夕方5時の騒音
HaやCa
第1話
3月を明日に、今日は終わる。2月ももう終わってしまったのかあ、というのが私の正直な感想だ。この期間自分が一体なにをしてきたのかさえ思い出せない。
それくらいにこの2か月は忙しくて、とても充実していた。定期試験では何度かトップになったし、恋もそれなりに楽しんだ。その分つらいこともあったけど、全部忘れてしまうぐらいにははっちゃけていた。
「夕焼け小焼けの赤とんぼ」
道なりに歩いていると、どこからか音楽が流れてくる。そういえばそうか。わたしはひとり首を空に向ける。この町では、夕方の5時になるとこの音楽が町のなかに充溢するのだ。いつしか忘れていた音楽に、わたしはやすらぎを感じていた。
「にゃ~」
「猫ちゃんだ! かわいい」
ツンツン、足元をつつく小動物に気が付いて、わたしのテンションは急激に上昇する。彼女が逃げないようにゆっくりしゃがんで、わたしは視線を更に下に向けた。できるだけ彼女と同じ目線で話をしたかった。
気持ちを察してくれたのか、足元の彼女が縁石の上に乗ってわたしを見てくれた。
「にゃ~」
「でも触っちゃいけないんだっけ」
伸ばしかけた手が急に失速してしまう。昨日のニュースで報道されていた事柄を思い出した。不用意に触ってはいけない、そんなことを言っていたと思う。
可愛いけど、触れられない。なんだかそれが悔しくてたまらなかった。
その気持ちを抱えながらも、渋々わたしは腰を上げる。急用ができたのだ。
「早く帰ってきてください、おつかいを頼みます。母は読書でもしてゆっくりしてますから」
ちょうど携帯に入った母からのメールをぶつくさと読み上げる。母はいつも穏やかだけど、たまに人使いが荒くなるときがある。それがたまたま今日だった。のんきな文章がよけいに癇に障る。今回は運が悪いと思い込むことにした。でも結局割り切れなかったのは何故だろう。
「なんだか今日はついてない。ふぅ……。あのク〇バ〇ア!」
周囲にだれもいないことを視認して思いっきり叫ぶ。そうしてまた項垂れた。
「こんなに綺麗だったけ? うちの町」
首を上げた途端に視界を染めた茜。うっすら雲がたなびいて、着実に夜の町へと塗り替えていくのが見えた。そんな光景を目の当たりにして感嘆の声がでる、あまりの美しさに見とれていると、ふっとわたしの笑い声も後に続いている。なんだか肩の力が抜けた。
最近は頑張りすぎていたのかもしれない。前に進まないと置いて行かれる、誰かに追い抜かれるのは嫌だなんて思って。もっと小さいころは純粋に楽しんでいたのに、
わたしは別人じゃないのに、いつから人と比べるようになったのだろう。いつの間にか刷り込まれていた。誰かが悪いと責めるわけじゃない。自然にそうなっていたから。
ただ今は、納得できる理由がほしくなった。
突然だけど、私には彼氏がいる。
彼の温厚な人柄が好きだったから、わたしは入学直後に告白したのだった。あれから月日が経ち、わたしたち二人の関係には亀裂が入っていた。彼もその正体を知っている。
言葉に出すのが怖い、でもわたしはいつか言葉にしようと思っている。
わたしが思い描いている未来に彼はいないから。
高二になったら、彼とは違った人に会いたい。それが誰だかわからないし、もしかしたらいないかもしれない。道の選び方によって変わってくるから、今はなんとも言えない。
それだからこそ、わたしがさよならをするのは意味のあることだと思う。今日彼に電話するのは気が滅入るからと言って、代わりに彼女にあいさつをしようと思うのは失礼だし傲慢だ。
帰り道のあいさつくらいは気持ちのいいほうが良い。ぽけーっとする子猫にわたしは微笑む。
「ばいばい猫ちゃん。また会おうね」
子猫は私をどう思ったのか憮然とした表情をした後逃げ出してしまった。
「わたし何か悪いことしたかな……」
追記。帰りに思い出しました。急に罵詈雑言を叫んでごめんなさい。
「夕焼け小焼けの赤とんぼ」
今日もまた音楽が流れている。沈んでいく日常をそっと吹き消すように、わたしはその続きを口ずさんだ。
夕方5時の騒音 HaやCa @aiueoaiueo0098
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます