第八十三話 姉妹の絆

「る、ルチア……」


 ルチアに「お姉ちゃん」と呼ばれたサナカは、体を震わせる。

 まるで、サナカは、目の前にいるのは、敵ではなく、妹のルチアだと気付いているかのようだ。

 魔技を放とうとしているが、体を動かそうとしない。

 抵抗しているかのようだ。


「サナカ?」


「お姉ちゃん?」


 ルチアも、リリィも、驚きを隠せない。 

 サナカが、正気を取り戻したかのように思えてならなかったからだ。


「な、何をしている!!さっさと殺せ!!」


 妖魔は、サナカの様子を目にして、苛立っているようだ。

 サナカに命じる。

 サナカは、魔技・ブロッサム・アローを発動するが、ルチアに向けてではなく、妖魔に向けてであった。


「ぐあっ!!」


 オーラの矢は、妖魔に命中する。

 一体、何が起きたのだろうか。 

 妖魔も、帝国兵も、見当がつかず、サナカへと視線を向けた。


「私は……この子を守る……。この子のお姉ちゃんなんだから!!」


「お姉ちゃん!!」


「貴様!!」


 サナカは、ついに、正気を取り戻したのだ。

 と言っても、完全ではない。

 体を震わせている。

 必死に、抵抗しているのだろう。

 だが、ルチアは、安堵していた。

 妖魔は、サナカに襲い掛かろうとするが、クロスとクロウが、食い止める。

 サナカを守ったのだ。


「ルチア!!」


「やれ!!」


 クロスが、ルチアの名を呼び、クロウが、妖魔を倒すよう叫ぶ。

 ルチアは、跳躍し、構えた。


「やあああっ!!」


 ルチアは、下降しながら、固有技・インカローズ・ブルームを発動する。

 宝石は、刃と化し、妖魔の喉と捕らえた。

 貫かれた妖魔は、叫び声を上げることなく、消滅した。


「こ、こいつ、こうなったら!!」


 予想外の事が起こった帝国兵は、呆然としていたが、妖魔が、倒され、我に返ったようだ。

 鞘から剣を引き抜き、リリィを殺そうとする。

 いや、脅しにかかるかもしれない。

 ルチア達を殺すために。

 そう察したクロウが、すぐさま、帝国兵の元へ迫り、剣で、帝国兵の喉を貫いた。


「ぐへっ!!」


「させないぞ」


 帝国兵は、目を見開き、体を硬直させる。

 血が飛び散り、リリィは、怯えながら、帝国兵から、離れるが、クロウの瞳は、冷酷さを宿らせていた。

 クロウは、剣を引き抜き、帝国兵は、仰向けになって倒れる。

 解放されたリリィは、そのまま、地面に座り込んだ。


「大丈夫ですか?」


「う、うん」


 クロスは、リリィの元へと駆け寄り、身を案じる。

 どうやら、リリィは、無事のようだ。

 怪我はしていない。

 戸惑いながらも、うなずく、リリィ。

 自分の事よりも、サナカの事を心配しているようだ。

 リリィは、サナカの方へと視線を向ける。

 サナカは、倒れそうになるルチアを抱きしめ、支えていた。


「ルチア!!」


「お姉ちゃん……」


「ごめんね、ごめんね……」


 サナカは、ルチアに謝罪する。

 操られていたとは言え、ルチアを傷つけてしまったのだ。

 自分を責めているのだろう。

 サナカは、涙を流し、何度も、ルチアに謝罪した。


「良かった」


「え?」


「お姉ちゃんに会えて」


 ルチアは、安堵している。

 姉と再会を果たせたことを喜んでいるのだろう。

 それに、サナカは、操られていた。

 咎めるはずはない。

 悪いのは、帝国と妖魔なのだから。

 ルチアの優しさを感じたサナカは、涙が止まらなかった。

 リリィは、ルチア達の怪我を癒す。

 ルチア達に感謝しながら。

 サナカが、ルチアの姉だとわかってもらえて、うれしさを感じながら。


「サナカ様は、本当に、ルチアの……」


「ええ、姉よ。私は、精霊人なの」


