第十七話 対峙、退治
紫音が到着すると、そこには壊れた馬車と数人の人。そして、魔物と思われる、十頭の赤い生き物と戦うフェルナンがいた。
車輪が壊れた馬車のすぐ横には、馬車を引いていたのであろう馬が二頭、手綱部分が木に絡まったまま、興奮したように暴れている。
そして、馬とは反対方向に、震えながらしゃがみこむ少女。少女の足元には、恰幅のいい男性が血を流して倒れていた。
「っ……」
引き裂かれた足。
ぱっくりと綺麗に開いている傷口は、フェルナンと対峙している魔物にやられたのだろう。
体の周りから黒い靄がぼんやりと見える魔物と、対峙するフェルナンに視線を向けてから、紫音は唇を噛み締め倒れている男性と少女の元へ向かう。
「……助けに、来ました」
「パパが! パパが!」
弱い自分が、そんなことを言ってもいいのか。一度は口ごもるが、それでも安心感を少しでも与えることができればと意を決して声にする。
「まずは、止血を……」
「し……けつ?」
不思議そうな顔をして、目をパチクリと瞬かせた少女。聞いたことのない言葉に、乱れていた精神状態がわずかに落ち着いたようだ。
「流れ出る血を、できるだけ少なくするの」
「まほう?」
紫音よりも幼い、十歳程度であろう少女は小さく首を傾げた。だが、その瞳はわずかな期待に揺れている。
「違うよ。でも、血を止めれば助かるかもしれない」
「っ! お願い、パパを助けてください」
大きく綺麗な瞳に溢れる涙。丁寧に頭を下げた少女。淡いピンク色のドレスを翻す様からも、育ちの良さが伺える。
「ん。頑張るよ」
必ずとは言えない。
まずは、カバンを足の下に置き、傷口を心臓より高い位置に置く。そして、太ももの傷口に触らぬよう、付け根部分にタオルを巻きつけた。
「っ! 紫音!」
「え?」
緊張から額に浮かんだ汗を拭えば、フェルナンの鋭い声がかかる。
顔を上げた目の前には、今にも飛びかからんとする魔物。
「くっ!」
木刀を、噛み付こうと大きく広げていた口に突っ込む。一瞬勢いは止まったが、ミシミシと音を立てる木刀はすでに割れ始めていた。
木刀が折れ、紫音が倒れれば後ろの二人が危ない。
「ファイア・ウォール!」
力で負けていた紫音は、その力を利用して少女とは反対の方向に狼を受け流すと、先ほど練習したばかりの魔法を放った。
高く上がる炎の壁。
青い色をしたその壁は、チリチリと魔物の毛を焦がしていく。
「よくやった」
五頭をすでに倒していたフェルナンは、残りの四頭にも止めを刺して、最後の一頭の元へと駆け寄る。そして、紫音の出した魔法を前に唸り声を上げていた魔物を、鮮やかに一撃で仕留めた。
柔らかな声。頭にかかった重み。
それらが、ようやく終わったのだと教えてくれて、紫音は膝から崩れ落ちそうになる。
「あ、あの……助けていただいて、本当にありがとうございました!」
だが、聞こえて来た声になんとか踏みとどまった。
深々と頭を下げる少女。誰よりも不安だったであろう彼女の前で、今力を抜くことは憚られた。
「いや、間に合ってよかった。何があったか、教えてくれるか?」
壊れた馬車を道の端に避け、興奮していた馬たちも木につなぎ直してから、フェルナンは少女に問いかける。
今倒した魔物は、レッドウルフ。冒険者ランクで言えば、Dランク以上が相手をするような生き物だ。それが、人通りの多い道まで複数で出てくるのは滅多にないことだとフェルナンは言う。
「……最近、アビスの森の様子がおかしいようで、アビスの森の中でも下位の魔物が、こうして森から外に出てくる
ようになったみたいなんです」
アリアと名乗った少女は、父であるレーギュストとマッカレルの支店へ行く途中だったと言った。
その際、支店のものからアビスの森の状況を聞いていたのだが、流石に反対側の道までは出て来ないだろうと衛兵を雇わなかったのだ。
「まさか……こちら側にもくるなんて思わなかったんです。本当に、あなた方のおかげで助かりました」
カタカタと震える手は、まだあの恐怖をぬぐい切れていないのだろう。
隣に横たえられているレーギュストの手を握りしめるアリア。今のその姿は、儚く消えてしまいそうなほど小さく見えた。
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