第十五話 島を愛する少女

 広い海を航海する一隻の船がある。

 その船は、巨大で、漁師が使用する船の三倍以上の大きさだ。

 いや、もっと、大きいと言っても過言ではない。

 てっぺんの旗は、髑髏マークが描かれている。

 この船は、海賊の船と見て、間違いないだろう。

 海賊船には、四人の青年が、乗っている。

 それも、誰もが、海賊のコートを羽織って。

 青い髪の青年が、双眼鏡で、覗き込んでいる。

 彼の目に映ったのは、島だ。

 おそらく、ルーニ島であろう。


「見えましたよ、船長。さっさとこっちに来てください」


「みたいだな」


 島を目にした青い髪の青年は、船長と呼ばれる青年に声をかける。

 丁寧なしゃべり方ではあるが、少々、棘があるような感じで。

 船長と呼ばれた青年は、炎のように赤い髪をなびかせ、笑みを浮かべていた。

 青い髪の青年の言葉に関して、一切、気にすることなく。


「さて、今から、楽しみだぜ」


 赤い髪の青年は、ふと、笑みをこぼす。

 まるで、何かを待ちわびているかのようであった。



――私は、この島が、好き。この島の皆が好き。だから、絶対に、守るんだ。


 ルチアは、記憶をなくした状態で、この島に流れ着いた時から、ずっと、心に決めていた。

 この島を、島の民を守るのだと。

 ずっと、ずっと……。



 ルチアは、海を泳ぎ続ける。

 潜ることなく。

 どこかに向かうかのように。

 ルチアが、なぜ、海を泳いでいるのか。

 その理由は、ルクメア村の少女のリボンが、風に飛ばされてしまい、海面に浮いてしまったのだ。

 ルチアは、そのリボンを取るために、泳いでいる。

 リボンまで、あと少しの距離。

 ルチアは、すっと、手を伸ばし、リボンをつかみ、海に浮かんだ状態で、少女の方へと視線を向けた。


「見つけたよ」


「ありがとう!ルチアお姉ちゃん!!」


 ルチアは、リボンが、リボンを見せると少女は、嬉しそうな笑みを浮かべる。 

 心配していたのだろう。

 リボンが、遠くへと飛ばされ、取ることができないのではと。

 だが、ルチアが、取りに泳いでくれた。

 少女は、どれほど、うれしかっただろうか。

 浜辺まで、戻ってきたルチアは、少女の元へと歩み寄った。


「はい」


「本当にありがとう。これ、お母さんにもらった大事なリボンなの!」


「そっか。良かった」


 ルチアから、リボンを受け取り、少女は、嬉しそうに微笑む。

 母親からもらったリボンだったのだ。

 ゆえに、少女にとっては、大事な物であり、無事に戻ってきて、本当に、良かったと心の底から喜んでいた。 

 そんな少女を目にしたルチアも、つられて、微笑む。

 本当によかったと、思いながら。


「そう言えば、祭、明日だね」


「うん!」


「楽しみにしてるね!ルチアお姉ちゃん」


 島で毎年行われている島が、いよいよ、明日に迫ってきている。

 延期になった時は、どうなるかと、心配したくらいだ。

 当然であろう。

 島に妖魔が現れたのだから。

 一週間後に延期になったと言えど、中止になるのではないかと、島の民は、不安に駆られたぐらいだ。

 だが、フォウは、祭を行う事を決定した。

 島の民は、喜び、楽しみにしている。

 少女もだ。

 ルチアを大役を務める事もあって、楽しみにしていた。

 少々、不安ではあったが。


「あ、いけない!!」


「ど、どうしたの?」


 祭の話をした途端、ルチアは、ある事を思い出したようで、急に慌て始める。

 少女も、驚き、どうしたのかと、おずおずと尋ねた。


「今日、祭の材料を取りに行く約束してたんだった!」


「ええ!!」


 なんと、ルチアは、祭の材料を取りに行くつもりであったらしい。

 本当は、サナカやノーラが、村に行くと言っていたのだが、ルチアは、安全面を考慮して、自分が取りに行くと約束していた。

 サナカから、虹色の華を、ノーラから、雷の力をおさめた瓶を。

 だが、すっかり、忘れていたようだ。

 少女は、驚く。

 今、ルチアは、海を泳いでいた為、ずぶ濡れだ。

 一度、乾かさなければならない。

 だが、そんな時間はないだろう。

 どうするのかと、少女は、おどおどし始めた。


「私、ちょっと、行ってくるね!!」


「え、でも、ずぶ濡れだよ?」


「大丈夫、すぐ、乾くよ!じゃあね!!」


 ルチアは、乾かさずに、そのまま村に直行するつもりのようだ。

 だが、少女は、ずぶ濡れのまま行くのかと、驚く。

 ルチアは、すぐ乾くだろうと推測しているようだ。

 少女に手を振り、ずぶ濡れのまま、村を出たルチアなのであった。



 その頃、フォウ、アストラル、ニーチェは、祭の準備を進めている。

 ルチアが、祈りと魔法を込めた精霊石は光を放っている。

 これほどの輝きであれば、結界は強化され、妖魔が、侵入することはないだろうと、フォウ達は、確信を得ていた。

 なぜなら、ヴァルキュリアであるルチアが、祈りと魔法を込めたのだから。


「よし、これで、大丈夫ですね」


「そうじゃの。あとは、ルチアが、材料を持ってくるだけじゃ」


 フォウとアストラルは、準備を整え、後は、ルチアが、サナカとノーラから、材料を受け取ってくるだけだと、考えていた。

 だが、そんな中、ニーチェが、外を眺めている。 

