第五十九話 風が吹く

 復活を遂げた風の大精霊・シルフは、妖魔達の前に立つ。

 だが、構えようとしない。

 ただ、凛とした表情で、彼らの前に立ったのだ。

 まるで、愛らしい少女のように。


「ありがとう、皆!!さあ、行くわよ!!」


 シルフは、ルチア達にお礼を述べる。

 感謝しているのだ。

 ルチア達のおかげで、復活できたのだから。

 シルフは、力を解放する。

 すると、結界が、瞬くに島全体に張られた。


「ぐっ!!」


 結界が張られた直後、妖魔達が、うめき声を上げて、うずくまる。

 弱体化したのだろう。


「妖魔達が、弱まってきたな」


「うん、今なら」


 クロウは、妖魔達が、弱体化したのを確認し、ルチアがうなずく。

 そして、ルチアは、クロスとクロウの前に立った。

 全ての妖魔達を倒し、魂を解放する為に。


「ルチア」


「大丈夫だよ、ありがとう」


 クロスは、ルチアを心配し、声をかける。

 心配なのだろう。

 ルチアが、無理をしていないかと。

 だが、ルチアは、凛とした表情を浮かべて答える。

 無理などしていない。

 決意を固めたからだ。

 ルチアは、息を吐き、心を落ち着かせて、構えた。


「せいやあああああっ!!!」


 ルチアは、固有技・インカローズ・ブルームを発動する。

 そして、一気に、妖魔達を消滅させ、魂を解放した。



 帝国兵は、島の民を監視している。

 まだ、知らないのだ。

 風の大精霊・シルフが、復活し、妖魔が消滅したなどと。

 だが、それは、島の民も同じ。

 体は、痩せこけており、弱った状態で働かされている為、動きは、遅く、今にも倒れそうであった。


「も、もうだめだ……」


「何をしている!!立て!!」


 島の民の男性が、倒れる。 

 すると、すぐさは、一人の帝国兵が、男性に迫り、強引に立ち上がらせようと、男性の胸倉をつかんだ。


「ひ、ひぃっ、やめてください!!」


「立たないというなら……」


 男性は、怯え始める。

 もう、立つことすらできないほど、弱っているのだ。

 相当、働かされたのだろう。

 だが、帝国兵は、立とうとしない男性に対して、鞭を振るおうとした。

 その時だ。

 風の矢が、帝国兵に向かって、放たれたのは。


「ぐあっ!!」


「え?」


 風の矢は、見事、帝国兵に命中し、帝国兵は、うめき声を上げながら、倒れる。

 男性は、何が起こったのか、見当もつかないようだ。

 他の島の民も、動揺し始める。

 だが、動揺しているのは、島の民だけではない。

 帝国兵達も、動揺し始めたのだ。

 何が起こったのか、理解できず。

 しかし、島の民の一人が、上を見上げた途端、目を見開いた。


「し、シルフ様!!」


 島の民が、シルフの名を呼ぶ。

 それも、驚いた様子で。

 すると、島の民、帝国兵が、一斉に、上を見上げる。

 シルフが、島の民達を見下ろすように要塞の頂上に立っていた。


「皆、もう大丈夫よ!!」


 シルフが、凛とした表情で島の民達を見る。

 島の民達は、安堵したようで、微笑んでいた。


「だ、大精霊だと!?」


「ど、どういう事!?」


 帝国兵は、動揺を隠せないようだ。

 なぜ、大精霊・シルフが、復活してしまったのか、見当もつかないのだろう。

 その時だ。

 ルチアが、シルフの前に歩み寄ったのは。


「あ、あれは……ヴァルキュリア!!」


 帝国兵が、愕然としている。

 ルチアは、未だ、ヴァルキュリアに変身したままだ。

 帝国兵に、思い知らせてやろうとしたのだ。

 自分は、ヴァルキュリアに変身できるようになったと。

 ルチアを目にした帝国兵は、体を震わせる。

 怯えているのだろう。

 自分達は、殺されるのではないかと。


「さあ、どうする?」


 シルフは、風の力を使って、地上に降り立つ。

 もちろん、ルチア達を連れて。

 帝国兵に問いただす。

 まだ、戦うつもりかと。


「い、一旦、退くぞ!!」


 帝国兵は、怯えながら、逃げ始めた。

 彼らの様子をうかがっていた島の民は、歓声を上げ、すぐさま、シルフの元へと向かった。


「シルフ様、よくご無事で」


「お会いしとうございました」


 島の民は、シルフの復活を願っていたようだ。

 それほど、シルフは、愛されていたという事なのだろう。


「皆、ごめなさい。あたしが、油断してたばかりに……」


「良いのです。シルフ様にお会いできたのですから」


「ありがとう」


 シルフは、島の民に謝罪する。

 自分が、油断していたがために、帝国に封印され、島の民は、支配されてしまったのだから。

 自分の責任だと思っているのだろう。

 だが、島の民は、シルフを咎めるつもりはない。

 むしろ、心配していたくらいだ。

 島の民に優しさを感じ取ったシルフは、微笑んだ。


「さあ、こんな壁、とっとと、破壊してやるわっ!!」


 シルフは、要塞へと視線を向け、構える。

 この要塞を破壊するつもりらしいが、本当に、そんな事ができるのだろうか。

 不安に駆られるルチア達であったが、ターニャとマシェルは、不安がっていない。

 まるで、シルフならできると信じているようだ。


「えいっ!!」


 シルフは、最大限の力をフルに発揮して、風の矢を発動する。

 風の矢は、要塞を突き抜け、風穴を開けた。

