【26滴】グラニス
マーリンは見取り図のある部屋を指差した。
「レイには少年と別れた後、ここに向かってもらうわ」
「ここは?」
「この場所は、この施設全体のセキュリティを担っているサーバーがある部屋よ」
「ハッキングでもしろってか? 悪いが俺にはそんな技術は無いぞ」
「大丈夫。ハッキングするのはあなたじゃないわ」
「それは僕たちの仕事だよ」
突然ドアの方から少し高い声が割り込んできた。
その声に全ての視線が同時に開いたドアへと向けられる。そこにはそれぞれ色違いのネクタイを締めた黒スーツにYシャツ姿の男が三人立っていた。
三人の男はその視線を浴びながら優也達の方に足を進めた。
「遅れて申し訳ありません」
マーリンへ一歩近づいた男はハット帽を取り頭を軽く下げると落ち着き払った声で遅刻を詫びた。
「大丈夫。丁度、作戦を話してたところよ」
そしてマーリンはレイと優也の方を向くと彼らの紹介を始めた。
「紹介するわ。こちらアディンさんよ」
「どうもはじめまして」
ハット帽を頭に戻した後に丁寧なお辞儀をしたのは、サングラスを掛けた紳士そうな男。高身長のスラッとした体形で着こなしていたただの黒スーツでさえおしゃれに見えた。
「そしてこっちがオクティスさん」
「どうもー」
あまり長くないポニーテールにヘッドホンを首から提げた陽気そうな男は、高めの声でそう言いながら笑顔を浮かべ手を振った。そんな二人の間に立つ彼は両側の男たちより小柄だった。
「最後にオルティクさんよ」
「よろしく」
その低い声と口の下に顎鬚を生やした体格のいい男は、腕組みをしながら少しだけ手を挙げて見せる。スーツの上からでも強靭な肉体が分かるほどの体格の所為かどこか威圧感さえ感じられた。
「彼らグラニスには技術的支援を依頼したの」
だがマーリンの紹介の後、レイは鋭い視線を彼らに向けた。
「あんたら人間か?」
「さぁ、どうでしょう」
「俺らが人間かどうかは今回の仕事には関係無いんじゃないか?」
「これから人間を守るための施設に侵入するんだ信頼に欠けるだろ」
「それはアタシを信頼してないってこと?」
レイは納得いかぬ様子だったが、その一言にこれ以上の問い詰める事をしなかったはマーリンへの信頼があったからだろう。
「マリねぇがそう言うなら――分かった」
「安心していいよ狼のおにーさん。報酬には仕事で応えるからさ。僕らもプロだからね」
「さてそろそろ話を戻すわよ」
「その前に、はいコレ」
マーリンの言葉が続く前にオクティスからレイと優也へ渡されたのは小さな通信機だった。二人はそれを受け取ると指示された通り耳に入れる。
「君らの位置を教えてくれる役割もあるから出来ればずっと持っておいて」
「通信もそれでやるからね。それじゃあ話を戻すわよ。レイはサーバールームに着いたらまず、ドアのロックを解除する必要があるわ」
「それにはコレを使ってください」
アディンがレイに投げて渡したのは、掌サイズのモニターとそこから延びたコードの先にカードキーが付いた機械。
* * * * *
通信機からの道案内を聞きながらサーバールームへと辿り着いたレイはポケットからあの機械を取り出した。
『そのカードキーを繋げば後はこちらで解除いたします』
言われた通りカードキーを差し込むと数秒してロックが解除された。
「よし」
『部屋の中には数人の警備と技術者がいるわ。その人達には、少し眠ってもらって。もちろん、静かによ』
ドアが左右に開くと早速、中へ足を踏み入れるレイ。
するとサーバールームへ入ってきたスーツ姿のレイへ奥の大きなモニター付近にいる警備と技術者の視線が集まった。
「誰だ? 軍事局の人間か? だがサーバールームへの立ち入りは禁止されているはずだが?」
警備の男は訝しげにレイを見つめていた。
「実は上からあることを頼まれましてねー」
レイは歩み寄りながら目を動かし人数を確認した。
「(中央に一人、左に二人か)」
「ならまずは黒山局長を通していただきたい」
「それは申し訳ない。ですが……」
ある程度の距離まで足を進めるとレイは中央に立っている警備の男へ一気に接近し、握った拳で腹部を力強く殴打。男は声すら出せずその場に倒れ込んだ。
「その必要はないな」
それを見た左の技術者二人が大声をあげる前に、レイは瞬時に背後へと回り込み各腕をそれぞれの首へと回した。腕に力が込められるにつれ、十分な酸素が摂取出来なくなり二人は藻掻き苦しみながら意識を失った。
そしてあっという間に三人を床に寝転がすと、起きる前に一箇所へ集め室内にあったガムテープで口を塞ぎ適当な物で体を縛った。
「これでよしっと。さて、取り掛かるか」
サーバールームを制圧するとレイは中央モニターの前へと向かった。
「制圧かんりょー」
そして貰った通信機で制圧完了を伝える。
「おっけー。それじゃあ、僕の合図で渡しておいたスマホを繋いで」
「分かった」
* * * * *
屋敷の一室に置かれた巨大なモニターとその前に並べられたPC。それぞれの前にはオルティク、オクティス、アディンが順に腰掛けている。その後ろに立っていたマーリンは三人同様にハンズフリーイヤホンを付けていた。
そしてレイからの通信を受けたオクティスは座りながら大きく伸びひとつ。
「制限時間は三十秒。その間に僕らのうち誰か一人でも侵入できれば成功って感じかな」
「分かりました」
「三人いりゃー誰かいけるだろ」
「さぁーて、お仕事開始といきますか。アモのおにーさんタイマーよろしくぅ」
「かしこまりました」
アモはポケットから懐中時計を取り出した。
「三の合図でいくよ」
「了解」
「三、二、一」
レイがスマホを繋ぐのと同時に三人は途轍もない勢いでキーボードを叩き始める。制限時間の三十秒間はアモの声と三人分のキーボード音だけが鳴り響いていた。
「……十秒……二十秒....五、四、三、二、一」
「入った」
ギリギリのところでオクティスの声がカウントダウンを遮る。
「これで今のところ研究局はこっちのモノね」
「それでは優也さんの準備が出来るのを待ちますか」
「レイはあの子の血を回収に向かって」
「場所は?」
「残念ながら分かってないわ。こっちでもデータを調べて探ってみるけどそっちでも探してちょうだい」
「了解」
「データを探るのは俺がやろう」
オルティクはそう言いながらも早速取りかかっていた。一方、レイも場所を探すため帽子を深く被り直しサーバールームを後にする。
どうやって血の場所を探ろうか考えながら廊下を歩いていると、レイは目の前から歩いてきた清明とすれ違った。だが横を通り過ぎたはずの清明はレイを背にして立ち止まると半身だけ振り返る。
「おい。そこのお前。ちょっと待て」
呼び止められレイも鏡映しのように振り返った。
「何でしょうか?」
「お前、におうな」
清明は鋭い視線を向けながらも残り半分を振り返らせレイと向き合う。
一方レイは自分に向けられた刺すように鋭い双眸を目にし、一瞬にして清明が手練れであることを確信した。
「どういう意味でしょうか?」
レイは動揺を悟られないように心掛けつつ頭の中では様々な選択肢を生み出しては消していた。
「その帽子を取って顔をよく見せろ」
しかし帽子はウェアウルフであるとすぐにバレてしまうため脱げない。
「どうした? 早くしろ」
躊躇しているレイに清明は一歩一歩、確実に歩みを進め寄る。
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