【28滴】Who are you?

 優也は追っ手から身を隠しながら案内に従い廊下を進んでいた。

 すると突如、何の前触れも無く通信機から聞こえていたオクティスの道案内が途絶える。


「あれっ? オクティスさん?」


 何度も名前を呼び掛けるがそれはオクティス側も同じだった。


「あれ? もしもーし? 吸血鬼のおにーさん?」

「オクティス。あなたもですか……。こちらも通信が途絶えました」

「おい。まずいぞ! サーバーを奪い返されそうだ」


 その鬼気迫る言葉に二人の視線はオルティクへ向けられる。


「今サーバーから追い出されるのはまずいね。とりあえず、なんとか抵抗しつつ通信妨害の原因を探るしかなさそうだね」

「今は何とかなってるが相手は数人がかりだ。このままだともって五分だぞ」


 必死に手を動かすオルティクは声からも焦っているのが伝わった。


「オクティス、いけますか?」

「おーけー。何とか取られないようにするよ。そっちはよろしくー」

「分かりました。妨害の原因は私とオルティクに任せてください」

「――よっし! それじゃあやりますかぁ」


 オクティスは一度伸びをした後にヘッドホンで耳を塞いだ。それが彼の集中モードなのだろう。

 そしてキーボードに手を置いたオクティスの目つきはガラリと変わった。


          * * * * *


 一方、そんなことが起きているとは露知らず優也は途方に暮れていた。

 すると、そんな彼を導くように近くの部屋のドアが独りでに開く。


「こっちに進めって事なのかな?」


 首を傾げながらも今はどうすることも出来ない優也は、恐々と部屋へ足を踏み入れる。照明が点いておらず真っ暗だった中へ入りきると、それを待っていたと言わんばかりに後ろのドアは閉じた。その音に一瞬後ろを振り向くが、前へ顔を戻すと警戒しつつ更に奥へ足を進める。

 すると、歩いている途中で背後から視線のようなものを感じた。それに反応するように後ろを振り向いた直後、優也は本能に従いすぐさまその場を離れた。

 その判断は正しく優也が離れたのと入れ違い何者かがその場所へ。そして床が砕ける音だけが鳴り響く。


「暗闇でも見えてるってーのは本当らしいな」


 音の後、声が聞こえてきたと思えば天井の照明が目を覚まし始めた。

 そこにあったのは何も無く少し広い程度の部屋。

 同じく照明に照らされ姿を現したのは、迷彩ズボンに黒いタンクトップの日焼けしたモヒカンの大男だった。筋肉の所為なのかタンクトップがはち切れんばかりに張っており、両腕は異常なほど太い。


「誰ですか?」

「俺様は軍事局第八部隊のジェイクだ。残念だったな、俺様がメンテナンスでここへ来てたばっかりにてめーの作戦も終りだぜ」


 ジェイクの言葉を聞きながら優也は後ろにあるもう一つのドアをチラッと確認する。

 だがその視線の移動を正面のジェイクが気が付かないはずがなかった。


「おぉーっと、逃げようたってムダだぜドアは既にロックしたからなぁ」


 見透かしたような言葉の後にジェイクは豪快に笑う。その間、優也は通信機に耳を傾けるが相変わらずだんまりだった。


「やるしかないのか……」


 結局この場から逃げる方法も思いつかず、小声でそう諦めるように呟いた。


「物分りがいいじゃないか」

「その前に彼女を隅の方に寝かしていいですか?」

「いいぜ。どうせ結果は同じだからな」


 相手の了承を得ると隅の方まで行き、ノアを座らせて頭を横の壁にそっと凭れさせる。その後にジャケットを脱ぐと優しくかけてあげた。

 そして、それからジェイクの元へ戻りながら慣れぬ戦闘に備えネクタイを少し緩めボタンを一つ開けゆっくりと深呼吸をする優也。


「せいぜい俺様を楽しませろよ」

「努力はします」


 その言葉がジェイクの耳へ届ききるのと同時に、優也はほぼ一歩で跳ぶように眼前まで移動した。ジェイクからすれば優也の姿が消え、気が付けば目の前に現れたという感覚だろう。瞬時に移動した優也はまだ着地はしておらず、だがジェイクの顔の高さに太腿があった。

 そしてそのまま着地する前に蹴り飛ばそうとするが、それは彼の太い腕に防がれてしまう。一見してみればそれは普通の攻防に見えたが、優也はそれに対し、一驚に喫していた。何故ならまだまだといっても吸血鬼である彼の蹴りを人間がいとも簡単に止めたのだから。普通ならその一撃で終わってもおかしくなく、防げたとしても骨の一本ぐらいは折れるはず。だがジェイクは人間の蹴りを止めるか如くそれを防いだ。

