第9話 殺し屋と不死鳥とメイドの夜 その3

 数分後、未来はロンTにジャージの姿で戻ってきた。

 Tシャツは少しキツそうだ、恐らくアリスさんの服なのだろう。

 部屋のドアが閉まる時、殺意に満ちた眼が見えた気がした。

 殺し屋がメイドに殺されるって、冗談もいいところだっつーの。

「お先に失礼しました」

 未来は軽く頭を下げてこたつに入った。

 ご飯を食べる前と比べると表情が少し明るくなっている。

 ほっとしたのか、良かった良かった。

「じゃあ、入らせてもらうわ」

 俺はこたつから出て風呂場へ向かった。

 ふと未来を見てみると頬ずえをつきながら、うとうとしていた。

 眠たいなら寝れば良いのに、わざわざ俺を待っているなんて律儀な人だ。


 一通り頭と身体を洗い、汚れと疲れを落とす。

 仕事終わりだったら即座に浴槽に浸かるのだが、今日はそこまで疲れていないのでいつもより丁寧に洗っておく。

 同じ部屋に同世代の女子が居るのだから、いくら人殺しでも気を使ってしまう。

(アリスさんは少し年上だし、一応ご主人である俺よりだらけて過ごしているのだから遠慮も何も必要ないだろう)

 充分に身体を綺麗にしたあと湯船に浸かる。

 よく考えてみるとこの湯に未来が浸かっていたんだな。

 ちょっと口を湯船につけてみた。

「……頭、大丈夫か俺!」

 やっぱり思考回路がおかしくなっている。

 未来を異性として意識しすぎだ。

 彼女は依頼人であり、同級生ではあるがお客様である。

 今までに美人だとか可愛いと思うような依頼人や標的は居たが、全くそんな感情は持ったことがなかった。

 可哀想だとか、惨めな生活を送ってきたんだなと同情することはあっても、ここまで感情移入するほど親身になった事は無い。

 できるだけ普通に、他のクラスメイトと同じように(とはいえ、未来に言われた通り人と話す方ではないのでそこまで交流は無いのだが)接することを意識しよう。

 意識しないよう意識する。

 そんな器用な真似が、この俺に出来るかどうか分からないが。

 そんなこんなでのぼせないうちに風呂を出た。

 俺はちゃんと服を着て。


 もしこれがラノベだったら、またラッキースケベでもあるんだろうけど、これは違う。

『事実は小説よりも奇なり』とは言うがそれも案外間違いではないのかもしれない。

 扉を開けると未来はそこにはいなかった。

 微かに暴れた跡がある。

「まさか、もう居場所がバレたのか!?」

 研究機関がここ最近活発に探していると言っていたが、ここまで早いとは思わなかった。

 まだ入っていた痕跡のあるこたつには紙切れが置いてあった。


『桜内公園にて お前を待つ』


 殴り書きでそう書いてある。ご丁寧な果たし状だ。

 でも、そんな研究機関がわざわざ邪魔しに来いなんて言う訳ないだろうし、罠の可能性が高いと思う。

 だか、他に手がかりもない。

 取り敢えず、急いでいつものパーカーに着替えて自転車を漕いだ。

 2日連続でこんな事ってあるのかよ……

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