【13滴】その声で支配から解放して
それから拷問は何時間もかけてじっくり続いた。何枚も爪は剥がされ、何本か指は折られ、何ヶ所も腕に釘が打ち込まれ、色々な深さの切り傷・刺し傷が体の至る所には刻まれていた。もう痛みの無い状態など忘れてしまいそうなほど精神も肉体もボロボロ。
そんな優也は俯きっぱなしでここ数時間、悲鳴以外で声を出すことは無くなっていた。ぽたぽたと滴りながら床へ血だまりを作る最早どこから流れているのか分からない血。その量は大量出血を心配してしまいそうなほど。そんな円状の血だまりからは一本の線が伸びており、その先で排水口は絶えず血を呑んでいた。
そして換気扇しか回っていない部屋は蒸し風呂のように暑く、優也だけでなく女性も同様に汗だくだった。
「ちょっと休憩しよっか」
そう告げると女性は血まみれの道具を机に戻して流し台で手を洗い始めた。手に付いた血を洗い落しタオルで綺麗に拭く。ついでに顔や体の汗だけでなく返り血も拭き取る。
だが拭いても拭いても新たに湧き出す汗が室内の暑さを物語っていた。
「あっつー。でもこれはこうじゃなくちゃ」
一応だが一通り拭き終えた女性は優也の元に行くと、跳ねた血の混じった顔の汗を拭き取り始めた。
「汗って目に入ると痛いから拭いてあげるね」
止まらぬ汗を一応だが拭くとその足は冷蔵庫へ。ドアを引くと天国の扉が開かれたかと錯覚するほど気持ち良さそうな冷気が彼女を包む。
「はぁ~。気持ちいいぃぃ」
しばらくその冷気を浴びると二Lのスポーツドリンクを取り出し真っ先にキャップを開け捨てる。そして飲み口を咥えると一気に逆さにしゴクゴクと飲み始めた。飲み口からは大小様々な気泡が競争するように底を目指し上がっていく。そして三分の一ほど飲んだところで口が離れる。
「ぷはぁ~。体に染みるぅぅ」
それはお風呂上りに飲む炭酸に、ビールに、コーヒー牛乳に匹敵するほど美味しく体に染渡ったのだろう。その感覚を最後まで味わうように女性は少しの間、目を瞑りながら天井を仰いでいた。
暫しの静寂の後、動き出したかと思うと肘で冷蔵庫を閉め、優也の元へ。
「きみにもあげる。水分補給は大事だよ。特にこんな暑い時にはね」
そう言いながら飲み口を俯く優也の口に押し当てると彼はゆっくりと咥えた。痛みが全身を縦横無尽に駆け巡る最中でも喉の渇きを、体が水分を欲するのを感じていた。
「傾けるよー」
徐々に傾いていくペットボトルと共に優也の顔も上がていきスポーツドリンクが口に入って来ると彼女に負けず劣らずの勢いで飲み始めた。脱水症状一歩手前だった体はどんどん水分を吸収していきペットボトルを空寸前までおいやる。そして優也の下を向こうとする力を感じ取ったところで彼女はペットボトルを下げていき口から離した。
その後、彼女は残ったスポーツドリンクを飲み干しながら再び冷蔵庫に向かうと今度は中からサンドイッチが二つ乗ったお皿を取り出した。鼻歌を歌いだし、空のペットボトルをそこら辺へ適当に置いて、五百mlのお茶を新たに取り出すとドアを閉めた。
そして近くのダイニングチェアまで行くとペットボトルを脇に挟み、椅子を持って優也の目の前へ。背もたれを彼に向け置くと、椅子を跨いで向き合うように座った。ペットボトルは背もたれとの間に出来た空間に置き高さが鳩尾ほどの背もたれに両腕を乗せた。
そしてお皿に乗った三角のサンドイッチを手に取ると角を一口。
「私、きゅうりのお漬物の次にサンドイッチが好きなんだ。そうだ、きみも食べる?」
彼女は椅子を傾けながら近づき食べた方とは反対側の角で優也の口を突く。だが、閉ざされた口が開くことはなかった。
「そう。私の作ったサンドイッチ美味しいのに」
少し拗ねたような残念そうな様子で椅子を戻すと再びサンドイッチを食べ進めた。
「ねー。さっき言ってた子、名前忘れちゃったけど。その子ってきみの彼女さん?」
質問に対して俯いたままで返事はない。言葉は聞こえていたが痛みが、呼吸をする度に、心臓が鼓動する度に絶えず疲弊した体を駆け巡っていた状況では返事をする余裕も何かを考える余裕もなかった。そんな優也の返事を待っている間にサンドイッチを一口齧り咀嚼し飲み込む。
「じゃあ、奥さんとか?」
気にしてないのかそれとも言葉ではない何かを読み取っているのか返事を聞いたように続けた。もちろんこの質問にも返事は無い。
「じゃーあー、ただの同居人? 姉か妹って線もある?」
返事は返ってこない。
「ねぇ! その子じゃなくて私と暮らさない? 蓄えもあるしお裁縫も出来る。お料理も自信あるよ! お掃除はちょっとめんどうだけど、きみの為なら全然やるし。それにこういうことさせてくれるのはたまーにでいいし、それ以外はきみの言う事はなんでも聞いちゃうよ? どう?」
返事なし。
「だってー、私、きみに惚れちゃったんだもん。あの声質と大きさ、そしてあの鳴き方」
彼女は叫び声を思い出したのか唸った。今では頬を赤らめているのか暑さによるものなのかは定かではない。
「きみの鳴き声がハートに響いちゃって、もう夢中! 好き! 好き! 大好き!」
彼女は奥底から愛情が溢れ出し抑えきれないといった様子だった。これだけ積極的に好意を伝えられれば悪い気はしないだろう。もちろん普通の恋愛ならばだが。
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