【14+滴】通称コンダクター2

 そして優也が攫わてから一日と数時間後。ちょうど朝日が目覚め始めた頃。マーリン宅、正面玄関のベルが鳴った。ベルの音にドアを開けたアモだが、客人らしき人は見えず辺りを見回す。

 すると見回している途中で視界の端に捉えた何かを確認する為、視線を下げるとそこには見るも無残な姿の優也がいた。壁に凭れ座る優也は気を失っている。無数の切り傷、刺し傷、腫れ、爪が無く変形し青あざがある指……思わず目を覆いたくなる程の悲惨な姿。


「優也様!」


 アモは慌てて外に出ると真っ先に首へ指を当て脈を確認した。少し弱いが鼓動は感じられる。生きていることが確認できると至急、中へと運び込んだ。


 一通り傷の手当を終えた優也はノアの血を入れた輸血パックを腕に刺し、ベッドの上で静かに眠っていた。傷はある程度治療されていたが包帯には何ヶ所も血が滲んでいる。そんな優也の眠るベッドの足元側にはマーリンとアモが立っており横では椅子に座ったノアが突っ伏していた。


「俺のせいだ……。俺がいたから……。俺が巻き込んだ。俺が……。俺が……」


 ノアは後悔の押し込められた声で自分を責め続けていた。その声は泪に濡れているようにも聞こえる。

 そんなノアの姿を見ていたマーリンは傍まで行き声をかけようと手を伸ばすが、触れる直前で引っ込めた。そして踵を返し無言のままドアへと歩き出した。


「アモ、電話」


 廊下に出ると続いて出てきたアモに要求の手を出す。ドアを静かに閉めたアモは内ポケットからスマホを取り出した。だがすぐには渡さず立てて持ちながら何か言いたげな表情でマーリンを見遣る。


「何よ? アタシの所為だって言いたいの?」


 そんなアモからマーリンはスマホを奪い取った。表情に若干の怒気を含ませながら。


「わざわざこんなことをせずとも……」

「完璧なはずだったのに。台無しになるかもしれないわ。あいつの暴走によってね。プロが聞いて呆れるわ」


 マーリンの声が身に纏っていたのは明らかな不機嫌。その声の所為かアモはこれ以上何も言わずマーリンが電話をかけるのを黙って見ていた。

 そしてスマホを耳に当て三コールほどの時間経過で相手は出た。


「人を連れてきてほしいの。――本名は知らないけど通称は『コンダクター』――値段は言い値でいいわ。だけどとにかく急いで」


 電話を終えるとアモにスマホを返し二人は廊下を歩いて行った。


 その翌日、何もない真っ白な部屋にあったのはマーリンとアモ、それ以外にあと二人分の人影。一人は椅子に座りながら前で両手を手錠により拘束され、もう一人はマーリンとその人との間に立っていた。


「報酬は振り込んでおいたわ」

「それは確認済みだよ」


 少し高い声のハット帽にスーツ姿の男が答える。


「これが依頼された子と――」


 男は持っていた小さな日記型の物と長方形の茶封筒を渡した。


「帳簿とこの子の情報ね。初回だからサービスしといたよ」

「随分とサービスがいいのね」

「サービスがいいところはまたご利用してもらえるからね」

「覚えておくわ。――そういえばあなたたちは三人組って聞いていたけど?」

「あの二人は別件をやってるよ」

「そう。急な依頼で悪かったわね」

「大丈夫。大丈夫。同時に最大で六つまで引き受けられるから」

「六つ? ――とりあえず今回は助かったわ。ありがとう」

「それじゃあ、また何かあったらよろしくどーぞ」


 そう言うと男は手を振りながら部屋を出て行った。


「さてと」


 男が部屋から消えるとマーリンは溜息交じりでそう言いながら、拘束されてるもう一人と向かい合うように置かれた一人用ソファに腰を下ろした。


「まさかこうして実際に会うなんてね。コンダクター」


 その声は嬉しという感情とはかけ離れており低めで不機嫌そうだった。

 そんなマーリンの視線の先では金髪の短髪にキャスケット、ウェリントンメガネに両耳で揺れるピアス、白ワンピースと羽織ったデニムジャケット、そしてコンフォートサンダルの女性が笑みを浮かべていた。見た目は変っていたもののその無邪気な笑顔は優也を苦痛のどん底に落としたあの女性だった。


