【59滴】思わぬ対面

 ノアと分かれ何気なく歩みを進めていた優也。特にどこかへ向かっている訳でもなかったが、彼はいつの間にか昨日の教会へと来ていた。改めて見ると人目につきにくい場所に建てられたその建物は、まるで時代に忘れ去られたかのよう。

 そんな教会のドアを開け中へ入るが、そこには誰もおらず何とも言えない静寂が広がっていた。どこか神々しく絶景でも目にしているかのような威厳ある静寂。

 そんな静けさの中、身廊を進んだ優也は一番前の長椅子に行き腰を下ろす。そして十字架を見上げた。特に信仰心を持っている訳ではないが、神様を信じる気持ちも分からなくない、そう思えるような大きく存在感のある十字架。


「誰かと思えば吸血鬼の小僧じゃないか」


 すると聞き覚えのある声が静寂の海を泳ぎ優也の耳へ。その声に視線を移動させると、そこには煙が上がるタバコを咥えた神父のディンドが今正に彼の方へ歩みを進めていた。


「どうも、神父さん」


 ディンドは優也の隣、通路側へ豪快に座る。


「祈りにでも来たのか?」

「いえ、そういうわけじゃないんですけど」


 返事を聞きながらタバコの煙をゆっくりと吐くディンド。


「あの、神父さんにこんなことを訊くのはどうかと思いますが……神様って本当にいるんでしょうか?」

「さぁーな。どうだろうな」


 その質問に対して即答したディンドはもうひと吸いしてから続けた。


「俺には実在するかどうかなんて分からないが、神ってやつはどんな時でも、どんな奴にでも味方してくれるもんだ。物理的に何かしてくれるわけじゃないが心を支えてくれる。一人じゃないってだけでも心強いもんだらな。だから、誰にも話せないことがあるなら話してみろ。誰かに話すことで少しは気持ちが楽になることもあるからな。それにもしかしたらお前の中にあるが、見つけきれてないだけの答えを引き出してくれるかもしれないぞ」

「信じる心が大切なんですね」

「相手は目に見えないんだ。心の目で見るしかないだろ」


 ディンドは携帯用灰皿を取り出しタバコの火を消すと次にスキットルを取り出しひとくち呑んだ。それを横目で一見しながら優也は更にもう一つ疑問を投げかけた。


「どうしてそんなに深くこちら側と関係があるんですか?」

「それは話せば長くなるからまた次の機会にだな」

「変なことを訊きますが神父さんって人間ですよね? あっ、質問ばかりですみません」


 脳裏に浮かんだ疑問を更に口にしてから優也はハッと我に返り頭を下げる。

 だがディンドの表情に迷惑そうな様子は全くない。


「いや気にするな。――そうだ、人間だ。この星の中で唯一、同族での争いが耐えない種族。お前さんらにとって自分の種族は家族みたいなものなんだろ? まぁ例外もいるがな」

「どうなんでしょう。実は僕も元々は人間だったんですよ。なのでまだ良く分かりません」


 するとその言葉にディンドの双眸が興味を帯びた。顔だけを優也へ向け眼光に少しだけ鋭さが増す。


「ほう、それは興味をそそられる話だ」

「詳しいことは分かりませんが、吸血鬼の心臓を使って吸血鬼になりました」


 その言葉を聞いたディンドは、顔を戻しながら少し間を空けた。


「このことはあまり他言しないほうがいいかもしれないな。特に、人間には」

「どうしてですか?」

「そんな気がするんだよ」


 確信がないからか説明はない、そう言う意味なのか? 優也は少し曖昧な言葉に心の中で小首を傾げる。

 すると、教会内へドアの開く音が響き渡り後を追うように響いた足音は真っすぐ最前列へ。それはディンドの横で止まり二人分の視線が同時にその方向を見遣る。


「今日は来ないかと思ってたとこだ」


 そこに立っていたのは、黒いスーツに身を包んだ短髪の三十代ぐらいの男。両手をポケットに入れた男は、スーツの上からでもその体格の良さが分かりその顔は正義感と真面目さに溢れていた。


「来ないわけがないだろう」

「総司令官殿は忙しいそうだからな」

「お前は暇そうだな」


 男は抑揚のない声でそう返すと身廊を挟んだ長椅子に腰掛けた。


「言ってくれるじゃないか榊原。神父も中々にやる事はあるんだぞ」


 だがそれに対し返事はせず男は両手を合わせると静かに目を瞑った。その間、教会内は優也がやってきた時と同じ静寂に包み込まれていた。

 暫くその状態が続くと、ゆっくりと目を開けた男は遅れて手も下げた。

 そんな榊原と呼ばれた男にディンドは「ほらよ」と言いながらスキットルを放る。それを受け取るとそのままひとくち。


「あの頃を思い出す味だ」

「あの時もこうやって一本を分け合ってたな」


 二人には共通の昔話があるのだろう。優也はただ黙って二人の話を邪魔しないように聞いていた。

 すると突然、ディンドは優也へ視線を戻した。


「そういえばさっきの話、あまり他言しない方がいいと言ったが例外が一人ここにいたな」


 ディンドは視線でその相手である榊原を指した。


「この方ですか?」


 一体この人がどこの誰かも分からぬ優也は当然ながら首を傾げる。


「あぁ、コイツは、INC対策機関対策本部総司令官の榊原真人だ。つまり、人間の中で最もそっち側に関わりを持つ組織のトップということだな」

「INCっ!」


 その名前に優也は勢い良く立ち上がると榊原に対して警戒の視線を向けた。


「説明しろディンド。なぜ俺はこんなにも警戒されている?」


 だが榊原とディンドは相反して平然としていた。


「多分コイツが御伽、だからじゃないか」

「――そういうことか。なら勘違いを二つ修正しておこう」


 榊原は冷静な口調でと共に指を二本立てて見せた。


「まずINCとは御伽から人間を守る為の組織ではあるが私個人としては共存を目指している。だから、御伽を見かけたからといって無闇矢鱈と襲い掛かったりはしない。そしてもう一つ。今の私は対策機関の総司令官としてではなくただの榊原真人としてここにいるということだ。―――えーっと?」

「六条……優也です」

「分かってくれたかな六条くん?」


 優也からの返答はなかったが、それを待たずして榊原は長椅子から立ち上がった。


「まぁいい。私はそろそろ戻る。長居すると秘書に怒られるからな」


 榊原はそう言いながらディンドにスキットルを返すと傍に立ったまま警戒している優也の方を向いた。

 そして内ポケットから手帳を取り出し何かをメモするとそれを千切り差し出す。


「どういう事情があるのかは知らないが、何か話があるなら私のオフィスに来るといい。事前に連絡を入れてくれると助かる」


 そう言うとディンドの肩を軽く叩きドアへと歩き出した。


「じゃあな」

「可愛い秘書ちゃんによろしく言っといてくれ」


 榊原は歩きながら手を軽く上げて返し、そのまま教会を後にした。

 一方で貰ったメモ用紙を見つめる優也。


「アイツは信頼できるとだけ言っておく。実際に信頼するかどうかはお前さんの自由だがな」


 そして立ち上がったディンドはそう言葉を残し行ってしまった。残された優也は長椅子に倒れるように座りメモ用紙を眺める。

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