【35+滴】スポットライトを浴びながら2
そしてジャックが席まで来た時、裏から掃除道具を手に持ったシュウが出てきた。
「シュー! ウィスキーもらうぞ」
「入れますか?」
「いや、自分でやるから大丈夫だ」
そう言うとジャックはカウンター内へ行きウィスキーを注ぎ始め、シュウは掃除を始めた。
そしてウィスキーの入ったグラスを片手にマーリンの隣の席に座るとサングラスを外し胸ポケットに仕舞う。
「改めてお久しぶりです」
ジャックは手ではなくグラスを差し出した。それに対しマーリンはグラスを軽く当てる。
「それにしても急に顔を出さなくなったので心配しましたよ。今まで何を?」
「色々と忙しかったのよ。ねっ、少年」
「そうですね。今は少し落ち着いたって感じです。まぁ、これからが本番ですけど」
「随分忙しいみたいですね」
「そういえば、奥さんとはどうなの?」
その言葉にジャックは待ってましたと言わんばかりの表情を浮かべた。
「聞いてくださいよ。最近、子供が生まれまして」
ジャックはそう言いながら内ポケットから写真を取り出す。そしてマーリンとジャックは子供の話に花を咲かせ始めた。
そんな隣でお酒を飲む優也の肩を桜が指でつんつんと突いて呼んだ。
「ねーねー、おにーさんって彼女いるの?」
「いないよ」
「じゃあ好きな人は?」
「いるよ」
その質問には考えるまでもなくすぐに答えた。
「へ~。どんな人?」
「んー。そうだなぁ。雑で言葉遣いが悪くて男勝りだけど根は優しくて笑顔が無邪気で可愛くて、寝顔が子供っぽい。そして……」
思いつく限りの言葉を口にしていると突然、桜はクスッと笑った。それに対して優也は言葉を止め首を傾げる。
「本当に好きなんだね」
桜は顔に出てると言いたげに自分の頬を人差し指で何度か軽く叩く。それを見た優也は顔に熱を感じながら口元を隠した。
「そ、そういう桜さんはどうなの?」
「んー、どうなんだろーね」
まだ笑みの余韻を表情に残したまま手に持ったグラスの中で揺れるカクテルを見つめながら呟く桜。だがその双眸にはどこか悲哀を感じた。
「それよりおにーさんは音楽は好き?」
それ以上は話をしたくなかったのか話題を変えた桜。
「歌うのはちょっと……でも聴くのは好きだよ。あとは、昔ピアノをやってやぐらいかな」
「ピアノ弾けるのは初耳よ」
いつから聞いていたのか透かさずマーリンが隣から反応してきた。
「そうだ。せっかくだから弾いてみなさいよ」
そう言うとマーリンの指はまだスポットライトが明るく照らす舞台上のピアノを差した。
「え! 無理ですよ! やってたのは昔ですよ。もう出来ませんよ」
優也はジェスチャーを加え必死に拒否した。
「無理より無理だった、出来ないより出来なかったよ。まずはやってみなさい」
「弾けるか分かりませんよ?」
「大丈夫。無理だったら代わりにアタシが弾いてあげるから」
「えっ! マリさん弾けるの?」
その言葉には優也の隣にいた桜が一驚に喫した。
「まぁね」
「俺は一度聴いたことあるが、あれは感動だったな」
ジャックはその日のことを思い出しているのか沁々としていた。
「分かりました。一応やってみます。覚えてるかなぁ」
最終的に説得された優也は残ったカクテルを飲み干し心の中で気合を入れながら席を立った。
「頑張ってねおにーさん」
「がんばれよー」
そして二人の声援を背に受け舞台へと向かう。ピアノの前に立つと椅子を引いて座り鍵盤蓋を開け椅子の高さを調節すると、片手で適当な鍵盤を何度か押してみる。
その間に三人はバーカウンターから舞台前の特等席へと移動した。感触を確かめると両手を乗せ、大きく深呼吸をする優也。
そして指が鍵盤を沈めるに伴い優しい音が響き出し、音達はメロディーとなってピアノから飛び立っていく。その綺麗な音色の演奏に三人はすぐに聴き惚れていた。
最初は緊張に固く結ばれていた優也の口元だったが、途中からは緩み笑みが浮かんでいた。今、舞台上でスポットライトに照らされるのは自らも楽しみ演奏する優也。
そしてあっという間に演奏を終えた優也の中では零れてしまう程の満足が溢れ出していた。
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