【46滴】襲撃犯
――マーリン宅。大広間。
中央にぽつりと用意されたドアが開くと、そこから姿を現したのはマーリンと玉藻家。玉藻前を先頭に後から女性、子ども達が続々とドアを通り大広間へ。
子ども達は広々とした空間に出るや否や辺りを見回しながら興奮し騒ぎ出した。
「すっげー!」
「家とは違った感じ」
「わーい。お部屋の中で鬼ごっこできるー」
早速、部屋中を走り回り遊びだす。
「ほな、約束通りよろしゅう頼むなぁ」
「お願いねアモ」
「かしこまりました」
アモが返事をすると玉藻前は部屋中に散らばった子ども達を呼び集めた。
「これからしばらくはこの家で待っときぃや。その間、このお兄はんの言うことはよう聞くんやでぇ」
「はーい!」
玉藻前の言葉にほとんどの子どもは元気よく返事をするが、何人かは不安気な表情を浮かべていた。
「玉様。もう家には戻れへんの?」
「ちゃんと帰ってきますよね?」
「本当に大丈夫なの?」
そう心配する子ども達に玉藻前は柔らかな笑みを浮かべながら答える。その優しく温かな笑みは母親のそれだった。
「何も心配せんでええよ。またすぐに元通りになるさかい」
そしてそんな子ども達の頭を優しく撫でる。
「せやけど、みんながええ子にしてへんと帰って来られへんかもなぁ」
「私良い子にして待ってるー!」
「僕もー」
「俺も!」
「うちも」
玉藻前の言葉に不安げだった子も、全員が我先にと元気よく手を挙げ声を上げた。
「ほな、大丈夫やなぁ」
そして次に玉藻前は傍に集まっている女性達の所に向かった。
「アモはんをちゃんと手伝うんやでぇ」
「はい! 玉様」
「任せてください玉様」
「こっちのことは心配せんでくださいね」
やる気に満ちた女性達の頼もしい返事を聞くと玉藻前は再びマーリンとアモの元へ。
「それじゃあ戻るわよ」
「そうやな」
「いってらっしゃいませ」
会釈をするアモと周りで手を振る玉藻家に見送られ、二人はドアを通って行った。
だが小屋に戻るとそこには優也、ノア、百鬼の姿しかなくアゲハとレイは見当たらない。
「レイとあの子がいないわね」
「二人なら外だぞ」
その疑問にソファで寛ぐノアが答えた。
「外で何してるのよ?」
「決着つけてやる! って言って出て行きましたよ」
「はぁー」
優也のその答えにマーリンは片手を顔へやり深い溜息をついた。
「今回はアゲハが仕掛けたんだ。こっちが悪い。すまんな」
「それに乗るあいつも悪いわ」
この後、外で喧嘩をしていたレイとアゲハはマーリンと玉藻前に叱られた。
改めて小屋の中に集まった七人は早速、本題についての話し合いを開始。
「廃工場にいた者が言うんにはあいつらは今、この神家島の隣にある小さな無人島に拠点を置いているらしいでぇ」
「へぇー、この近くに別の島があるんですね」
「そこには行ったことはあるのか?」
「あるで。たしか、誰が建てたか分からへん大きいお城があったなぁ」
「で? どーやって行くんだよ?」
「この島とは橋で繋がってるからそれを渡ればいけるわ」
「それからはどうするつもり?」
「そやなぁ。正面からでもええけど、数が多かったら面倒やろうし」
扇子を片手に玉藻前はどうするかを考え始めた。
「ほな、正面から玉藻家の兵で注意を引き付けて、わらわたちはその間に城内に入るんがええやろうな」
「では、兵は俺様が率いましょう」
百鬼は任せろと言わんばかりに胸を叩いた。
「たのむでぇ百鬼」
「そこにいるのは誰か分かってるの?」
「わらわのとこに同盟の話をしにきたんは、ぬらり家の磯女、大嶽家の海座頭、八咫家の姑獲鳥、大嶽家の隠神刑部の四人や。せやからこの四人とその部下がおるはずやでぇ」
それからも作戦会議は続いた。
「最後に聞くけど城にいる奴らを全滅させたいの? それともその四人だけでいいのかしら?」
「そやなぁ。ほんまは城ごと潰してやりたいけどなぁ、四人だけでもええわぁ。最悪、隠神刑部をこの手でやれたらええ。多分アイツが考えたんやろうしな。それに、取り戻したいもんもあるからな」
