七点五本目 ゆめゆめ忘れることなかれ

 車が石を踏んで跳ねた衝撃で起きてしまった。

 ここはどこだろう。

 お父さんが面白いものを見せてくれるらしいが、窓からはまだそれらしいものは見えない。見えるのは真っ暗な森だけだ。

 どこまで来たのだろう。

 運転中のお父さんと助手席のお母さんが何か話しているが、よく聞こえない。まどろみの中に取り残された頭では、注意して聞くこともできない。

 そもそもこんな時間に、一体なんなのだろうか。私はもう早々と布団に入っていたのに、叩き起されたと思ったら車に放り込まれた。それからはひたすら山道を進むだけ。これでしょうもないものだったら、流石に私でも怒っていいと思う。

 そしてまた眠りに落ちてゆく。


 次に目が覚めたのは一瞬だった。

 分かったのは、凄まじい衝撃と首筋への鋭い痛みだけ。続けてシートベルトに締め付けられる感覚。

 そしてまた眠りに落ちてゆく。今度は叩き込まれたのだが。


「…い!おい、█████!しっかりしろ!」

 そんなお父さんの声で起こされた。

 酷く視界が歪む。揺すられる度に身体中に痛みが走る。しかし、それを伝えようとしても、声が出せない。ヒューヒューという息の音だけが出る。

「良かった、分かるか?父さんだぞ!良かった本当に。さっき助けを呼んだからな!もう少しの辛抱だ。ああ、本当に、本当に…よ、よか…た……」

 それきりお父さんの声は聞こえなくなった。聞こえるのは、上から小さな石が転がってくる音と、何かが燃える音と、川がごうごうと流れる音。

 霞む視界にお父さんの背中が映る。そこには、いつもの大きな背中が変わりなくあった。何か大きな金属片が刺さっていること以外は。

「い、いや、お、とう、さん………おと、さん」


「お父さん!」

 今度は本当に目が覚めた。

 ………嫌な夢を見た。

 思い出したくもない、でも、忘れてはいけない、忘れられるはずもない。

「はぁ、頭痛い」

 昨日は飲みすぎた。かなり難しい事件を解決して、事務所のみんなで祝杯をあげた。その後、飲み足りなかったので、美浜と二人で部屋で飲んでた。

「………もう朝か。いたた、うー、背中痛い」

 行きつけのお店から帰ってきて、飲み足りないと騒ぐ美浜と、ビールの缶を開けた所まではハッキリ覚えているのだが、いつの間に寝てしまったのだろうか。フローリングで寝ると背中が痛くなる。

「うーん、あれ、パジャマは?………あ、あんな所に」

 頭が痛くて仕方がない。気持ち悪い。完全に二日酔いだ。取り敢えず水でも飲もう。そういえば今日の朝ごはんは私の番だ。美浜め、珍しいなと思ったら、こういうことか。

 とにかく、取り敢えず着替えよう。

「美浜〜、どいてよ〜、重い〜」

「うにゅう」

「ほーら、着替えなさい。パジャマは………あ、あそこか」

「頭痛い〜、今日は休む〜」

「ダメよ、私だって痛いけど我慢してるんだから」

「それは、私が休んじゃいけない理由にはならないでしょ。関係ないじゃん」

「………確かに。ってそうだけど、ダーメ。今日は佐藤さんからの依頼よ」

「う、佐藤さんのお願いかぁー。佐藤さんの名前を出すのはズルいよ。あー、仕方ないなぁ、辛いなぁ、帰りたいなぁ」

「はいはい。目玉焼きの焼き方は?」

「半熟サニーサイドアップ。醤油で」

「OK。さあ、顔洗ってきなさい」

「うぬーん」


 目玉焼きは堅焼きでソースでしょ。はー

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