夢魔 6

 土曜日の朝9時にお客様はやって来た。

「おはよ〜ございます〜」

 ドアモニターからとてもテンションの高い挨拶が聞こえる。初めて会う人だけど、誠史郎さんからお客様が来ることは聞いていた。

 私が1番最初に玄関に着いてドアを開ける。


「初めまして、みさきちゃん。お会いしたかったわ〜」

 身長はおそらく2メートル近くある、きれいなお姉さん風お兄さんだ。両手にたくさんの荷物をぶら下げて満面の笑みを浮かべている。


「は、初めまして……」

 迫力に圧倒されながらも握手をすると肩からぶんぶんと振り回される。

「イズミです〜。よろしく」

 次にやって来た裕翔くんもあっけにとられてイズミさんを見ている。

「あら、あなたも初めましてね〜」

「裕翔です。よろしく……」

 イズミさんとの握手で裕翔くんも振り回されている。そこに誠史郎さんが悠然とやって来た。


「おはようございます。休日にお呼び立てして申し訳ありません。どうぞ中へ」

 そう促されて靴を脱いで上がったイズミさんに私と裕翔くんもついて行く。

「あら、誠史郎さん。とんでもないわ〜。お仕事ですもの。タリスマンは来週完成予定だから、今度はこちらから連絡するわね〜」


 イズミさんは朝からエンジン全開なタイプみたいだ。そしてイズミさんがタリスマンを作ってくれている方のようだ。と、いうことは。

「おはようございます、イズミさん」

 リビングの前で淳くんは王子様スマイルでイズミさんを出迎える。


「おはよ〜、淳くん。あら?ひとり足りなくないかしら?」

「眞澄はちょっと照れてまして」

「こんなかわいい女の子とデートできるのに、何が不満なのかしらね〜?」

「逆ですよ。眞澄くんの精神年齢は中学生男子ですから」

 誠史郎さんが笑顔で言った。なかなかひどい言われようだ。だけど私が思うに、おそらく眞澄くんはイズミさんが苦手で出てこないのだと思う。


「淳くん」

 こっそり小さな声で話しかける。

「眞澄くん、どうしてイズミさんが苦手なの?」

「イズミさん、眞澄を好きなんだ。だから眞澄へのスキンシップが多めになってしまって」

 淳くんは苦笑しながら教えてくれた。


「失礼しちゃうわよね〜」

 その声に驚いてそちらを見ると、いつの間にかイズミさんが私たちのすぐ横にいた。

「乙女の恋心を伝えてるだけなのにね〜」

「何が乙女の恋心だよ……」

 姿を見せた眞澄くんは唸っているような低い声を出す。


「あんた賢造けんぞうだろ!和泉いずみ賢造けんぞう38歳独身、男だろ!誠史郎よりでかいし」

 4人の中で誠史郎さんが1番身長が高くて183センチあるのだけど、イズミさんは更に10センチは高い。


「眞澄くん、ひどい〜」

 イズミさんはさめざめと泣いているフリをしているけれど、それほどダメージは受けていないようで良かった。

「もうその手には引っかからないぜ」

 その言葉にイズミさんは泣き真似を止めて舌を出す。


「前は心配してくれたのに〜」

 眞澄くんは聞こえないフリをして誠史郎さんの処へ行ってしまう。

「眞澄、オレが代わってあげようか?」

 裕翔くんがぴょんと眞澄くんの前に出る。

「お前に代わったらみさきが別の危険に晒されるだろうが」

「むー。失礼な。眞澄だって、インキュバスに本当に乗っ取られたらどうするつもり?」


 あの夜、私たちの会話を聞いていた誠史郎さんが眞澄くんに精神的に成長してほしいと言って、眞澄くんを囮にインキュバスを退散させようと淳くんも説得した。なので私は透さんに申し訳ないけれど断りの連絡をした。