「だが、髪が……」


「髪を、染めたのよ。精霊人だってばれない様に」


 クロスは、サナカに尋ねる。

 本当に、ルチアの姉なのかと。

 サナカは、強くうなずいた。

 だが、クロウは、疑問を抱いている。 

 サナカの髪は、茶髪だ。

 もし、本当に、ルチアの姉であり、精霊人であるなら、髪の色は、ピンクのはずなのだ。

 だからこそ、疑問を抱いたのだろう。

 だが、サナカが、その疑問に答える。

 実は、髪を染めたのだ。

 精霊人である事を隠すために。


「私ね、ルチアと一緒に、あの帝国の孤児院にいたの。ヴァルキュリア候補にも選ばれたわ。この子と一緒にね」


 サナカは、語り始める。

 自身のことを。

 サナカは、幼い頃、ルチアと共にあの帝国の孤児院にいたのだ。

 精霊人であったためか、ルチアと共にヴァルキュリア候補にも選ばれていたらしい。


「でも、私は、幼いとき、ヴァルキュリアの真実を知ってしまったの。ヴァルキュリアになったら、魂を神様に捧げなければならないって」


「うん」


 だが、幼いサナカは、偶然にも、帝国の者達の話を聞いてしまったのだ。

 ヴァルキュリアは、最終的には、魂を神様に捧げなければならない。

 それは、死を意味するものだ。

 幼いサナカには、とても、耐えられない話であっただろう。

 憧れていたヴァルキュリアが、一気に怖く思えたのだ。

 ルチアは、サナカの気持ちを十分に理解していた。

 今なら、わかるのだ。 

 サナカの気持ちが。


「だから、怖くて逃げた。貴方を置いて……」


「うん……」


 幼いサナカは、死を恐れて、ルチアを置き去りにして、孤児院から、帝国から脱走してしまった。

 ルチアは、今でも、覚えている。

 サナカが、行方不明になったと聞かされ、孤独や寂しさに耐えられなくなりそうになった事を。

 もし、ヴィオレットがいなかったら、自分は、どうなっていただろうか。

 そう思うと、ルチアは、恐怖に怯えそうになっていた。


「貴方が、ヴァルキュリアになった事は、知ってたわ。二年前からね」


「そうだったんだ」


 ルーニ島にたどり着き、人間として育ったサナカは、ルチアが、ヴァルキュリアになっていた事は、知っていた。

 それも、偶然ではあるが。

 ルチアが、ルーニ島を訪れた事も、知っていたのだ。

 サナカは、複雑な感情を抱いただろう。

 ルチアが、ヴァルキュリアになったことを。

 英雄として、あがめられ、最後には、死んでしまうと思うと。


「でも、言えなかった。姉だなんて、言う資格はないと思ってたもの……」


「ずっと、サナカは、思いつめてたもんね」


「ええ……」


 それでも、サナカは、言えなかったのだ。

 自分が、姉であると。

 気付かれてしまうのではないかと、悟った事もあった。

 だが、ルチアは、自分に気付かなかった。

 自分の事を忘れてしまったのだろう。

 そう、推測したサナカは、寂しさを覚えるが、言えずにいたのだ。

 ルチアを置き去りにして、自分だけ、帝国から逃げた。

 姉と言う資格など、ないのではないかと。

 真実を聞かされていたリリィは、悟っていた。

 サナカは、自分を責めているのだろうと。

 明かすべきではないかと告げた事もあったが、サナカは、決して、告げようとしなかった。


「二年前、貴方が、記憶をなくして、島にたどり着いた時、ほっとしたの。ヴァルキュリアの呪縛から、解放されたんじゃないかって……」


「でも、私、また、ヴァルキュリアになっちゃった……」


「ええ。だから、正直、後悔したの……。あの時、一緒に、逃げていたら……」


 だが、二年前、ルチアは、記憶をなくして、ルーニ島に流れついた。

 ヴァルキュリアの力も、失っていた。

