘した。それで真宮さんの表情がまた僅かに動いた。驚いたのか目を見張る。
「……生き霊……?」
昨日の夜会ったときも、彼女は自分の肉体から抜け出していた。
「気づいてなかったんか。今ならまだ間に合う。自分の問題は……って、こういう問題はなあ……。どうにかできるなら生き霊になんかなってへんよな」
頭を掻いたあと、透さんは腕組みをして考え込むように下を向いた。誠史郎さんも顎の辺りに手をあてて天を仰いでいる。昨日今日でどうにかできることではない。どんな言葉も同情に聞こえてしまいそうで、私は何も言えなかった。
「私……生き霊に……?」
彩音さんは自身の両の掌を食い入るように見つめる。
「理由とか、全然覚えてへんのか?」
緩慢な動作で真宮さんは頷いた。唇に拳を当てて考え込む。記憶の糸を手繰り寄せ、ぽつりぽつりと言葉をこぼす。
「あの人たちが話してたから……妥協なんてせずに真堂家の娘にすれば良かったって……。だからその子に会って……連れて帰ればきっと……私は解放してもらえると……」
「……それは」
誠史郎さんが続きをいう前に真宮さんは頷いた。
「『白』の能力を持っていたから、真宮家の養子にされて……。長男と結婚して子供を産めって」
真宮さんの言葉で寒気を覚えた。以前透さんが言っていたことを思い出す。
「こんな世界には無縁に生きていたから魔物が本当にいるなんて知らなかったし、戦ったりできないけれど。吸血鬼に襲われた日から全部がおかしくなった。両親は抵抗してくれたけれど、どんどん周りを固められて、私が養子になるしか家族と……婚約者を助けられなかった」
真宮さん、否、彩音さんは感情がないんじゃない。気持ちを押し殺すしかなかった。
「本当は今頃、奥さんになれるはずだった。婚約してて、式場も決めて……。全部なくなってしまったけれど。私は妥協でこんな目に遭ったんだって……」
彩音さんは自身の両の掌をまじまじと見つめる。
「私……死のうとしてたのに。まだ生きてたの?」
「身体がかなり衰弱してるから、早く戻った方が良いと思いますよ」
右肩に式神の隼を乗せた遥さんが、穏やかな笑みを浮かべて優雅にこちらへやって来る。
「戻る……?」
遥さんを見る彩音さんの瞳に疑念が揺れている。
「この子に手伝わせますね。貴女が戻り次第、あちらで外へ出られる手筈が整っています」
「外に……出る?」
本当に意味がわからない様子だ。遥さんが指を鳴らすと、隼は彩音さんの霊体の右側の二の腕を鋭い爪で掴んで飛び立とうとする。
「時間がない。頼んだよ」
式神をひと撫でして、あわただしく彩音さんを送り出した。
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