 それも、難しい顔をして。

 何か、不安な事でもあったのだろうか。

 フォウとアストラルは、不安に駆られていた。


「ニーチェ、どうされましたか?」


「ルチアが、ずぶ濡れのまま、外に出た」


「え?」


 アストラルが、ニーチェに尋ねると、ルチアが、外に出たのを目撃していたようだ。

 しかも、ずぶ濡れのままで。

 アストラルは、驚き、目を瞬きさせていた。

 だが、フォウは、なぜか、驚きもせず、にっこりとしていた。


「海に入ったんじゃろうな。元気な子じゃ」


「でも、風邪引きませんかね?」


「大丈夫じゃて、多分な」


 フォウは、推測したようだ。

 ルチアが、海に入って、そのまま、乾かさずに、外に出たのだろうと。

 だが、アストラルは、心配する。

 当然であろう。 

 明日は、大事な祭だ。

 もし、ルチアが、風を引いたら、ヴァルキュリア役ができなくなってしまうだろう。

 島の民は、祭を楽しみにしている。

 特に、ルチアが、ヴァルキュリアに変身したと聞いた時から。

 だが、フォウは、大丈夫であろうと告げる。 

 どこから、そんな確信を持って言えるのか、見当もつかないアストラルとニーチェであった。


「そう言えば、フォウ、明日、祭を開催して大丈夫なのか?」


「もちろんじゃ」


「なぜ、です?安全とは、言いきれないでしょうし」


 ニーチェは、フォウに尋ねる。

 本当に、祭を開催していいのかと。

 外には、妖獣が、頻繁に出現しており、妖魔も出現した。

 この一週間は、妖魔の方は出現しておらず、妖獣の目撃情報も少なくなっている。

 と言っても、安全とは言い切れない。

 アストラルも、懸念しているようで、フォウに、祭を開催する理由を尋ねた。


「頼んだんじゃよ。彼らに」


 フォウは、笑みをこぼす。

 「彼ら」に頼んだため、心配はないと言いたいようだ。

 アストラルとニーチェは、「彼ら」が、誰なのか、察したようで、安堵した様子を見せていた。

 「彼ら」の事を知っており、信頼しているようだ。

 フォウも、「彼ら」の事を信頼しているため、祭を中止するつもりはない。

 むしろ、楽しみにしているくらいであった。



 ルチアは、華の大精霊が祭られている村・フーレ村に到着した。

 華の大精霊を祭っているだけあって、村は、華で満ちている。

 色とりどりの花々がルチアを出迎えた。

 ルチアは、その華を見ながら、華の精霊石の前に建っている家にたどり着き、鐘を鳴らした。


「はーい」


 サナカは、ドアを開ける。

 リリィも、ひょっこりと顔をのぞかせた。

 すると、サナカとリリィは、驚愕する。 

 当然であろう。

 ルチアが、ずぶ濡れの状態で、外にいたのだ。

 誰もが、驚くことであった。


「ルチア、どうしたの!?」


「ずぶ濡れだよぅ?」


「えっと、海に入ったので。リボン、取るために」


 二人に驚かれたルチアは、頬をぽりぽりと掻きながら、説明した。


「駄目じゃない。その恰好で来たら、風邪引くわよ?」


「でも、約束してましたし」


 サナカは、ルチアに注意する。

 まるで、姉のようだ。

 ルチアも、わかってはいたが、約束を守らなければならないと、考え、乾かさずに、ここまで来たのだ。

 サナカは、苦笑しながらも、ため息をついた。


「先に、シャワーにしましょう。塩を流さないと」


「え?でも……」


「そうした方がいいよぅ。ほら、こっち」


 サナカは、ルチアにお風呂に入るよう促す。

 ルチアは、戸惑った。

 さすがに、迷惑をかけてしまうのではないかと、躊躇したのであろう。

 だが、サナカとノーラは、ルチアの手を引っ張り、強引に家の中へ入れる。

 


 その後、ルチアは、シャワーを浴びて、塩水を流す。

 濡れた服は、サナカが、洗って、干してくれていた。

 お風呂から出た後は、髪の毛をタオルで拭いて、サナカが用意してくれた洋服に着替えた。


「お、お待たせしました」


 ルチアは、サナカとリリィがいる部屋に入る。

 それも、恥ずかしそうに。


「あら、可愛い」


「素敵!!」


 ルチアの姿を見た二人は、嬉しそうに微笑んでいる。

 サナカが用意した服は、ピンクのフリルのワンピースだ。

 可愛らしいルチアによく似あっていた。


「な、なんか、自分じゃないみたいです」


「そう?似合ってるわよ?」


「ありがとうございます」


 ルチアは、頬を赤く染めて、照れ始める。

 可愛らしい服を着た事がないのだ。

 いつもは、白い短パンに、チュニックと言った動きやすい服装を好んで着る。

 ルチアは、可愛いのにおしゃれに疎いようだ。

 着慣れない服の為か、恥ずかしがっているらしい。

 それでも、サナカは、ルチアを褒める。

 それは、嘘偽りない言葉だ。

 ルチアも、それをわかっており、お礼を言った。


「さあ、お花を摘みに行きましょう」


「行こう!」


「あ、はい!」


 ルチアは、サナカ、リリィと共に、外に出る。

 サナカとリリィの家の裏側にある精霊石の前にたどり着いたルチア。

 精霊石の周りには、色とりどりの華が咲いていた。

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