【43滴】廃工場

 カーテンの隙間から差し込む陽光で目を覚ました優也は、まだ明るさに抵抗する双眸を開くと傍の寝息に隣を見遣る。

 そこにあったのは、今にも触れそうなほど近くにあるノアの顔。まだ瞼を閉じ気持ち良さそうな寝息を立てている。その寝顔は何の不安も無い子どものようだった。そんなノアの両腕は優也の片腕を抱き枕代わりに抱き締めていた。

 それを目にし感覚と照らし合わせるように改めて確認すると、優也の心臓は一気に高速になり、一瞬にして眠気をどこかへ吹き飛ばしてしまった。と同時に思わず吃驚の声を上げそうになるが、彼女を起こさぬようそれは何とか堪えた。

 すると、静寂の中で密かに騒ぐ優也への予告であるノックも無しにドアが開きレイの顔が覗き込む。


「おーい、起きろー。朝飯でき――」


 中途半端に言葉は止まり、優也と目の合ったレイは意味あり気な笑みを浮かべると人差し指を向け何度か軽く頷く。


「邪魔したな」


 そう言い残し静かにドアを閉めるレイへ勘違いを訂正する声を上げようとしたが、隣のノアを見て言葉を呑む。

 だが結局、ドアが閉まった直後にノアは目を覚ました。


「ん~。もう……朝か?」

「う、うん。そうみたい。おはよう」

「あぁ」


 だが、絡みついた睡魔が二度目の睡眠へと誘う。

 しかし眠りかけたノアの鼻が犬のようにヒクッと動いたかと思うと、睡魔は一瞬にして追い払われた。


「腹減るいいにおいだ」


 そう言って目を覚ますと優也から離れ起き上がる。そんな彼女に続きまだ急かすように鼓動する心臓を持ち上げ優也も起き上がった。体を起こし直ぐにベッドから降りたノアは心を落ち着けようとまだ座る優也へ目をやる。


「何してんだ? 朝飯だぞ。行こうぜ」

「僕は……」


 言葉を口にしたものの何を言うか決めてなかった優也は、存在しない理由を身振り手振りで必死に表現した。


「――窓を開けてからいくよ。そう。空気の入れ替えしないとね」

「そうか。でも早く来ないと冷めちまうぜ」

「うん。すぐ行くよ」


 その返事を受け取ったノアはご機嫌な様子で部屋を出て行った。

 そして、それを見送った優也は一人ベッドの上で体育座りをし顔を埋める。


「はぁー。朝から心臓が……」


 少しして心臓も気持ちも落ち着いた優也は遅れて部屋を出た。外ではノアとマーリン、レイは既に朝食を食べ始めている。その様子を眺めながら優也はノアの正面、レイの横の席に座った。

 するとレイは隣に優也が座るのと同時に上半身を近づけ、持っていたフォークをマイク代わりに自分の口に近づけ始める。


「今朝のことについてお聞きしたいのですが?」


 優也に聞こえる程度の楽しそうな声で話し掛けてきた。そして次はマイクに見立てたフォークを優也に向ける。


「僕の心臓で爆発事件が起こりそうでしたよ。レイ捜査官」


 ふふっ、と笑いながらフォークを引くレイ。


「そのうち慣れるさ」

「今までも彼女や愛笑に抱き付かれた事は何度かあるけど、こんな感じじゃなかったのに」

「ようこそ本物へ」


 そう言ってレイは朝食を再開。

 そして優也の前にもアモが持って来た朝食が並ぶとお礼を言い早速食べ始めた。

 すると、少ししてアモがやってきたかと思うと持って来たノートパソコンをマーリンの元へ。


「マーリン様。オックス様とご連絡がつきました」

「ありがと」


 ペーパーナプキンで口を拭いたマーリンはアモが開いたノートパソコンに顔を向ける。画面の向こうにはニコやかな表情のオックスがいた。


「やぁやぁみんな久しぶりー。いや、君は初めましてだね。吸血鬼のおねーさん」


 オックスは画面越しにノアを指差す。それに対しノアは返事をするが、口一杯に詰まった朝食が言葉と言うよりただの音へと変えていた。


「大丈夫、気持ちは伝わったから」


 そんなノアに対しオックスは若干ながら苦笑いを浮かべた。


「彼らも元気かしら?」

「あの二人は今ゲームして盛り上がってるよ」

「楽しそうで何よりだわ。それよりお願いしていたのは見つかったかしら?」

「見つけたよ。今から、画面に出すね。みんな食べながら聞いてもいいよ」


 オックスの視線が少し下がるとパソコンの画面は一枚の写真に変わった。

 それは今彼らがいる島――神家島を上から写した画像。


「その島は地図に載ってないから衛星を借りて撮ったんだけど、魔女のおねーさんが言ってた廃工場はここ」


 衛星画像に丸く印がされた後、画面は拡大された廃工場の上空写真へと変わる。


「この島に廃工場はここだけだからこれのことだと思うよ。ついでに、この工場から南西を調べてみたけど、屋敷らしき建物は見つからなかったね。見渡す限り森しかなかったよ」

