【27滴】暗闇に乗じて
黒山に連れられ優也はとある部屋の電子ドア前に立っていた。
「こちらです」
そして黒山がポケットから取り出したIDカードでロックを解除するとドアは自動で二人を迎え入れた。向こう側に広がっていたのはカメラやマジックミラーなどで厳重に監視された部屋。
そんな部屋へ足を一歩踏み入れた優也の目に映ったのは、壁と鎖で繋がれた手錠を両手に付けられ力無く俯くノアの姿だった。
「ノア!」
その姿に優也は思わず叫びながら駆け寄った。
だが俯きっぱなしのノアから返事が無いどころかピクリと動きすらしない。そんな状況の中、唯一安心したのは体のどこにも傷のようなものが見当たらない事だけだった。
「すぐに助けるから」
聞こえているかどうかは分からなかったが、優也は彼女の耳元で小さく呟かずにはいられなかった。
「少々暴れられたので仕方なく血を多めに抜かせていただきました。なんせ、我々人間では吸血鬼に敵いませんからね」
黒山はそう説明すると、後ろの方で部屋の監視体制の説明を始めた。
一方、マーリンらは優也の声で彼がノアに接触出来た事を確認していた。
「準備はいい? 少年」
「はい。いつでも」
気付かれぬよう小声で返事をすると、後方の黒山にバレないように手錠と壁を繋ぐ鎖を軽く握った。
「それでは……Let's go!」
掛け声と共にアディンがエンターキーを押すと、研究局内はあっという間に停電し暗闇へと呑み込まれた。
一方優也は辺りが真っ暗になった瞬間、鎖を握り千切ると瞬時にノアを抱えて部屋を飛び出していた。施設内が暗闇に包まれたのは僅か数十秒。すぐに予備電源へと切り替わった。
そして明かりが点いた部屋で黒山は千切られた鎖を目にするが、意外にも落ち着き払っていた。
「すぐに警報をならしなさい」
マジックミラーを見ながら向こう側にいた部下にそう指示を出した。
「――局長! 警報が鳴りません! 何者かがサーバーに侵入しているようです」
だが少ししてから指示を受けた部下の声がスピーカー越しに異常を報告した。
「では全職員に局内を隈なく探すよう伝えてください。それと、普通の銃ではなく睡眠銃を使うようにとも」
「分かりました」
「そして、あなた達は至急モノレールに向かって見張りなさい。誰一人使わせてはいけませんよ」
最後に黒山は室内にいた部下二人へそう指示した。
「はっ!」
その指示を受けた部下は敬礼をしてから部屋を後にした。
「面白くなってきましたね」
そして一人部屋に残された黒山は、こんな状況だというのにも関わらずまるでゲームでもしているように笑みを浮かべていた。
* * * * *
停電により明かりが一瞬消えたことでレイを見失った清明は舌打ちをし、その場を去った。
一方、間一髪のところで逃げられたレイは近くの部屋に隠れていた。
「ふぅー。あっぶねー。こんなところでおっぱじめるわけにもいかないからな」
そう言いながら帽子を脱ぐ。
「もうこの服ももうダメだな」
そんな事を呟くと、何かないかと周りを見回し始めるレイ。彼の双眸には運が味方した証でもある幾つものロッカーが並んでいた。たまたま逃げ入ったのは更衣室だったらしい。
レイが適当にロッカーを開け中を覗いてみると、そこには白衣とニット帽が提げられていた。
「ラッキー」
思わず零れる笑み。
部屋を出たレイの姿はスーツから一転しニット帽と白衣に変わっていた。
それから廊下を歩いていると前の角から飛び出してきた数人の白衣姿の男達がレイの方へ真っすぐと走って向かってきた。その光景に一瞬だけ身構えたが、先頭の男以外は横を通り過ぎ走り去って行く。
一方、レイの前で唯一立ち止まった男は少し息を切らしながら彼へこう話しかけてきた。
「おい! 放送聞いただろ? 黒山局長からこの局内にいる二匹の吸血鬼を見つけろって命令だぞ」
「あぁ。その所為か。さっき黒山局長に摂取した血を厳重な所に移動させろって言われたんだ」
「そうだったのか。じゃあ、早く行ったほうがいいな。気を付けろよ」
適当な嘘をつくが男は疑う素振りも見せず先に行った男達を追いかけようとした。だがそれをレイが呼び止めた。
「待ってくれ。場所が分からないんだが教えてくれないか?」
「何だお前。担当チームじゃないのか?」
