【13+滴】その声で支配から解放して2

 そんな女性はかなり上機嫌にサンドイッチを口に運んでいた。それから一気に一つ目を食べ終えると二つ目に手を伸ばす――前にお茶で口に潤いを取り戻す。


「はぁ~」


 すると二つ目の一口を食べたところで突然、溜息を零した。それは先程までの上機嫌を一緒に吐き出したような長い溜息でその後、目に見えてテンションは下がっていた。


「私、きみにこんなに夢中になっちゃったら今後はお仕事続けられないよ」


 誰も言っていない「なんで?」という問いかけが彼女には聞こえたのだろうか理由を話し始めた。


「だって、もうきみじゃないとやだし、他の人じゃ満足できなくなっちゃったんだもん……」


 彼女は俯いて本当に落ち込んでいるようだった。


「このままきみと別れちゃうぐらいならいっそのこと拉致して監禁する? いやいやいや、そんな酷いことはできないよ」


 すると顔は俯いたまま双眸だけが動き、上目遣いで様子を伺うように優也を見遣る。特に目が合った訳でも何か言った訳でもないが、またもや彼女は何かを感じ取ったようだった。


「いや、これはお仕事だからやったんだよ? プライベートで拉致とか監禁とかそんな恐ろしいことできないよ」


 そう言いながらサンドイッチを持っていない方の手を必死な様子で振り弁解を始めた。それから突然少しの間、彼女が黙り込んだため久々に沈黙が姿を見せた。俯き何か考えているのかじっと黙る女性。かと思えばまたもや突然に顔を上げた。そして優也を真っすぐ見るその表情には、もう悩みの二文字は存在していなかった。


「まっ! でも、今は今を楽しめばいいか!」


 その結論で納得したのかサンドイッチを食べるのを再開し始めた。そしてそこから一気に食べ終えるとお茶でひと息。


「ごちそうさま」


 両手にはお皿とお茶があるので頭だけ下げて立ち上がると、お皿を机に置き椅子を片付け、お茶を手に優也の前へと立った。そして自分で一口飲んだ後に飲み口を優也へ。


「飲む?」


 もうすでに汗だくの優也が顔を微かに上下させると残りのお茶は彼の体を体内から短い間だけ冷やした。そして空になったペットボトルは後ろに放り投げ捨てられた。


「さて! 後半いこ……。――忘れてた。アイス食べてないや」


 そう言うと冷蔵庫まで行き木のアイススプーンが乗ったカップアイスを取り出す女性。そして例の如く優也の前で立って食べ始めたが三~四口ほど食べたところで急にその手は止まった。

 すると女性は少し脚を広げ両手を横へ伸ばし始めた。


「ねーねー。この服どうかな? 中のタンクトップは違うけどこのオーバーオールは最近買ったんだ」


 説明しながらその状態で一回転して見せた。もっとも優也は俯き見ていなかったが。


「可愛くない? あと、この頭も最近から試してるんだけど結構気に入ってるんだよね」


 アイススプーンが指していたのは頭のお団子ヘア。この時、本来なら相手の返事があるはずのひと間を置くと急に女性は自分の汗だくな体の匂いを嗅ぎ始めた。


「そう言えば結構汗かいちゃってるけど臭くないよね?」


 そして一通り嗅ぐと渋い顔をしながら小首を傾げた。


「んー、大丈夫だと思うけど……。きみに汗臭いなんて思われてたらやだなぁ」


 そんなことを呟きながらアイスを一口。また一口と食べた。


「まっ、こんな状況じゃ仕方ないしいっか。それよりさ、きみはどんな髪型の女の子が好きなの? 長い方がいい? それとも短い派? ポニーテール、ボブ、三つ編み、ツインテールでしょ、あとはゆるふわパーマとかはどう? あっ! ベリーショート派だ!」


 分かったと言わんばかりにアイススプーンで優也を指すがもはやパターンと化した沈黙が返ってくるだけ。女性はその沈黙の間ほんの二~三秒、時が止まったようにその状態で動きを止めたが、アイススプーンから垂れた一滴のアイスが再び時間を動かした。

 そしてすっかり溶けてしまったカップの中のアイスを一気に飲み干しすと、小声で「ごちそうさま」と言いながらカップを持った状態で両手を合わせた。


「実はわたしねー。ちっちゃい頃から虐待されてたんだよね。実の父親に」


 それはあまりにも唐突に始まった過去話で、今までと雰囲気の違ったその話に俯きながらも無意識に優也の耳は傾いた。


「小学校に入ったぐらいから高校卒業辺りまでずっと。誤解しないように言っておくと中学校も高校も行ってないんだ。小学校も途中まで。――はぁー。あの十二年間はわたしの人生の中で一番辛かったなぁ。ほぼ毎日泣いてたし今思い出しても辛いよ。母親は助けてくれなかったし、殴る蹴るなんて日常茶飯事だったし、ほんと色々な事された。多分アレはわたしのこと人間と思ってなかったんだろうね。あの頃は――今もだけどアレの事がほんと大っ嫌いだったし、いつも死んじゃえばいいって思ってたっけ。まぁ、実際死んだんだけどね。あっ! でもアレの最後の鳴き声は悪くなかったよ。きみには劣るけど最高だった。多分そのおかげでこの魅力に気が付けたから一応感謝かなそこは。ちなみにアレの最後は、表現は控えるけどあれを切ってトドメは目にグサって感じにしたんだけど、もうわーわー泣き叫んでたよ」


 話をしながら彼女はピースサインで指を動かして切るを表現し、何かを握った手を振り下ろしていた。そしてその時の姿・声を思い出したのか女性は「ふふっ」と漏らすように笑った。


「あっ、そういえば。中学入ったぐらいからだったと思うんだけど何でか暴力に慣れてきたんだよね。んー、慣れてきたって言うのかは分からないけど結構耐えられるようになってきたっていうのかな。もちろん痛いには痛いんだよ。でもねそんな痛くないんだよね。うん。あれから今もだけど痛みに強くなったというか痛みをそこまで痛く感じなくなったんだよね。それにもっと言っちゃえば……」


 すると突然、言葉を止めたかと思えばお願いするように両手を合わせ笑みを浮かべてウインクをしながら一言。


「引かないでね?」


 そう言うと言葉のキャッチボールというより優也は何も言わなかったので、この場合は言葉の壁当てをしてから続きを話し始めた。


「もっと言っちゃえば、幸福感を感じるの。痛みに伴って強く感じるし激痛ともなればもはや多幸感だよね。あー! 分かってる。分かってるよ」


 特に何かを言おうとしたわけでもない優也へ掌を見せながら言動を止めるように両手を動かした。


「分かってる。多分、わたしの体ってどっかがぶっ壊れてるんだよね。今度、知り合いのお医者さんに診てもらおうかな」


 すると女性は腕を組んで右上を見ながら考え出すがそれはすぐに終わった。


「まぁこれは後で考えるとして、そろそろ再開しよっか。きみとのおしゃべりも楽しいけどそろそろもっと楽しいことしようね」

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