汽笛が鳴り終わる夜に

カゲトモ

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 ボーーーン、と船の汽笛が響いて辺りが真っ暗になる。もう一度汽笛が鳴り、三度目の汽笛が鳴っても、こちらに戻ってこられていなかった。

 隣の人の拍手で気が付いて両手を叩く。それでもパチパチと力なく拍手してしまうのはつまらなかったからではない。圧倒されてしまって力が出ないのだ。すぐに立ち上がることも出来なくて、客席内の照明がついてもアナウンスが鳴り始めても、なかなか動けなかった。

「ふぅ」

 時計を見る。だいたい二時間くらいの公演だっただろうか。短かったようにも思えるが、内容が濃かったこともあってもっと長い時間舞台を見つめていた気がする。

 マリオ君は主演ではなかったけど、この舞台のキーパーソンだった。長身イケメンで天然の爽やか青年なマリオ君が、舞台の上では文字通りの豹変だった。役作りを頑張っていると聞いていたが、びっくりするくらいその役にピッタリ当てはまっていた。引き締まった体にこけた頬が一段とギラついて貪欲な瞳を浮かび上がらせている。殺人鬼と言うキャラクターが衣装を纏ったみたいだった。

 闇に溶け込むような真っ黒な衣装。舞台上を移動するたび、闇夜に吹く木枯らしのようだった。そこにいるだけで身も凍えるような存在。

 この舞台でのマリオ君は、誰もが震えあがるような殺人鬼だった。

 重くなってしまった身体を起こして立ち上がる。吸い込む空気すら重量を増したみたいだ。

「ありがとうございました」

 ホールを出ると先ほどまで舞台上にいた女優さんが頭を下げてくれた。

「気を付けてお帰り下さいませ」

 笑顔で言っているのに、どこか含みがあるように聞こえるのは、気のせいなのかわざとなのか。それすらも演出の一つかもしれない。

「面白かったです」

 目を細めて本心を言うと、彼女はにっこりと微笑み返してくれた。

 ホール内には役者が数名登場し、お客の見送りをしていた。いつもそうだ。

 お祝いのフラワースタンドの前に衣装とは少しずれのある笑顔のマリオ君を見つける。さっきまで冷酷卑劣な殺人鬼だったのに、舞台を降りるといつもの可愛いマリオ君だ。

 マリオ君は俺を見つけると、くしゃりと目を細めて頭を下げた。マリオ君の前には何人ものお客さんがいた。足を止めずに手を挙げてその場を去る。この感想はまた店に来てくれた時にでもすることにしよう。

けれど、他の人がこの劇団の良さを知ってしまったらこんな風に見送りもなくなるのかなと思うと、少しだけ寂しい気がする。

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