Break the World

@aki1206

1■ ーyou and meー

「ゔ―。あづい~。…お水ちょーだい」

 午後の日差しが身を灼く中、隣を歩く少女が今にも死にそうな様子で呪詛を延々と漏らしている。

 そんな彼女を傍目で見てだらしないと文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、自分の足元に滴り落ちた汗を見るや否やそんな気も共に流れて行ってしまった。

 「今日の気温は42度らしいよ。あ、一口だけだからね」

 このやり取りも何回繰り返したかわからない。きっとまた一口で半分程を消費されるのだろう。

 しかし文句を言った瞬間に水は全部飲み干され、さらに彼女の機嫌が悪くなるだけである事はもう経験済みなのでやはり何も言わずに辺りの景色を適当に眺める。

今から100年前には海と陸が7:3の割合で存在し、海では多種多様の生物が悠悠と生活し、陸では木々や草花が青々と生い茂っていたと研究塔の歴史学で教わった事を思い出すが、それを信じるにはこの世界は残酷すぎた。

「海? 1割も残ってないじゃん。 陸? 砂しかないんだけど…」

「何ブツブツ言ってんの? 暑さで頭おかしくなった?」

いつの間にか俺自身も呪詛を漏らしていたらしい。

突然声を掛けられ現実に戻ってくるが、彼女の右手に持つ水袋の残量が3割以下であろうことを認識した瞬間、俺は再度一人の世界へと戻っていった。

「…支柱まで後どのくらい掛かりそう?」

しばらく歩いていると、申し訳なさそうな声が鼓膜を震わせてきた。普段は気が強くプライドが高い彼女も、罪悪感というモノは感じるらしい。

『契約』を交わしてからおよそ6年になるだろうが、こんな彼女の姿を見た記憶を数えるには両の指で充分に事足りる。これは彼女がそれくらい失敗をしない証左でもあるのだが。

「さっき『1』の磁界線を跨いだから…ええと……。俺たちの現在地は凡そ201支柱から南に20kmの地点だね。…モラトリアムさえ完了すればこんな機械に頼らなくてもいいのに」

革のリュックから小さな機械を取り出してマップを空中に投影するする。磁界線の影響により使う度に磁界値を入力しなくてはならないが、そのかわりに現在地と『敵』の位置や数、脅威度なども表示してくれる利便性を考えればお釣りが来るほどの性能だろう。

最後の一言が悪い空気を呼んだのか、彼女の表情が少し曇る。

「その…バイク……ごめん」

「気にしてないよ。さ、奴らが来る前に急ごう」

短い一言を放って再び歩を進める。

砂面の大地を移動するのは基本的には歩きだが、一部のもの好きはその限りではない。

 自分で廃車をレストアする者や、パーツを組み合わせて新たな乗り物を組み上げる者など、男であれば誰もが一度はトライする。特に重要なのは砂の上を安定的に走行できるタイヤである。通常の装備では空転してしまうからだ。しかし、廃棄されていたゴムは100年以上前のものである為に例外なく劣化していてまるで使い物にならない。そのため、誰もが一度は夢見るマシン作りはその殆どが挫折に終わる。

 まだ使用できるゴムを保管している自称プロはレストアしたものなどを市場に流して生計を立てているが、その価格はとても一般人に買える様な額ではない。また、中央管理局の眼が光る市場に流れる以上は避け通れないのが排気量の問題である。ただでさえ超温暖化が現在進行形で進んでいるのだ。つまりはガチガチの規制により、総排気量150cc以下のモノ以外は売買が一切禁止されているのである。

 これに違反した者は二度と姿を見せなくなる。

その排気量以上のマシンを手に入れたいのであればそれはもう自分で作るしかないのだ。

「でも1300ccでゴムもまだまだ使えたのに…うぅ……」

 何を隠そう、彼女が先程「私にも運転させなさいよ!」と言い出し、盛大にコケてクラッチを損傷させてしまったのだ。一から組み上げた俺でも、流石に工具や替えのパーツが無ければ治せない。砂漠のど真ん中でただの鉄塊と成り果てた愛車は破棄せざるを得なかった。

「しょうがないよ。いくら脅威度が低くても単純な回路の個体は侵入してくるんだから。これ以上スピード落とすのは危険でしょ」

 「…うん……ぁりがと」

 今にも消え入りそうな声でお礼を言われるが、これが原因で後の制限解除や『履行』に影響が出てしまっては目も当てられない。

 この空気を換えるために俺は話の腰を無理やり折った。

「さ! 支柱まで後少しだよ!」

 視界には支柱は見えている。しかし塔自体が途轍もなく長大である為に、すぐ近くにあると錯覚してしまうのだ。歩けど歩けど一向にサイズの変わらない支柱が、漸くその背を伸ばし始めたのはおよそ3時間の後であった。



 支柱の内部に入った瞬間、ある記憶がフラッシュバックする。

 それは忘れたいと何度願っても決して忘れられなかった記憶――

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