第22話 駆け落ち

「謙信様〜」


 謙信が京から越後へ帰るというその日、謙信の元に旅支度をした一人の娘が現れた。



「……絶姫様。どうなされたのですか ? 」

 驚きの表情で謙信が尋ねると……


「わたくし…… 謙信様と共に越後へ行く決心を致しましたの」



「な、なんと申されましたか……? 」


「謙信様と一緒に越後へ行きます。謙信様の側で暮らし謙信様のお世話をしたいのです」



「絶姫……兄上様の関白はこのことをご存知なのですか」


「兄には何も話していません」




 謙信は、絶姫のあごをスッと持ち上げ……じっと目を見つめながらゆっくりと話し出す。


「絶姫様……こんなお遊びをしてはいけませんよ」


 姫は謙信にあごを持ち上げられ驚きながら……目をパチクリさせている。




「でも……。わたくしは謙信様をお慕いしています。だから……どうしてもそばを離れたくないのです。一緒にいたい……です」


「悪い姫様ですね」


 謙信は絶姫の可愛らしい、おでこにやさしく口づけをする。




 絶姫は、驚き硬直している。


「良いですか……絶姫。この謙信、関白といたしました。には、姫様をお迎えに参りましょうぞ。それまで待っていてください」


 絶姫は、真っ赤な頬で……"こくん"とうなづく。


「謙信様……わたくしは謙信様のものです。どうか、早く迎えに来てくださいね」






馬に乗り、出発する謙信の姿が見えなくなるまで手を振って見送る絶姫。





謙信は、突然のことに……憂鬱ゆううつさを隠しきれずにいた。


「……影持。なぜ、絶姫はあのような行動をするのだ? 」


「……殿。 絶姫様は殿を慕っておるのです」



「確かに……絶姫は可愛らしい姫だ。舞も見事に舞う。だが……やはり違うのだ。伊勢と過ごした日々は、毎日が楽しかった。絶姫を可愛いとは思うが、伊勢を思う気持ちとはあきらかに違うとわかったのだ」


「殿。伊勢姫様はもういらっしゃいません。絶姫様は……殿の手の中にいらっしゃるのですぞ」


「影持!! そなたは、絶姫との縁談を受けろと申すのか!? 」


「受けるとお決めになられたのは、殿ではなかったのですか? 」


「馬鹿を言え!! 関白の申し出を断れるはずもなかろう。だから、あの場はそう言うしかなかったのだ。時間が経てば絶姫も他の誰かに嫁にいくだろう。絶姫と夫婦になるなど……考えも及ばぬ……」


「殿のお気持ちは、未だ伊勢姫様にあるのですね」




「影持。そなた……誰か思っている女人おなごはおらぬのか? 」


「いいえ……残念ながら……そのような女人おなごはおりません」


「そうか……それでは、この気持ちなど……わからぬかもしれないな。……今は混乱多き戦国の世よ。男も女も……結婚まで戦の駒のような扱いだ。だがな……こんな世だからこそ愛する女に出会えた事は奇跡なのだぞ」


「殿……!! 」


「伊勢とは、今生では結ばれなかったが、来世では必ず結ばれたい。あれの手紙にも書いてあった。だからその運命を信じ、観音菩薩を伊勢と思い……祈りの人生と決めたのだ」


「……殿!! それ程までに、伊勢殿を……! 」


「哀れで、情けない男と思われるかもしれんが、伊勢以外と夫婦になる気はない」

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