 一方、ジェイクは優也の驚く様子などお構いなしに防いだ足とは別の足を掴んでは軽々と投げ飛ばす。

 しかし地面に着く前に態勢を立て直した優也は綺麗な着地を決めた。


「さすが吸血鬼ってとこか。人間ならその脚、握りつぶされてるぜ」

「その腕、生身じゃないですよね?」


 その言葉に待っていたと言わんばかりに得意気な表情を浮かべるとジェイクは前に出した両腕に双眸を向け何度か裏返す。


「たしかに俺様の腕は義手だ。なんとかっつー物質を使って作ったらしい。そう簡単には傷ひとつつけられねーぜ。神経まで繋げることで反応も申し分ないっつー代物だ」

「どうりで硬いんですね」


 彼の説明に先程の虚を突かれたような感覚に納得する優也。


「こちとらお前ら化物と戦うのが仕事なんでな。そこら辺のやつと一緒にしちゃーいけねーぜっ!」


 自信たっぷりといった声で腕を自慢気に見せるジェイク。

 だが優也は視線だけをジェイクに向け意識は自分の中に向けていた。


「(でも何でだろうあの義手はそこまで脅威には感じないかも)」

「そんじゃそろそろ、てめーでコイツの実践的な調節でもするとするかっ!」


 ラウンド二は走り出したジェイクの勢いと体重を乗せた重い一撃から始まった。

 そしてそこからしばらくはアクション映画さながらの肉弾戦が繰り広げられていく。一日と数時間、レイと戦闘訓練をしていたとは言え、その時間はほんの僅かであり経験値的に言っても優也はまだまだ。それも要因となり全体的にジェイクが少し押していた。

 そして一度大きく間合いが開いた場面がありその時戦いは一旦落ち着くかと思われたが、ジェイクは間を置かず一気に再接近。

 だがこれに対し優也は特に動こうともせずただ向かってくるジェイクを見ているだけだった。そんな止まったままの優也の顔面へ拳を握った右義手が狙いを定めるが、鼻先に触れそうなところで顔は逃げるように左へ傾き躱した。

 その直後反射のような速さで掌底打ちを下から顎へ。手根部が顎を突き上げジェイクは天を仰いだ。が、すぐに視線を戻し左義手で空いた脇腹を狙う。最初の太い右義手が顔横にまだあった所為で右側は死角になっており、脇腹への攻撃が目では捉えられなかった。しかし現状と左義手の動き出しだけで瞬間に一手先を読んでいた優也は、その後の動きを見ずとも拳を脇腹に到達する前に受け止めて見せた。当たると確信していたのか不発に終わった攻撃にジェイクが苛立ちで顔を歪めながら舌打ちをしているその一瞬の隙を突き優也は背後へ。

 そして膝裏を蹴りジェイクに片膝を突かせると胸辺りにきた頭にヘッドロックを仕掛けた。


「(このまま落とせればこの人の怪我も最小限で済むはず……)」


 それが甘えだと言うことは彼自身重々承知していたが、それでも出来れば可能な限り相手を傷つけず勝ちたいと考えていた優也の腕にはより一層力が入っていた。

 だがそんな考えなど知る由もないジェイクのその表情は首が絞められていくにつれ段々と苦しくなっていく。しかし意識が飛ぶ前に、力を振り絞るように無理やり立ち上がった。

 そして足が地面から浮いた優也を前宙し、力ずくで地面に叩きつけた。その予想外の反撃に拘束を解きながら逃げることを忘れてしまい背中に走った激痛に耐えるだけの優也。

 一方、ジェイクはその衝撃で緩んだ腕からすぐさま脱出。優也は激痛に耐えながらも頭上側へ転がり次へ備えながら立ち上がる。この時、優也は心做しか集中しているとは違った無意識で動いているような感覚を感じていた。それと関係があるのかその双眸は戦闘始めより青さを帯びていた。

 だがそんなことを考えている暇はないとすぐに眼前の敵へ集中を戻し、ジェイクとの間合いを詰める。そこからはラウンド三と言わんばかりに激戦が繰り広げられた。

 だが戦いこそ激しかったもののそこに始めほどの実力差はない。むしろ戦いが進むにつれ徐々にゆうやが押され始めていた。しかしながらかと思えばその戦闘は不意に終わりを告げてしまう。

 壁まで一気に飛ばされたジェイクは見ているだけでその衝撃が分かるほどの勢いで激突し、背中で這うように地面まで滑り落ちるとそのまま座り込む。そして恐らく痛みで瞑ったであろう目を開ける頃にはもう既にそこにはゆうやが立っていた。

 だが優也は何もせず無表情で見下ろしているだけ。

 そんな冷たい視線で見下ろす顔にジェイクは広げた両義手を向けた。

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