「あぁ。こんな状況だ。誰でもいいから早めに移動させたかったんだろう。黒山局長も急いでたのか頼んだらすぐに行っちまったんだ」
「そうか。たしかアレは第三実験室だ」
「第三実験室か。悪いな」
「じゃあ、俺は捜索を続けるから。お前も運び終えたら加わってくれ」
「分かった」
話を終えると男は今度こそ先に行った集団を追った。
「場所は特定できたぞ」
「さすがね。早速向ってちょうだい」
「第三実験室までの道案内頼む」
「私がしましょう」
アディンはモニターに映し出された研究局のマップとレイの位置を表す赤点を見ながら案内を始める。急ぎその第三実験室へと向かっていたレイは途中、捜索をしている研究員とぶつかるがすぐに目的の場所へと辿り着いた。
ドアを開け中に入ると、室内には色々な薬品や実験道具・資料などが仕舞われた沢山の戸棚がずらり。
「流石に誰も居ないみたいだな」
そんな無人の部屋でレイは早速目的の物を探し回る。
すると一つだけロックの掛けられた戸棚を見つけた。中を覗いてみるとそこには八つの血液パックがしっかりとした温度管理のもと仕舞われている。
「あった。あった」
「ロックは?」
「あるな」
アディンはロックを解除しようとするが、それは技術以前の問題だった。
「すみません。そのロックは独立してサーバーで管理されていないのでこちらからの解除は無理です」
「困ったわね」
「もう解除したから大丈夫だ」
新たな問題の解決に頭を悩ませようとしたマーリンだったが、彼女を他所にしてレイは得意気に報告した。
「あんたどうやったのよ?」
「さっきキーを拝借しといたんだよ」
「いつの間に」
この部屋へ来る途中、捜索をしていた研究員を見かけたレイはすれ違いざまにわざとぶつかりIDカードを盗み取っていたのだ。そのIDカードでロックを解除し、近くに置いてあったクーラーバックに血液パックを詰めていく。
「よし。あとは?」
「あとは、モノレール前で少年と合流して外に出るだけよ。アモが向かえに行ってるから車に乗って帰ってきて」
「楽勝だな」
「最後まで気は抜かないでちょうだい」
「へいへい。それじゃ、モノレールまで案内頼むわ」
「分かりました」
そして部屋を出たレイはアディンの案内でモノレールへ急いだ。
* * * * *
停電の暗闇に紛れた優也はノアを抱え彼女が拘束されていた部屋を飛び出した。吸血鬼の目を通して見れば暗闇もまるで昼間のように視界良好。脱出後はその部屋から遠ざかるため廊下を只管に走る。
「どこに向かえばいいんですか?」
「まずは……」
だが通信機からのオクティスの声を、角から三人の研究員が飛び出してきた所為で優也は聞く余裕が無かった。
「いたぞ!」
優也とノアの姿に研究員達はすぐさま睡眠銃を構えると一斉に乱射。
だが正面から飛んでくる睡眠弾を、ノアを抱えたまま右の壁に跳んで躱した。それからそのまま壁をひと蹴りして真ん中に立っていた研究員の眼前まで跳んだ。そして着地する前に自分を見上げる顔を右足でひと蹴り。
その光景に残りの二人は少し怖気づいた様子だった。しかしそんなことは気にせず着地後、優也は左の研究員へ体を向け鳩尾に足を突き出す。それはあまりの衝撃に持っていた銃を地面に落としてしまうほど。研究員は声にならない声を上げ鳩尾を両手で押さえながら膝から崩れ落ちた。
これで残るは最後の一人。彼は一瞬にして仲間がやられたからか呆気に取られている様子だったが、ハッと我に返ると優也の後頭部に銃を突きつける。
「う、動くなっ!」
だがその若干震える声に塞がっている両手を上げることはなく、優也は振り向かずに右足の踵で銃を持つ手を蹴り上げた。背後を取ったのにも関わらず気が付けば手中にあった銃が宙に舞う。それを研究員の目は追っていた。そんな彼を地面に戻ってきた右足を軸に反時計回りで回転しながら蹴り飛ばす優也。研究員は背中から壁へち激突し、その衝撃でそのまま気を失った。
「すみません。聞いてませんでした」
「えーっと、もう一回言うよ? 案内するからモノレールに向かって」
「分かりました」
そして優也はオクティスの案内でエレベーターに向かって走り出した。
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