 そこから、一気に要塞が崩れ落ちる。

 シルフは、本当に、要塞を破壊してしまったのだ。

 その直後、風が吹き始め、ルチア達を包みこんだ。


「おおっ、風が……」


「風が、吹いてる!!」


 島の民は、風を感じ取り、波がを流している。

 帝国に支配されて以来、吹いていなかった風が、また、吹き始めたのだ。

 こんなにうれしいことはないだろう。

 彼らの表情を目にしたルチア達も、嬉しそうに微笑んでいた。


「なんて、心地いいのでしょう」


「本当にね」


 ターニャも、マシェルも、穏やかな表情を浮かべている。

 心の底から、喜んでいるのだろう。


「ルチアさん、ありがとうございます」


「い、いえ。ご無事でよかったです」


 ターニャは、ルチアの手を握りしめ、お礼を言う。

 本当に、嬉しそうだ。

 彼女の笑みを見たルチアも、微笑んだ。

 島を救えてよかったと。



 その後、島の民は、ウィニ村に戻り、宴を始める。

 ルチア達も、宴に参加した。


「風が吹いてるって言うのは、いいね!!本当に、心地がいいよ!!」


 ルチアは、楽しそうだ。

 島を救えたのだから当然だろう。

 ルチアは、立ち直れたようで、クロスもクロウも、微笑んでいた。


「ルチア、本当に、大丈夫か?」


「うん、大丈夫だよ」


「そ、そっか……」


 クロスは、ルチアを心配する。

 だが、ルチアは、大丈夫だと笑顔で告げる。

 嘘偽りはなさそうだが、クロスは、やはり、不安に駆られていた。

 無理をしているのではないかと。


「無理、していないか?」


「大丈夫。本当に」


 クロウも、ルチアの事を心配しているようだ。

 だが、ルチアは、穏やかな表情を浮かべている。

 無理をしているわけではなく、決意を固めているかのようであった。


「ルゥが、教えてくれたの。帝国の者を殺してるんじゃなくて、魂を救ってるんだって」


「そうか……」


 ルチアは、ルゥが、妖魔について教えてくれ、励ましてくれたことをクロスとクロウに教える。

 だからこそ、立ち直れたし、妖魔を倒して、救うと決意ができたのだと。

 その話を聞いたクロウは、安堵した。

 クロスも、穏やかな表情を浮かべているようだ。

 今のルチアなら、大丈夫であろうと確信を得たのだろう。


「でも、もしかしたら、心が折れるときがあるかもしれない。その時は、側にいてくれる?」


 ルチアは、二人に問いかける。

 今は、大丈夫であっても、心が折れるときがあるかもしれないからだ。

 絶望する事もあるかもしれない。

 その時、二人に側にいて欲しいのだ。 

 支えが欲しい。

 ルチアは、そう、願っていたのだ。


「もちろんだ」


「……俺達は、ずっと、一緒だ。何があっても」


「ありがとう」

 

 もちろん、クロスとクロウが、断るはずがない。

 ルチアを支えるために、騎士になったのだ。

 クロウは、うなずき、クロスは、ルチアに告げる。

 ゆえに、三人は、ずっと、一緒だ。

 この先、何があっても、と。

 二人の話を聞いたルチアは、微笑んだ。

 二人が居てくれるなら、大丈夫だと確信を得て。



 翌朝、海賊船が、迎えに来る。

 ルチア達は、船着き場まで、来ており、ターニャ、マシェル、シルフが、見送りに来ていた。


「本当に、ありがとうね」


「皆さんのおかげで、助かりました」


「私も、皆さんを救えてよかったです」


 ターニャとマシェルは、ルチアに感謝の言葉を告げる。 

 ルチアのおかげで、島は、救われたのだ。

 本当に、感謝しているのだろう。

 心の底から。

 ルチアも、島を救えてよかったと感じており、微笑んでいた。


「ルチア、がんばるんだよ!!負けないでね!!」


「はい、ありがとうございます。シルフ様!!」


 シルフも、ルチアを励ます。

 宿命を背負っているからこそ、ルチアの身を案じ、ルチアを励ましたのだ。

 ルチアは、お礼を言い、微笑んだ。



 ルチア達は、海賊船に乗り、次の島を目指すため、ウィニ島から、遠ざかった。

 ターニャ、マシェル、シルフは、手を振り、いつまでも、ルチア達を見送る。

 ルチア達も、彼女達の姿が見えなくなるまで、手を振っていた。


「これで、残り一つ、だね」


「ああ」


「頑張らないとな」


 三つの島が、救われ、残りは一つ。

 ルチアは、気を引き締めているようだ。

 クロウは、静かにうなずき、クロスは、ルチアを励ます。

 三人の様子をうかがっていたヴィクトル達は、穏やかな表情を浮かべていた。

 ルチア達なら、大丈夫だと。

 だが、その時であった。


「うっ!!」


「どうした?ルチア」


「ううん、何でもない」


 ルチアが、突如、苦しみだし、うずくまる。

 クロスが、ルチアの元へと寄り添った。

 彼女にいったい何があったのだろうか。

 クロウも、不安に駆られた様子でルチアを見ている。

 ルチアは、息を整え、立ち上がった。


――どうしたんだろう。急に、苦しくなったんだけど……。気のせいかな……。


 ルチアは、なぜ、苦しくなったのかは、見当もつかない。

 気のせいではないかと思っているようだ。

 だが、ルチアは、まだ、知らなかった。

 自分の身に異変が生じている事に。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る