なぜ妻は、夫を金属バットで28回殴ったか

事件

『妻が夫を金属バットで28発』

 ○月×日正午ごろ、△県□市の警察に「夫を殺してしまった」と電話があった。

 通報を受けた警察官がかけつけたところ、自宅のリビングで、頭から血を流している世帯主Aさん(40)を発見、死亡が確認された。 

 通報者は妻であるBさん(39)。

 犯行を自供したため、殺人容疑で逮捕された。

 Aさんは、頭部が変形するほど何度も殴られており、凶器として血まみれの金属バットが押収された。

 解剖の結果、Aさんの打撲痕は28カ所にのぼることが判明した。


『幸せな家庭、なぜ? 背景に現代社会の病理』

 社会人野球の選手であるAさんと元看護士のBさんは22年前に結婚、子供2人にも恵まれ、幸せな生活を送っていたという。

 が、長男である息子が大学受験に失敗して引きこもりになったころからケンカが絶えなくなった。また、Aさんの所属する社会人チームが解散し、収入が減少したこともそれに拍車をかけた。

 Bさんの友人は、「彼女はちょっと鬱っぽくなっていた」と証言している。


『衝撃の朝……証言によって明らかになった一部始終』

 その日の朝、Bさんはいつもどおり朝食の準備をしていた。

 「自分は昨晩遅くまでスーパーのパートで働いていたのに、定時で帰社した夫が酒に酔って起きてこないことに腹が立った」とBさんは証言している。

 そして高校生の娘と2人で朝食をとり、娘が学校に出て行ったあとで、Aさんが起きてきた。

 そして口論になった。

 その時間に、犬の散歩でたまたま家の前を通りかかった通行人も、男と女の争う声を聞いている。

 「日々のすれ違いとか。家事をほとんど私にやらせることとか。息子が引きこもりになったのは、私のせいだとも言われました」。

 彼女は涙ながらに語ったという。

 そして逆上してしまった彼女は、かつて夫の仕事道具だった金属バットを手に取り、それを彼の頭に振り下ろした。

 「そのあとは、よく覚えていません」。

 呆然として、気がつくと時間は正午。

 意を決して警察に電話したそうだ。


   ※   ※

 

 書道部の部室である、小さな教室。

 壁にはいくつもの筆が乾かすために吊し干されている。部屋の角には墨をするための機械が置かれ、棚にはたくさんの本や書道道具、半紙の束があった。奥には個人用のロッカー。でも、使われているのは2つだけだ。

 そんな中、1人で僕は。

 机の上に半紙を置き、それを文鎮で押さえ、硯に墨を入れて、筆をひたした。

 が、腕が動かない。

 筆を握ったまま固まっている。

 集中できず、何も書く気が起こらない。

「ふう」

 仕方なくあきらめて、スマホを手にとった。

 並べられる身勝手なニュース。つぶやかれる放言と悪意。ひとつひとつタップしながら、考えを巡らせる。

 そこで。

 ガラッ。

 教室の扉が開く。

 彼女は僕を見て、ビクッと震えてから立ち尽くした。

「朝倉!」

 僕は駆け寄った。

「良かった。やっと会えた。何度も連絡したんだけど」

「……ごめんなさい、先輩」

 彼女は涙目だった。

「家族があんなことになれば、しょうがないさ。もう学校来られるの?」

「ううん。荷物取りに来ただけです。たぶん、転校することになると思うんで。親戚に……引き取られる、こ、と、に、なるから……」

 嗚咽。

 僕は彼女の肩に手を置いて、椅子に座らせた。

「でも、会えなくなるわけじゃないよ。僕は、どんなことがあっても、君の味方だから」

「うん……」

 手を握り、彼女が泣き止むのを待つ。

 それから少し話をした。

 顧問の先生がすごく心配していたこと。

 引退した3年生たちも、やってきたこと。

 少しでも心を安らげてあげたかった。きっと彼女はいま、どうしていいか分からなくなっている。

 15分か20分たって、ようやく彼女は落ち着いてきた。

「じゃあ、帰ります」

 部室の後ろにあるロッカーから、書道道具を入れているであろう学校指定のカバンを取って、彼女は言った。

「すみません。私がいなくなったら、部員が先輩1人になっちゃいますね」

「みんな引退しちゃったから、仕方ないよ。来年、勧誘を頑張るさ」

「頑張って下さい。何もできないけど、応援してますから」

 振り返る彼女。

 教室を、出て行こうとする。

「待って!」

 僕は、思わず追いかけた。

「どうしても、言いたいことがあるんだ」

 彼女の手を強く握る。

「どうして、君のお母さんは、お父さんを金属バットで28発も殴ったのかな?」

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