 裕翔くんは自分がやりたいと言って納得していないみたいだったけど、眞澄くんも交代しないと言い張っている。

「させないさ、絶対に」

 眞澄くんのとても真剣な眼差しにどきりとする。


「さあさあ、みさきちゃん、あっちはお取り込み中みたいだから出かける準備しましょ。お洋服はこれね。着替え終わったらお化粧しましょ」

 イズミさんに服の入った紙袋を渡された。


 自室に戻って中に入っていた白いレースのワンピースとレモンイエローのロングカーディガンに着替えた。いつもより短いスカートにちょっと戸惑いながらみんなのいるリビングへ戻る。

「よくお似合いですよ」

「かわいいね」

 誠史郎さんと淳くんは見るなりさらりと褒めてくれるので私のほうが照れてしまう。


「あ、ありがとう」

「みさき、ホントにかわいいよ!」

 裕翔くんが子犬のようにじゃれついて私と腕を絡めた。

「ありがとう」

 やっぱり褒められると嬉しい。


 今日一緒に出かける眞澄くんの方を見ると何だかぼんやりとこちらを見ていたけれど、私と目が合うと顔を赤らめてぱっと視線を逸らされてしまう。

「はーい、こっちでお化粧しましょうね~」

 イズミさんに手を引かれてダイニングの椅子に座る。ありがたいことに、プロ用のような大きくてたくさん化粧品の詰まったメイクボックスも持ってきてくれていた。服が汚れないようにケープまでつけてくれる。


「イズミさんは、こういうことがお仕事なんですか?」

「本業は魔装具を作ることよ~。こっちは趣味ね~。今日はお仕事としてさせてもらってるけれど。みさきちゃんはあんまり美容は詳しくない感じかしら」

 言いながら眉を整えてくれる。私は愛想笑いで濁した。


「今度私とお買い物に行きましょうね~」

「いろいろ教えてください」

「もちろんよ~」

 きっと私の行ったことのないようなお店へ行けるのだろうと楽しみになる。お小遣いを貯めておかなければ。お母さんに買い物に行くと言って臨時のお小遣いも交渉しようと心に決める。


 イズミさんに言われるままに、目を閉じたり上を向いたりする。最後にグロスを塗ってもらって鏡を覗くと、いつもと違う私がいた。驚いてケープを片付けてくれているイズミさんを振り返る。

「ありがとうございます……!」

「どういたしまして。あとは、靴とバッグとコートも用意してあるから渡すわね〜」

 私はふと気になったことがあった。


「あの、この服とかのお金はどこから?」

 イズミさんは私の髪を整えた後、星のモチーフがランダムに並んだヘアピンを髪につけてくれる。

「誠史郎さんと淳くんよ。オトナよね〜。選んだのはアタシなんだけど〜」


 それを聞いて、イズミさんに身支度をしてもらったお礼を言ってから慌ててふたりにお礼を言いにリビングへ走る。

「僕らにできることはこれぐらいだから」

「お気になさらないでください。この家を出発したら眞澄くんとみさきさんにがんばっていただかなければいけませんから」

 ふたりがにこやかに答えてくれて、恐縮してしまう。


「ええっ、オレ何にもしてない!」

 裕翔くんはアワアワしてふたりを振り返る。

「裕翔くんはまだこちらに来たばかりですから、気にする必要ありませんよ」

「なんかオレだけ仲間はずれな気がする……」

「そんなことないよ!」


 拗ねた裕翔くんをなんとか励ましたいのだけど、うまく言葉の続きが出てこない。その時、スッと眞澄くんが私の隣にやってきた。

「そうだよ。俺がもし本格的にヤバくなったら、裕翔が止めてくれ」

 眞澄くんの真剣な口調に裕翔くんは一瞬ぽかんとしたけれど、すぐににやりと笑う。


「オッケー。遠慮なくいっちゃうよ?」

「ま、さっきも言った通りそうはさせないけどな」

 眞澄くんも薄く鋭い微笑みで返した。

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