「きみが依頼人か。いい声してると思ったけど、こんな綺麗なお姉さんだったなんてね。会えて嬉しいよ」


 通称ではあるがコンダクターと呼ばれた彼女は足をぶらぶらとさせながらマーリンを見ていた。


「言っておくけど未払い分の報酬に関しての愚痴は聞かないわよ」

「そんなこと言わないよ。わたしも依頼を終えてないからね」

「自覚はあるみたいなのね」

「もちろん」


 だがそこに悪いという感情はない。


「アタシは依頼する時に、言ったわよね? 傷はつけるなって」


『そうよね?』と釘を刺し確認するように首を傾げた。


「でも一つ二つなら許容範囲内だともね」

「軽い傷とも言ったわ」

「そうだった」


 コンダクターはマーリンを指差す人差し指を振りながら何度も頷いた。


「言い訳するならー、彼があまりにも最高だったからつい、ね。お姉さんも聴いてみたら分かるって。キュンキュンしちゃうよ」


 だがマーリンはそんな言い訳に聞く耳を持たずに膝に置いていた先ほどの茶封筒を手に取った。


「ここにはあなたの情報が書かれてるらしいけど……」


 すると手に持っていた封筒は一瞬にして燃えて消えた。


「別に興味ないからいらないわ」

「わぁ~。お姉さんってマジシャンかなにか?」


 目を輝かせながらされた質問を無視したマーリンはもう一つの手帳型――帳簿を読み始めた。だがコンダクターは例の如くキャッチボールならぬ言葉の壁当てを始める。


「私もマジシャンに憧れたことあったなぁ。物を出したり消したり瞬間移動させたりってね。見てて飽きないもん。あっ! でもミュージカルの役者さんなんかも楽しそうだよね。歌って踊って」


 するとコンダクターは鼻歌を歌い始めた。首を揺らし自分のゆりかごのように揺らしている足を見ながら。


「あーあ。どっか暖かいとこに行こうと思ってたのに――捕まっちゃった。ビーチに寝転がりながら冷たいジュースなんか飲んでゆっくりしたかったなぁー」


 風を感じ波の音を聞きいているのか少し上を向いて双眸を閉じるコンダクター。かと思えば目を開け少し前のめりになった。


「ねぇねぇ! どっかオススメのとこある?」

「この最後のヤツはだれ?」


 だがマーリンは相変わらず聞く耳など持たずに帳簿を見せながら一番最後の記録を指差した。


「お客さんの情報はしゃべれないよ。こういう業界だと特にね」


 その言葉にマーリンは椅子から立ち上がると帳簿を見せながら近づいた。更に帳簿を目と鼻の先まで近づける。


「誰?」

「言えない」


 それでも首を横に振るコンダクター。


「そう。アモ、ペン」


 帳簿をどけコンダクターの目を見ながらアモに右手を伸ばす。アモは内ポケットから黒と金の高級感溢れるボールペンを取り出し渡した。


「もう一度だけ訊くわよ。これは誰?」

「さぁ? 分からな――」


 彼女が言い終える前にペン先を出したボールペンが腿へと突き刺さる。同時に天を仰ぎ叫び声を上げたコンダクターだったが、それは段々と笑い声へと変わっていった。

 そして最後は優也の悲鳴を聴いた時と同じ漏れるような吐息を零す。その後に顔をゆっくりと下ろしていきマーリンと真っすぐ目を合わせた。


「こういうのって久々だけどやっぱり悪くないね」


 コンダクターは恍惚としながら幸せそうな表情を見せせいた。


「噂通りイカれてるわね」


 それとは裏腹にマーリンは表情を嫌悪感に染めると帳簿を閉じボールペンを抜くことなく彼女から離れアモの方を向いた。


「あとは頼んだわよ」


 そう言い残して部屋を出て行った。

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