第四十四話 騙し続けて、嘲笑う

「なんで、一体、どうして……」


 エマは、動揺を隠せないでいるよう。

 当然であろう。

 捕らえていたはずのヴィクトルが、いなくなっているのだ。

 まさか、魔法を使って、脱出するとは、思いもよらなかったのであろう。

 今のエマは、ヴィクトルの魔法を封じ込める能力はない。

 ゆえに、エマは、どうすることもできず、歯噛みをした。

 その時であった。


「エマ様!!」


「何よ!!」


 帝国兵達が、エマの元へとたどり着く。

 それも、血相を変えてだ。

 何かあったに違いない。

 だが、それは、良くない事だ。

 そう思うと、エマは、想像したくない。

 エマは、声を上げて、問いただした。


「い、古の剣が……それに、兵士が、一人、殺されました」


「あいつ……どこまでも、私を!!」


 帝国兵曰く、古の剣が奪われたというのだ。

 しかも、一人、兵士が、殺されている。

 こんなことができるのは、ヴィクトルだけしかいない。

 そう思うと、エマは、許せなかった。

 腹立たしかった。

 ヴィクトルを殺したいと思うほどに。


「さて、どうするかな?エマ」


「シェイ……」


 シェイの声が聞こえ、エマは、振り返る。 

 シェイは、エマの様子を見に来たらしい。

 だが、この状況を楽しんでいるかのようだ。

 シェイは、不気味に笑っている。

 ヴィクトルに振り回されたエマは、どうするのかと、答えを待ちわびているのだろう。


「これを使うわ。これで、ルチア達の邪魔をするのよ」


 エマは、懐から、核を取り出す。

 自然災害を起こすつもりだ。

 この洞窟内で。

 洞窟には、自分の部下がいる。

 だが、エマにとっては、どうでもいいのだろう。

 部下の命よりも、ルチア達を仕留めることに躍起になっているようだ。


――いいわ。かかってらっしゃい。地獄に落としてあげる。


 エマは、不敵な笑みを浮かべている。

 何か企んでいるようだ。

 エマは、何をするつもりなのだろうか。



 エマの事を知らないルチア達は、洞窟を駆けまわっていた。


「こっちだよ」


「ありがとうございます」


 フィスが、ルチア達を案内する。

 彼は、シャーマン候補だ。

 ゆえに、洞窟内の事を知っているのだろう。

 蝋のことまでは不明だが、だいたい、わかるようだ。


「牢は、もうすぐでしょうか?」


「わからない。ヴィクトルの気配を感じない」


「ですよね……」


 カトラス曰く、ヴィクトルの気配を感じない。

 まだ、牢は、先だというのだろうか。

 ルチアは、不安に駆られている。

 ヴィクトルとエマが、無事である事を祈って。

 だが、その時であった。

 大きな揺れが起こったのは。


「な、何?」


 ルチアは、動揺を隠せない。

 すると、洞窟内の川が、揺れ動き始める。

 まるで、波のようだ。

 川は、ルチア達に襲い掛かるように、荒れ狂った。

 ルチアは、川に流されないように、足に力を込めるが、水かさが増していく。

 暴れまわっているかのようだ。


「これは、まさか、自然災害?」


「俺達の事が、ばれたのか?」


 クロスが、異変に気付く。

 自然災害が起きているのだと。

 おそらく、帝国の仕業だろう。

 クロウは、自分達が、洞窟内に侵入したのが、気付かれたのではないかと、察した。

 しかし、水を食い止めることができず、フォルスが、バランスを崩し、流されてしまった。


「わっ!!」


「フォルスさん!!」


 ルチアは、フォルスを助けだそうと、一歩前に出る。

 だが、ルチアも、川に囚われ、流されてしまった。


「きゃあああっ!!」


「ルチア!!」


 ルチアは、川に流され、クロス、クロウが、ルチアを追って、川を泳ぎ始める。

 だが、ルチアは、クロス達から、遠ざかってしまった。

 しかも、フォルスとは、別方向へと流されていく。

 クロス達は、行く手を阻まれ、川が逆流し始める。

 まるで、ルチアを一人にさせるつもりかのようだ。

 クロス達は、もがくが、逆流に逆らえず、ルチアから、遠ざかってしまった。



 流されたルチアは、一人、別の場所へとたどり着く。

 しかも、川に放り出され、地面にたたきつけられた。


「いたた……」


 ルチアは、起き上がり、あたりを見回す。

 どこなのかは不明。

 クロス達も、いない。

 ルチアは、完全に、一人になった。


「一人になっちゃった……。皆、大丈夫かな……」


 ルチアは、一人になってしまったが、心配しているのは、自分の事ではない。

 クロス達の事だ。

 もしかしたら、クロス達も、バラバラになったかもしれない。

 そんな時に、妖魔と遭遇したらどうなるか。

 クロス達は、強い事は、わかっているが、ルチアは、不安に駆られた。


「こんなことするってことは、クロス達が、潜入したのばれたんだよね」


 ルチアは、思考を巡らせる。

 なぜ、自然災害を引き起こしたのか。

 おそらく、クロス達が、潜入したのが、帝国にばれたからであろう。

