八点五本目 二回目の誕生

 目が覚めた。ここはどこだろうか。見えるのは白い天井。周りを見ようとしたけど、首が固定されている、というより身体が動かない。ここは病院のようだ。


 視界の端に女の子が見える。同じように固定されて寝ている。まだ眠っているようだけど。


「へくちっ」

 誰かがクシャミした。いや、クシャミしたのは私だ。

 でも、私はこんな声知らない。


 じゃあ、私は、誰だ。


「あ、ああ、ああああ、ああああああああああ!!!!!!」

 誰だ誰だ誰だ誰だ誰だ!!知らない!私は!私は誰だ誰だ誰だ!この叫び声も知らない!知っているのは、この喉の痛みが私のものであるということだけだ!

 首を、腕を、足を、体を、固定されているのも構わずに、暴れ回る。この身体も、どうして動くのか分からない。どうして動かせるのか分からない!

 首の可動域が広がって、窓が見えた。そこに映る顔も、私は知らない!

 誰誰誰誰誰誰誰誰!!!!!私は!!

「ああああ、あああああああ!!!!!!!!!」


 私は、誰だ。


「ゲホッゲホッ…グッ………がぁぁぁ」

 もう声も枯れた。でも、その方がいいかもしれない。もう、この初対面の人に怯えなくて済むのなら、それで


「泣いているの」


 突然、右側から声が聞こえた。そうか、あれだけ叫べば、起こしてしまっても不思議ではない。

「ごめんなさい、起こしてしまって」

 なんとか声をひねり出す。やはり、知らない。

「いいえ、私のことはいいのよ、そろそろ起きようと思っていたところだったもの。それよりも、どうか、そんなに悲しまないで。あなたの涙に、空すらも同情してしまったわ、一緒に泣いてくれるそうよ」

 見ると、確かにさっきから雨が降っている。

「泣いてなんかいない、そもそも、どうすれば泣けるのかなんて、私は知らないもの」

 そう、私は知らない。この声が誰の声なのかも。ならば、どんな声が私の声なのかも。

「うそ」

「…え?」

「あなたは泣いているわよ。自分では分からないかもしれないけれど。その涙は頬を伝わないかもしれないけれど。だって、さっきの声は、とても悲しい歌声だったもの」

 ツー

 何かがこめかみの辺りを這いずり落ちる。

 ツツー

 その何かは、一つまた一つと先駆者の後を追って落ちてゆく。

「なに、これ、どうして、こんなものが、流れるの、どうして、流せるの、こんなの、知らない」

「大丈夫、あなたは知らなくても、私は知っているわ。それが涙というものよ。悲しい時、嬉しい時、寂しい時、幸せな時、その気持ちが心に流れ込んで、満たして、でもまだ注がれた時、溢れて流れ落ちるのよ。そんなに怖がらないで。それはあなたの心が、ちゃんと気持ちを受けられる綺麗な器である証拠。穴が空いていたら、溢れるはずがないですもの。でも、どうか、次はその器に、幸せを注ぎ込んであげて。誰でもない、あなたの、その、美しい器に。きっとみんなが、幸せになるわ。そう、今の空のように」

 そう言われて見上げた先には、大きな虹を湛えた、真っ青な空があった。ちょうど寝ていた私達には、空が笑顔になったように見えた。

「ありがとう」

 もう大丈夫。私の器は、ここにある。少し見た目が変わってしまったかもしれないけれど。

 そう、今日が私の、誕生日!


「美浜〜、どいてよ〜、重い〜」

「うにゅう」

 ………夢か。お姉ちゃんとはじめて会った日の夢だ。

 この後、色々説明されたけど、しっくりきて、そんな人生だったような気がした。そしてそういうことにしておいた。ま、目の前に同じ顔が居たら、どうしたってそれとは家族なんだろうし。

 度々お姉ちゃんに聞いてみたけど、そんなカッコイイこと言ったことないと言う。でも、あの言葉で、私は生きる決心ができたのだから、勝手に感謝しておこう。

 ………仕事辛いなぁ、頭痛い。

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