「分かったわ。それじゃあ、隠神刑部はあなたに任せるわ」
話し終えるとノア、・マーリン、優也、レイの四人は玉藻家の隠れ家へと招かれた。その前にマーリンは建てた小屋を跡形もなく消し去った。
そして森を抜け見えてきたのは塀と門。門を通ると中には焼け焦げた玉藻家の屋敷が寂しげに建っていた。
「焼ける前に見たかったわ」
屋敷を見つめマーリンは残念そうに言った。
「ここに隠れ家があるのか?」
「せやでぇ。一時的な避難所みたいな場所やけどなぁ」
先頭を歩く玉藻前は庭を進むと池の前で立ち止まった。池は火事の影響を全く受けておらず澄んだ水の中では鯉が心地好さそうに泳いでいる。
そして玉藻前がその池に手を翳すと、まるで池は初めから無かったかのように消え、そこには階段が姿を現した。
玉藻前はその階段を下りていき残りもそれに他も続く。
「ここはもしもの時、みんなを隠れさせるために玉様がお作りになったんだ」
百鬼の説明は少し反響しながら優也らの耳に届いた。
階段を下りていくと壁に挟まれた細い廊下が伸び、先に進むと十字の分かれ道。左右に伸びた廊下にはいくつもの部屋が並んでいる。
「ここを真っ直ぐ行くと食堂。そち達の部屋はこの先や」
真っすぐ伸びた先を扇子で指した玉藻前は次に右手の廊下を差した。
「案内は、アゲハ頼んだでぇ」
その言葉と共に玉藻前はアゲハを見遣る。
「はい」
「よし! 俺様は飯でも食いに行くかな」
そして百鬼は一人真っすぐ進み、四人はアゲハを先頭に右の廊下へと歩き出す。
しかしその際、優也だけは玉藻前に呼び止められ足を止めた。
「優也はん、ちょっと」
手招きに従い玉藻前について行く優也は、アゲハを先頭にした三人とは反対の廊下へと進んだ。突き当たりにある部屋まで行くと前を歩いていた玉藻前が襖を開ける。
中に入ると対面して座布団が置いてあり右側はつい立てで仕切られ見えない。
玉藻前は座布団に横座りし羅宇煙管を取り出し口元へ。
「座ってええよ」
吐き出された煙を追うような言葉に、優也は玉藻前の前に置かれた座布団へ正座で座った。
「もっと気楽にしてええよ」
「座布団なんて久しぶりなんで」
つい、と頭に手をやりながら足を崩し胡坐をかいた。
「でもどうして僕を?」
玉藻前はその質問に煙をゆっくり吐き出してから答えた。
「率直に言うわ。確信はないんやけど、そちから別の気配がしてなぁ。そういう感じがしたことあらへん?」
その言葉に優也の頭へ真っ先に思い浮かんだのは、ノアを救出しようとした時の事。ジェイクとの戦いだった。
「あるようやね」
「最初はただ動けないようにするつもりだったんです。だけど戦っているうちにそんなこと忘れていきました。無意識で戦っているような感覚っていうんですかね。それだけだったらただ集中してるってだけでいいんですけど――いつの間にか楽しんでたんですよね」
「それは戦いを楽しんどったってことやろ?」
「はい。やるかやられるかって状況が楽しくて仕方なかったんです。それと……」
思わず視線を下げる優也。
「それとどないしたん?」
「相手が片腕を蹴り千切った時に悲鳴を上げたんですけど、その悲鳴を聞いて心が躍ったのを感じたんです。その時、少し意識はあったんですけど体は自分で動かしてる気はしてませんでした。他の誰かが動かしているのを見ているような。そして、相手が逃げようとしてノアを狙ったのに気が付いた瞬間からは覚えてません」
玉藻前は煙管を片手に黙って話を聞き続けた。
「我に返った時は、相手の心臓を握りつぶす寸前でした。それから相手を倒そうとすればする程、勝とうと思えば思う程、自分じゃない何かが湧き上がってくるのを感じる時があります。もしかしたら覚えてないだけで何度か同じようになってたのかも……」
話を聞いた玉藻前は煙管の灰を煙草盆に落とした。
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