5升 ポーションと4つのタイプ

14杯目 ポーションと馬車

 馬車から見える畑は、まだ収穫の時期でないのか、僅かに黄緑を葉が伸びている程度だった。


 昼を少し過ぎた晴れ間の、穏やかな陽光。右の窓からも畑、左の窓からも畑。長閑な農道を、焦ることもなく、カッポカッポという蹄の音を響かせながら進んでいく。


「馬車の旅っていいものですね。なんか落ち着きます」


 軽く伸びをしながら、憩はほんわかと笑った。リンはそんな彼女の横で、退屈そうに欠伸している。


「そうかねえ……転移魔法使えば一瞬で移動できんのに」

「違うんです、時間をかけるのがいいんです。一番の贅沢ですよ」


 言いながら、彼女は日本のことを思い出す。



 大学の頃は鈍行で挑戦した長旅も、いつの間にかクレジットカードで時間を買って新幹線。


 移動がきっと移動以上の意味を持たなかったあの時速、あの車窓からは決して見えない景色が、今は眼前にどこまでも広がっている。



「アッキシカ、結構遠いんですね」

「ヒーレはそんなに国民の数も多くねえしな。南側には岩山地帯もあるし、人が住むには向かない場所も多いんだ」


 領土南東のバークレンを出て、アッキシカの町に向かって少しずつ北上する。

 飲み歩きの旅が始まって8日目、ヒーレも北西から周り始め、ほぼ半周した。



「あ、そうだ! アレが残ってるんですよ」


 ごそごそと布の荷物入れを漁る憩。

 途中の服屋で買った、だぼっとした水色の服に、素敵な模様が刺繍された紺のスカート。この国で流行している、カラフルな糸を織ったミサンガのような飾りも手首に巻き、すっかりヒーレ王国に溶け込んでいる。


 程なくして彼女は、赤い透明な瓶を取り出した。


「まだかかりそうですし、一杯やるとしましょう。まだ飲んだことないポーションです」

「馬車で飲むのかよ。酔いが回りそうだな」

「それもまた旅の良さです、ふふっ」

 瓶の中のポーションが陽光を飲み込み、喜んでいるかのように自らの体を光らせる。



「バークレンの道具屋さんは親切でしたね。グラスも2つ、つけてくれましたよ。リンさんもいかがですか?」


「んじゃちっと飲むとするか」


 リンが持ったグラスに彼女がお酒を注いでいると、途中で馬が躓いたのか馬車が揺れる。リンの足に少し零れて、彼は「ひい、冷てえ!」と声を裏返らせた。


「じゃあ、乾杯」

「ん、乾杯」


 2人でキュッと、グラスを干す。



 スライスしたキュウリのような、爽やかな香り。

 舌に当たる少しピリッとした味わいが、甘みと上手に相まって喉に流れてゆく。飲み込んだ後はスーッとキレていき、口の中に残らない。


 心地よい甘みを残しながら、アルコールが喉を優しく撫でるように抜けていくその感覚は、クセになってしまいそう。



「イコイ、一応聞くけどよ、つまみとか用意してあるのか?」

「いえ、特には。でもほら、見てくださいよ、窓の外にこんなにあるじゃないですか!」

 リンが手で示す窓の右側には、相変わらず野菜畑が延々と続いている。


「……あのな、実がなる前の野菜じゃ、もらっても食えねえぞ」

「違いますよ、この景色です」


 腹が膨れないだろこの野郎、と尻尾で憩の太ももをパシパシと叩くリン。


「あら、お腹が膨れない分、ポーションがいっぱい飲めますよ?」

「いや、そういうことじゃなくてよ……」


「私、こういうの好きなんですよね。どんな野菜が成るんだろうとか、どんな料理に変わるんだろう、とか想像するの楽しいですし。ずっとおんなじ景色に見えますけど、たまに小鳥とか犬とか見つけると、それだけで楽しくなって飲めちゃいます」


 馬車の窓のさんに腕を乗せ、外を眺めながら、憩は本当に嬉しそうにグラスを傾ける。その横顔にリンはつい「……なんかいいかもな、そういうの」と納得してしまった。



「おおう、このポーションも美味えな。ほとんど飲んだことなかったけど、甘い辛いとか、淡麗だとか、色んな味わいがあるもんだ」

「そうなんですよ! その幅広さが魅力ですよね。リンさん、ささ、もう一杯」


 空になったリンのグラスに、すかさず彼女がお替りを注ぐ。彼はそれを両手で持ち、ぐうっと後屈して飲む。


「ぶはあ。イコイ、ポーションの分類って、製法とか甘辛しかないのか? なんかもっと良い分け方があると、他のヤツと飲むときに薦めやすいんだけどよ」

「おっ、リンさんもいよいよポーションにハマって来ましたね!」


 彼女は嬉しそうに右手を突き出し、親指以外の4本の指を立てる。


「リンさんの言う通り、甘辛や製法だけでは実際に味わいを分けるのが難しいんです。なので、よく使われる分類は、香りの高い低い、味の濃い薄いで4タイプに分ける方法なんです。薫酒くんしゅ爽酒そうしゅ醇酒じゅんしゅ熟酒じゅくしゅの4タイプですね」

「へえ、そんなんがあんのか」


 空になったグラスを帽子のように頭に乗せて遊ぶリン。ダンディを決め込んでいるのか、目を細めてキリッとした表情を作っている。


「多分ポーションも同じ分け方ができるはずなので、それぞれ飲み比べてもらいたいですけど……機会を見てやりましょう。あ、もう一本ありますよ、ポーション。こっちは辛口です」

「おお、いいな!」


 いつの間にか畑のエリアは過ぎ、左右に背の高い木が立ち並ぶ林道に。

 カラカラカラと喉を鳴らすような鳥の声が、2本目の開栓を祝福した。




***




「アッキシカ着いたー!」


 馬車を降りた憩は、ぐーんと手を天に突き上げ、固まった体をほぐす。その体を夕日が照らし、歪な影を地面に映していた。



 比較的小さい町で、町を二分するように真ん中に小川が流れているのが特徴的。よく見ると、鱗が綺麗な魚が何匹も泳いでいる。


 着く直前には野菜畑が続き、家畜を放牧しているエリアもあったせいか、食べ物の美味しそうな予感が胃を誘惑した。



「さてと、道具屋は……」

「あ、見て下さいリンさん!」


 リンをがばっと持ち上げ、少し遠くの店に体を向ける。


「ちょ、こら、てめえ! 勝手に抱くんじゃねえよ!」

「うわあ、リンさん、もふもふで温かいですね」

「うるせえ! 猫扱いするな!」

 まあまあ、と微笑みながら、彼女は店を指差した。


「ほら、あの酒場、『ポーション飲めます! 品揃え豊富!』ってありますよ!」

 木造の広い店、その入り口前の看板型の黒板に大きく書かれている。


「合う肴も教えたいですし、ここで薫酒くんしゅ爽酒そうしゅ醇酒じゅんしゅ熟酒じゅくしゅを飲んでみましょう」

「っしゃあっ! 酒場だ酒場!」


 こうして2人は、飲み歩き始まって以来、初めての酒場に入っていくのであった。

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