 つまり、もう、ヴァルキュリアに変身しなくていいのではないかと、サナカは、悟り、安堵したのだ。 

 ルチアは、解放されたのだと。

 だが、ルチアは、再び、ヴァルキュリアに変身してしまった。

 ルチアを祝福していたサナカであったが、内心、後悔していたのだ。

 ルチアと共に、逃げていれば、ルチアは、ヴァルキュリアになることもなかったのではないかと。

 二人で、幸せに暮らせたのではないかと。


「お姉ちゃん、私ね。大丈夫なの。魂をささげなくても、よくなったんだよ」


「え?」


「魂を吸い取ってた悪い宝石は、もう、なくなったから、クロス達が、壊してくれたの」


 ルチアは、サナカを安堵させるかのように語る。

 自分の魂を吸い取っていた宝石の事を。

 サナカは、あっけにとられているようだ。

 当然であろう。

 もう、魂をささげなくていいと突然、言われたのだから。


「だから、心配しないで。私は、大丈夫だから」


「ルチア……」


 ルチアは、太陽のような満面の笑みを浮かべて告げる。

 もう、心配など必要ないのだと。

 ルチアの言っている事は、本当だ。

 嘘偽りではない。

 そう、感じ取ったサナカは、涙を流した。

 ルチアは、もう、死なずに済むという安堵と、申し訳なく感じて。

 サナカの様子を見ていたリリィが、サナカに寄り添い、サナカは、涙をぬぐった。


「私、行ってくるね。だから、待ってて」


「ええ。でも、気をつけて」


「フォウ様達も、もしかしたら、操られてるかもしれないから……」


「うん」


 ルチアは、奥へ進むことを決意する。

 サナカとリリィは、心配しているようだ。

 おそらく、フォウ達も、操られているのではないかと、推測しているのだろう。

 サナカのように。

 帝国のリーダーは、妖魔達に命じ、サナカ達は、別々の場所へ連れていかれ、操られてしまったのだ。

 ゆえに、油断ならないと悟った。

 もちろん、ルチアも、警戒しているようだ。

 だが、心配は必要ない。

 クロスとクロウがいてくれるのだから。


「行こう!!」


 ルチア、クロス、クロウは、先へと進んだ。

 彼女達を見送ったサナカとリリィは、祈る。

 どうか、ルチア達が、無事であるようにと。



 ルチア達は、奥へと進んだ。

 地下を目指し、結界を張るために。


「早く、急がないと……」


 ルチアは、焦燥に駆られる。

 ヴィクトル達の事が心配なのだろう。

 早く、結界を発動し、妖魔達を弱体させなければならない。

 そして、帝国へ向かい、ヴィオレットに会わなければならないのだ。

 足早に駆けていくルチア達。

 だが、その時であった。

 突如、雷が、ルチア達を襲ったのは。


「っ!!」


 ルチア達は、とっさに、離れ、回避する。

 誰かが、魔法を発動したようだ。

 それも、ルチア達に向けて。

 明らかに、妖魔ではない。

 邪悪な力を感じなかったから。

 とすれば、ノーラとランディのどちらかが、操られているのだろう。

 ルチア達は、あたりを警戒する。

 すると、足音が聞こえてくる。

 誰かが近づいてくるようだ。

 ルチア達は、構えると、彼女達の前に現れたのは、なんと、ランディであった。


「ランディ!!」

 

 なんと、操られているのは、ランディのようだ。

 瞳に光が宿っていない。

 だが、ノーラの姿はない。  

 どこかで、捕まっているのだろうか。

 ノーラは、ルチア達に迫る。

 すると、妖魔も、ルチア達の前に現れた。


「ここは、通さぬぞ?ヴァルキュリア」


 妖魔は、不敵な笑みを浮かべる。

 まるで、勝ったと確信を得ているかのように。

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