【42+滴】上下反転2

 それから少し歩いた所で今度はアゲハから話しかけてきた。


「屋敷でのこと玉様には謝れって言われたけどあたし謝らないから」

「いいよ。君は悪いことしてないんだから」

「本当にそう思ってる?」


 予想外だったのか訝し気な目が優也には向けられた。


「思ってるよ。あの状況で疑うのはしょうがないからね」

「分かってくれてるならいいけど」


 それから更に暫くして森を抜けると直ぐに寝泊りしている小屋は見えた。


「後は大丈夫でしょ?」

「うん。ありがとう。じゃあね、アゲハちゃん」


 優也はアゲハの頭を軽く撫でると小屋へ歩き出した。


「だから子ども扱いしないでって言ってるのに」


 眉を潜ませながらそう呟くとアゲハは森の中へと消えて行った。


「人間の世界じゃ、あれって犯罪じゃないの?」


 それは小屋に近づいた時だった。不意に飛んできた声の方を見遣るとそこにはドアに寄りかかるマーリンの姿。


「そういうのじゃないですよ」

「冗談よ。それに少年は一途そうだし」


 軽く笑いながらマーリンはそう言うとドアから離れた。


「起きてたんですね。寝られないんですか?」

「誰かさんが勝手に出て行かなかったら今頃はぐっすり寝てたわよ」


 マーリンのその言い方は少し皮肉っぽかった。


「すみません」

「いいわ。許してあげましょう。その代わり話を聞かせてくれるわよね? 会ったんでしょ? 玉藻前に」

「はい」

「それじゃ中で」


 そして優也とマーリンが小屋の中に入るとアモがテーブルに湯気の出ているコップを並べていた。


「何? 起きてたの?」

「はい。何かお飲みになるとかと思いまして」

「折角起こさないように気を使ったのに」

「お気遣いありがとうございます」


 そしてマーリンと優也は対面するように座り二人の間にアモが腰を下ろした。


「まずは順を追って……」


 話を始めようとしたその時、部屋のドアが開く音がし全員がその方向へ目を向けた。部屋から出てきたのは眠そうな顔のレイ。欠伸をしながら出てきたレイは欠伸の後に三人に気が付いたようだ。


「ん? 何やってんだ? 眠れないのか?」

「少年から話を聞こうとしてたところよ」


 すると表情をニヤつかせたレイは優也の隣に座りおちょくるように肘で突く。


「話? なんだ、怖い夢でも見たのか?」

「怖い夢って? 満月の夜に変身して友達を襲ってしまうとか?」

「あーおもしれー」


 優也の言葉にレイは表情を戻し棒読みで返す。そんなレイの前にもアモはコップを差し出した。


「少年がこっそり抜け出して一人で玉藻前に会いに行ったからその話よ」

「別に会いに行ったわけじゃ」

「ほー、で? どうだったんだよ?」


 そして優也は小屋を出てからのことを話した。


「やっぱり先客がいたみたいね」

「モーグ・グローリー側の戦力という可能性が高いと思いますね」

「そうねアモ。アタシもそう思うわ。協力するよう誘ったけどフラれて面倒なことになる前に潰しておこうっていうことじゃないかしら」


 マーリンの仮説を聞いていた優也の肩を隣のレイが叩いて呼ぶ。


「それでどうだったんだ?」

「どうってなにが?」

「玉藻前だよ。美人だったか?」

「んー。レイの想像しているよりは美人だったよ」


 優也は自信を持ってそう言い切った。


「おいおい、いいのか? そんなハードル上げて。これで想像の方が良かったらどうするんだよ」

「大丈夫だよ。きっと」

「そういう話はあとでやってくれる?」

「すまねぇ。続けてどうぞ」


 そう言うとレイはコップを手に取り縁に口をつける。


「取り込み中って来るタイミングが悪かったみたいですね」

「だから、最高のタイミングよ」

「どういうことですか?」

「アタシ達も明日、その廃工場に行くわよ。そして手を貸すの」

「大丈夫か? 助けなんて頼んだ覚えはないって言われたらどうするんだよ?」

「その場合は他の方法を探すしかないわね。でも、貸した方が少しは話を受け入れてくれる可能性が上がると思わない?」

「まぁ、見返りが無くても美人を助けるってだけでやる価値はあるよな」


 自分で言って自分で何度か頷くレイ。


「あら、美人じゃなかったら助けないの?」

「女性だったら助けるぜ。野郎だったら少し考えるがな」

「レイって女性とは戦わないって感じだけどそうでもないよね」

「女性どうこうの前に本気で向かって来る奴に対してはこっちも本気で受け止めるのが礼儀ってもんだろ」

「時々、尊敬できることを言うよね」

「時々っていうな」


 するとマーリンの元に睡魔が訪れ眠そうに欠伸をひとつ。


「とりあず明日はその廃工場に行くってことでもう寝ましょう」

「分かりました」


 そして話し合いを終えた四人はそれぞれ部屋へと戻って行った。部屋のドアをそっと開けた優也の目に暗がりの中映ったのは、ベッドの下に落ちている抱き枕とずれてちゃんと掛かってない毛布。その光景に微笑みを浮かべると、まず抱き枕を拾って椅子に置き、次にノアへ毛布をかけ直すと静かにベッドへ入りぐっすりと眠りに就いた。

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