疾走

北野坂上

1

彼は、誰からも追いつかれなかった。


彼は、誰よりも速かった。


最後の時まで前を向いて、終着を目指していた。


しかし、遂にそこにたどり着くことはなかった――



産まれた時から才能を期待されていた。上々の初走り。周りもそれを疑わなかった。


だが、彼は活発な盛り。それでいて気紛れ。失敗を重ねてしまう。


勝てない。自慢の足も終ぞ冴えない。仕舞には相棒が変わってしまった。


そのような歯がゆい日々は、異国の地で得た出会い、経験により変貌する。


突然の才気煥発。数多の強敵が足を伸ばしても、彼の影すら踏むことが叶わない。


経験豊富な女傑、悲願の勝利を願う男、異国から来た俊英。倒した者は数知れず。


それでも尚、彼は前を向き続けた。


彼は誰よりも速く走りたかった。


自分の力は留まるところを知らない。このまま走り続けて、今まで誰も見たことのない景色を見たい…。


その思いが無情にも、彼を奈落の底に突き落としてしまった。


もう、走るどころではない。しかし、せめて大切な人を守らねばなるまいと思ったのだろうか、彼は斃れることから抗い続ける。


痛みに耐えながら、彼は、隅で悶えるように止まった。


それは彼の命の終わりでもあった。


彼は痛みに耐えながらも、どこか満ち足りていた感情を抱いていた。


最後まで自分であり続けたことへの満足であった。


しかし悔しさも込みあがる。もう走れないこと。これから待つ自らの運命…。


隣で呆然とする相棒を惜しそうに見つめながら、彼は死地に赴いた。




彼の駆けた道はどこまでも開けていて、まっすぐな世界であった。


その世界に辿り着いた者は、今も現れていない。


退けた強敵は、異国で、この国で沢山の輝きを放った。


その輝きは、彼への威光にもつながるものでもあった。


彼が走ったその道程は、間違いなく栄光の王道であった。


続きがもしあったならば、彼はどのような景色を眺めることが出来たのだろうか。


その景色を見られる者が現れることを、期待して止まない。

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疾走 北野坂上 @tamuramaro

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