「どうもありがとう。料金についてはアモに希望額を言ってちょうだい」

「いや今回は負けとくよ」

「いいのかしら?」

「もちろん。サービスがいいとこはまたご利用して貰えるからね」

「そうだったわね。それじゃあまた何かあったらお願いしようかしら」

「これからもご贔屓に」


 画面の向こうで頭を下げるオックス。


「ついでに案内もしようか?」

「それは大丈夫よ。その画像だけ貰えるかしら?」

「おっけー。送っとくよ」

「ありがと」


 そして通信が終わるとアモはパソコンを閉じて片付けた。


「それじゃ、食べ終わったら行きましょうか」

「アモ! おかわりー」


 そんなマーリンの横でノアは食べ終えたステーキ皿をアモに差し出す。


「朝からよく食べれるよね」


 食べ掛けの焼き魚と玉子焼き、味噌汁とご飯が前に並んだ優也は少し苦笑いをしながら言った。


「今更だろ。しっかし美味そうに食べるよな」


 食べ掛けのイングリッシュ・ブレックファストが前に並んだレイがノアを見て微笑みながら言った。その間、マーリンは何も言わずカフェ・ダ・マニャンを食べ続ける。

 そして朝食を終えた四人はアモを加え森の中を歩いていた。マーリンの手にはあの写真が印刷された紙があり、そこには彼女らの現在地をリアルタイムで示す赤点があった。それを頼りに四人は森を迷うことなく進んでいく。

 そして小屋を出てから暫く歩き続け森を抜けると、彼らは目的の廃工場に辿り着いた。


「ここね」


 マーリンが手元から紙を消し廃工場へ足を進めようとしたその時。中から妖怪が一匹、飛ばされるように出てきた。


「待て待て! だから、ここにはいないっつってんだろ!」


 その妖怪の後に金砕棒を背負った百鬼が出てくると妖怪の前まで歩いていく。


「それはもう聞いた」


 すると片手に握った鉄パイプにもう片方の手を加え妖怪の頭にフルスイング。妖怪は地面を転がりながら森まで飛ばされた。それをホームランを打ったバッターのように見届けると変形した鉄パイプを放り捨てる。

 そんな百鬼の後ろからは扇子を持った玉藻前とお面を頭の横につけたアゲハが出てきた。


「なんや、優也はんやないの。こないにはよう会えるとは思わへんかったでぇ」

「僕もです」

「今日はお仲間はんも一緒やなぁ」


 そう言う玉藻前の視線は他の四人を順番に見ていく。


「えらい珍しいメンバーやないの」

「あなたが玉藻前ね?」


 そう質問しながら腕組みをしたマーリンは一歩前に出た。


「せやでぇ。まさかあの魔女の一族に会えるとはなぁ。人生何が起こるか分からへんとはよう言うたもんやねぇ」

「あんなことがなければアタシも村から出ることはなかったでしょうね」

「そやけども逆を言えば、あの出来事のおかげで外の世界に羽ばたくことができたんとちゃう?」

「起こって良かったとでも?」


 するとほんの先程まで穏やかだったマーリンは、眉を顰めて目付きを鋭くさせ玉藻前を睨みつける。明らかに玉藻前の言葉が彼女の地雷を踏んだようだ。


「そうは言うてへんよ。ただ考え方を前向きにしただけや」

「マーリン様。少し落ち着いた方がよろしいかと」


 その一触即発へと発展しかねない雰囲気にアモがマーリンの肩に手を乗せ小さな声で囁く。だがその瞬間、マーリンはその手を払いアモへ勢い良く顔を向けた。


「アンタはだまっ……」

「おい、落ち着け」


 しかし今度はノアがマーリンのもう片方の肩に手を乗せた。堪えるように言葉を途中で止めたマーリンは少し冷静さを取り戻したようだった。


「ごめんなさい」

「いえ、私も申し訳ありませんでした」


 少し顔を俯け謝罪をしたアモは後ろへと下がった。


「ごめんなさい。少し感情的になってしまったわね」

「わらわの所為で気分を害したようやねぇ。悪かったなぁ」

「いえ、アンタの所為じゃないわ」


 まるで自分に言うようにマーリンは小さく首を振った。


「それはそうと、何しにきはったん?」


 玉藻前のその言葉にマーリンは本来の目的を思い出したのか、改めるように視線を真っすぐ前へ向けた。


「――あなたたちが今からしようとしていることに手を貸そうかと思ってね。見たところまだ、終わって無いんでしょ?」

「その気持ちだけ受け取っとくわ」


 だが玉藻前は迷うことなく答えると扇子を開き口元を隠す。その扇子の上では玉藻前の双眸がマーリンを訝し気になりながらも真っすぐ見つめていた。

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