 そうなると、ヴィクトルとエマの命が危うい。

 本当に、殺されてしまうかもしれない。

 そう思うと、ルチアは、居てもたっても居られなかった。


「急がなきゃ……」


 ルチアは、急いで、ヴィクトル達を救出しようとする。

 その時であった。


「ルチアちゃん?」


 背後から、エマの声が聞こえる。

 優しい少女の声が。

 ルチアは、振り返ると、エマが、ルチアの元へと駆け寄ろうとしていた。


「え、エマ!!」


「良かった、無事なのね!!」


 エマは、ルチアの元へと駆け寄る。

 ルチアは、驚いているようだ。

 当然であろう。

 エマは、帝国兵に捕らえられていたのだから。

 だが、ルチアは、知らない。

 彼女が、島の民ではなく、帝国兵である事に。


「エマ、どうして?」


「逃げてきたの。だって、私のせいで、ルチアが……」


 ルチアは、エマに尋ねる。

 どうやって、牢から、逃げ出したのだろうか。

 だが、エマは、どうやって、逃げたのかは、語らない。

 ただ、逃げてきた語ったのだ。

 それも、ルチアの身を案じているかのように。

 エマは、騙しているのだ。

 ルチアに、悟られないように。


「大丈夫。私、ヴァルキュリアだし」


「そうよね」


 ルチアは、ヴァルキュリアだからと答える。

 エマの不安を拭い去ろうとしているのだろう。

 エマは、安堵したような様子を見せた。

 その時だ。

 ルチアは、エマを抱きしめる。

 エマは、驚き、動揺していた。


「良かった。本当に、良かった」


「え、ええ……」


 ルチアは、エマの事を本当に心配していたのだ。

 エマが、何者であるかと言う事は知らずに。

 エマは、動揺しながらも、うなずく。

 ルチアは、純粋だ。

 まるで、疑う事を知らない。

 エマは、複雑な感情を抱き始めていた。

 知らず知らずのうちに。

 エマは、そんな感情を捨て去るかのように、ルチアから離れた。


「ルチア、聞いて、ヴィクトルさんは、この奥にいるの。妖魔にとらわれてるのよ」


「そうなの?」


「ええ」


 エマは、ルチアに教える。

 ヴィクトルは、妖魔にとらわれているというのだ。

 もちろん、嘘だ。

 ルチアを騙すための。

 だが、ルチアは、疑うことなく、尋ねる。 

 エマは、静かにうなずいた。


「牢にいるって言ってたんだけど……」


「ええ。一緒に脱出したのよ。でも、私を助ける為に、逃がしてくれて。その後、妖魔に捕まって……」


「妖魔に?」


 だが、ルチアは、違和感を覚えたようだ。

 帝国兵は、ヴィクトルは、牢にいると言っていた。

 なのに、なぜ、牢ではなく、妖魔の所にいるのだろうか。

 エマは、動揺することなく、説明する。

 ヴィクトルは、エマを助ける為に、おとりになったと、嘘をついて。


「何とかしなきゃって思ってたけど、駄目だった。あの妖魔、強そうで」


「ここのリーダーのパートナーなのかな……」


「わからないわ」


 エマは、ヴィクトルを助けだそうしていたが、ヴィクトルを捕らえている妖魔が、強いと悟ったようだ。

 ゆえに、エマは、引き返し、ルチアに助けを求めた。

 と、騙した。

 何も知らないルチアは、思考を巡らせる。

 もしかしたら、ファイリ島と同じように、その妖魔は、帝国のリーダーのパートナーではないかと。

 つまり、ここのボスと言っても、過言ではないだろう。

 だが、エマは、わからないと答えた。


「安心して。私が、行くから」


「私も行く」


「でも……」


 ルチアは、自分がヴィクトルを助けに行くと告げる。

 エマも、ついていくと告げた。

 ルチアを陥れる為に。

 ルチアは、戸惑う。

 この先は、危険だ。

 帝国のリーダーや妖魔がいる可能性があるのだから。

 そんなところに、エマを連れていくわけにはいかない。

 ルチアは、躊躇した。

 しかし……。


「場所は知ってるの。案内させて」


「……わかった。でも、無理はしないでね」


「ええ」


 エマは、案内したいとルチアに懇願する。

 強引にでも、ついていくつもりだろう。

 ルチアは、仕方なしに、エマを連れて、行くことを決意した。

 エマは、うなずく。

 ルチアは、エマに背を向けて、走り始める。

 エマも後を追う。

 だが、ルチアは、知らない。 

 エマが、不敵な笑みを浮かべている事に。

 ルチアは、帝国兵を蹴散らし、妖魔を倒しながら、進んでいく。

 すると、エマは、何かを発見した。


「いた!!あそこよ!!」


 エマは、指を指す。

 ルチアも感じていた。

 まがまがしい気配を。

 妖魔の気配を。

 それも、強力だ。

 ルチア達は、最深部へたどり着くと、妖魔の姿が見えた。

 シェイだ。


「ようこそ、ヴァルキュリア。ヒヒヒッ!」


 シェイは、不気味に笑い、ルチア達の前に立ちはだかった。

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