第21話 殺し屋と詐欺師と暴力団 エピローグ

「それはそれはお疲れ様です」

 喫茶店でスーツ姿の男、猫兄さんはそう言って俺を労った。

 いつも通り、大好きなココアを啜ってチェシャ猫のようにニヤニヤしながら話を聞いている。

「本当に今回は辛かったよ」

「依頼が難しいのはいつもの事じゃないですか」

 宥めるように猫兄さんは話す。

「でも、殺し屋と戦うのにもやっぱり慣れないといけないのかな?」

「そうだねぇ、恨みを買ってお前を殺すために殺し屋を派遣してくる依頼者も居るかもしれないよ」

 と言いながら彼は口元に手を当てて考える素振りをする。

「そうか自衛の為に必要なことはやっておくことにするよ」

 逆に依頼された標的が殺し屋の可能性だってない訳じゃない。

「だとしてもさ、なんで未来ちゃんを連れていったの?」

 ブッとコーヒーを吹き出しそうになって咄嗟に口を押さえる。

「仕事に彼女を連れていくのはさすがにナンセンスでしょう」

「だから、そんなのじゃないです!」

 違う、そんなのじゃない…はずだ。

「それはえーっと…未来に普段はどんな感じで人殺しをしているのかって聞かれまして」

「彼女も思い切ったこと聞くねぇ」

 それもそうだ。

 人の殺し方なんて聞いてどうするんだって話だ。

 今の技術では未来を殺すことは出来ないし。

「今度からはちゃんと安全な所に居させるようにね」

「了解ですよ」

 ため息を吐きながらコーヒーを飲むと、カランカランとドアの開く音が聞こえた。

「おや、これはこれは」

「どうも」

 現れたのは東出さんだった。

 いつも通りのブラックスーツに仏頂面が極道感を際立たせる。

「それでは私はこの辺で」

 と猫兄さんは400円をテーブルに置き、そそくさっと去っていった。

 …ここのココア420円なんですけど。


「今回は無理を言って済まなかったな」

「いえ、あそこで東出さんが来てくれなきゃどうなってたか分からなかったですよ」

 僕は席を立って頭を下げる。

「私の失敗です、支払いも減額させていただきます」

「全額無しにはならないんだね」

 いやいや、それじゃあ流石に商売にならないですよ。

 猫兄さんの席に東出さんは座り、同じものをとマスターに頼んだ。

「結局、彼の処遇はどうなったんですか?」

「聞きたいか?」

「え、あぁ 少し気になったので」

 ヤバい予感しかしない。

「取り敢えず事務所まで持って帰って地下室で拷問。まずは全裸の金属バットで股間を叩き続けてから、舌を伸ばs」

「すみません、やっぱりいいです」

 悪寒が凄い。

 やっぱり東出さんは敵に回しては行けないや。

「……俺がいつもお前に頼んでいたのは自分や仲間が傷つきたくなかったからだ。

 でもな、今回の件で分かった。

 自分がやらなきゃいけねぇことってのは必ず成し遂げなけりゃいけないってことさ

 この話も若頭に頼まれた事だったが、組長のやられたことは俺も腸がひっくり返ってたんだよ。

 組長のプライドは組員の命だ。

 仁義は尽くす、それが俺のやらなきゃいけねぇことだ」

 吐き出すように東出さんは呟いた。

 その言葉は鋭い刃物のように俺の心に刺さった。

 彼の思いがすっと出たんだろう。

「そうですね」

 俺は深く頷いた。

 マスターが無言でカップを置く。

 東出さんはそれを軽く口に含んだ。


 そして、吐き出した。

「これココアじゃねぇか!」

 あ、マスターって俺のコーヒーじゃなくて猫兄さんと同じのって勘違いしていたのか。

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