卒業

Re:over

卒業


 日が暮れ始め、辺りもオレンジ色に染まってきた。春の訪れを感じさせる暖かさも無くなっていく。さっきまで賑わっていたこの場所も、静まり返って、騒がしかったのが嘘のようだ。


 僕は、ここである人を待っていた。しかし、一向に来ない。小学校の時に約束したのだ。相手は覚えているわけがない。それに、もう、来る気配もないから大人しく帰ろう。と思っていながらも、もしかしたら、3分後に来て、行き違いになるかもしれない。そうやって自分をこの場所に留めていた。


「中学の卒業式が終わった後、私のことを覚えてくれていたなら、絶対に会いに行くから!」


「わかった。待ってるから、絶対に来てね......」


 小学校を卒業すると同時に、とある女の子と交わした約束だ。中学が別々になったから、卒業してから会おうと、別れを告げた。僕は、彼女が好きだった。


 小学校の時の約束なんか、とうに忘れてるだろう。なのに、どうして期待なんかして......。苦しくて仕方がない。辛くて吐き気がする。


 約4時間ほど待っただろうか。お腹も空いてきたし、辺りは完全なる闇へと化した。彼女は約束を破るような人じゃない。きっと、他の用事が出来て、来られなくなったのだろう。自分に言い聞かせようとすれば、虚しいし、彼女のせいにはしたくなかった。


 もう、時間も時間なので、さすがに帰ることにした。校庭にあるベンチからゆっくりと立ち上がり、校門を目指す。この光景を眺めるのも最後なのだと思うと、なんだか切なくなってくる。


 校門をくぐり、彼女がいないことを確認し終えると、期待していた自分に絶望した。


「ひろしー!」


 僕の名前を呼ぶ声が、向かいの道路から聞こえる。その声に聞き覚えはあるが、確信が持てない。人違いを警戒しつつ、横目で声のする方を見てみる。


 そこには、無邪気な笑顔でこちらへ手を振る少女がいた。可愛らしい仕草に、思わず顔も反応する。小学校の時よりも、大人びた雰囲気になり、僕の目にはより一層美しく映った。


 彼女のことが好きだという感情が薄れていなかったこともそうだが、1番は覚えててくれたことが何より嬉しかった。こんな僕でも、記憶の片隅に置いてもらえるのが、何よりも光栄であった。


 街灯が目立つ歩道、一つの道路を隔てて僕と彼女の目線が、交わり、重なった。


「みりあ!」


 僕も手を振って、存在をアピールする。始めはクラスが同じで、たまたま隣の席になって話して、次第に仲良くなって、気がつけば放課後に遊ぶ仲にまでなっていた。そして、遊ぶ回数を重ねるにつれて、僕は彼女に対する心持ちが変化していった。いつのまにか、友達であることに苛立ちを感じていたのだ。


 中学での孤独とは、もうおさらば。これで、やっと。近くの横断歩道から道を渡り、彼女の元に着いた。


「――久しぶり。遅かったから、もう来ないかと......」


「そんなわけないよ。ただ、中学校探すのに苦労しちゃって......。場所も決めてなかったからさ、いろんなとこ探したんだよ。心配かけてごめんね」


「そういえば、場所、決めてなかったな」


「まぁ、結果、会えたんだし、良かった」


 お互いに安心し切って、疲れた表情を浮かべる。とりあえず近くの公園のベンチで休もうということになった。


 星のよく見える快晴であった。僕とみりあは星空を見上げ、綺麗だなぁと言って、中学の話をした。僕は大して話すことなんてなかったが、くだらない話にも、彼女は耳を傾けてくれる。


「あ、月も見えるね。少し欠けてるけど」


「欠けてるというより、未完成なんだと思うな。僕とみりあも、中学を卒業しただけ。高校や大学を通して、やっと大人になれるんじゃないかと思う。あの月は、成長の途中なんじゃないかな」


「ぷふっ、外見とか変わってても、中身は昔のまんまだね。良かった」


 彼女が急に吹き出すので、僕は恥ずかしくなって顔を熱くさせた。


「そういうみりあだって、見た目こそ変わったけど、それ以外何にも変わってないじゃん」


「そう......。私ね、本当に怖かったの。ひろしのことを忘れないように、友達を極力作らないようにして、ひろしとの思い出を掻き消されないようにしてた。そして、今日、中学もそうだけど、孤独も卒業したいと思ってる」


「そ、その言い方は卑怯じゃないか?」


「え、だって、ひろしが私のこと探してる時点で、そういうことでしょ?」


 意地悪そうな目つきと、にやけた口元を僕に見せつける。


「わかった、わかった。みりあ......す、好きだよ」


 今にも爆発しそうなほど高鳴る鼓動、唇は震え、彼女の方向に目を向けていられなくなった。


「はい。合格」


 僕が目をそらしていることをいいことに、彼女は僕の唇を奪った。柔らかく、意識が飛んでいきそうな感覚に襲われる。唇が離れると、意識が戻り、今やっていた行為を思い返すと、動揺した。


「これからもよろしくね!」


「あ、う、うん。よろしく......」


 ぎこちない返答は、夜の公園に響き渡った。

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