転生者の天下取り!~一橋家が天下を狙います~
筑前助広
本編
夜。
江戸城、一橋門内の屋敷である。
「全くもって、嫌になるぜ」
嫌とは言ったが、実は大して嫌ではない。むしろ、快適と言ってもいい。
何の事かというと、所謂セカンドライフ、まぁ文字通り第二の人生という奴だ。
俺こと
俺は歩きスマホが原因で、蓋が開いたマンホールの奥底に落下。打ちどころが悪く、死んじまった。
と、思ったが、目が覚めると時代劇や大河ドラマで見たような世界に迷い込んでしまったのだ。
当初は驚いたが、注意深く状況を観察すると、俺は一橋隼人正という名前で、
父親らしい一橋宗尹という男は既に死んでいて、当主は
歴史について俺は詳しくないが、一橋という一族はそこそこ偉いらしい。徳川のなんとかというグループで、兄貴へ挨拶に現れていたどこぞのお殿様が、俺にも頭を下げていった。
俺は、異世界転生をしたのだ。いや、異世界というか、逆行転生になるのか。
快適だった。
(しかしな……)
それでも、全てを受け入れたわけではない。どうしても、胸を過る家族の顔。望郷の念に駆られて、最初の十日は夜な夜な泣き通しだった。
(死んだのだから、生まれ変わったと思って頑張るしかない)
そう割り切れたら、どんなに楽な事か。優しそうな近習に
それでも俺は諦められず、俺は何かを知ってそうな学者を探した。そうして出会ったのが、
「この男ならもしや!」
と、俺は早速、近習の
結論から言えば、笑われた。しかも盛大にだ。
「私も風来山人と称して
俺は憤然として、その場を立ち去った。
笑われたのは仕方ない。もし
俺は田原を呼びつけて、平賀に仕返しをするように命じたのが今日の話だ。
すると、田原は平賀が某大名の屋敷の修理を請け負っているので、その修理計画書を盗み出そうと提案した。地味な嫌がらせではあるが、そのぐらいがちょうどいいと判断し、俺は許可を出した。あいつの困る顔が見たいものだ。
「平賀の顔をお忍びで見に行くかね」
◆◇◆◇◆◇◆◇
翌日、俺は兄の治済の私室へ呼び出された。
治済は、色白で垂れ目の不細工な男だった。だが、明るく気前も良いので、家臣にも好かれているらしい。
居室で向かい合うと、早速昨日の件を突っ込まれた。
「昨日、平賀を呼び出したらしいな」
「ええ、兄上」
「しかも、令和と称する未来に戻りたいと、素っ頓狂な事も訊いたとか」
「いや、それは」
俺はしどろもどろなりながら口ごもっていると、治済の不細工な顔に笑みが浮かんだ。
「ここだけの話だが、私はその方法を知っているぞ」
「え?」
「お前には初めて言うが、この一橋家は初代である父より代々転生者なのだ」
思わぬ告白に、俺は返す言葉が見付からずにいた。
「そして、令和に戻る方法が口伝で受け継がれている」
「……それは」
「一橋が徳川宗家を倒し、天下を獲る事」
「そんな、なんで」
「と、初代が聞いたらしい。死んだ時に女神様が現れて、歴史を変えろと」
「俺の時には、女神様は現れませんでしたよ」
「私の時もだ。故に信憑性という点では微妙なものがある」
わからない。全くわからない。徳川宗家を倒し天下を獲った所で、どうして未来に戻れるのか。どんな理屈でそうなるのか。
「ま、混乱するのも致し方ない。が、我々としては、その口伝に賭けるしかないのだ。それ以外、頼るものはないのだからな」
俺は頷いた。その気持ちだけは理解できる。
「そこで、お前には養子に入ってもらう。そのリストは用意しているので目を通してみろ」
治済が、懐から書き付けを取り出して差し出した。
リストという言葉に、俺は治済の話が本当なのだと思った。
俺は差し出されたリストに目をやった。
「この星はなんでしょうか?」
「難易度だ。多いほど、藩内に問題がある」
なら、怡土の原田家か。俺が原田の「は」を言い掛けた時、治済が
「なお、難易度が高い程、一橋家の天下が近くもなる」
「え?」
「なら、斯摩の渋川家一択だ」
と、治済は親指を立てた。GOOD!じゃねぇよ。
「渋川家はいいぞ。俺の故郷の九州だし、あの博多を抑えている」
「博多? 福岡県?」
博多と言えば、ラーメンのイメージしかない。あと、可愛いねぇちゃん。
「九州の筑前だ。博多は元々、黒田家の領地であったが、黒田忠之が家臣の讒言で改易の憂き目に遭い、今は天領となっている。だが、江戸から博多を治めるのは難しい。故に、その面倒を〔
「なるほど。兄上は俺に斯摩藩主となって、博多を抑えて欲しいわけですね」
「ああ。何にしても金は要る。あと、渋川家は名門だ」
治済の話では、渋川家は足利氏の一門で、中でも九州探題を歴任した満直流というものらしい。天文年間に大内氏によって滅ぼされたが、
「行ってくれるか、隼人正。勿論、拒否権は無いがな」
選択肢は無いのだ。俺は頷いた。一橋の為ではない。未来に戻る為に。俺の為に。
「あ、でも兄上。一つだけ質問が」
「何だ?」
「難易度が高い理由は?」
「聞かん方がいいと思うが教えよう。斯摩藩は二代藩主以降暗君が続き、藩政は麻の如く乱れている。慢性的な財政難。だが藩主家は浪費を続け、執政府は門閥が不毛な政争を繰り返し、役人は賄賂を取る事しか考えない。誰一人として、民百姓を顧みる者はいないのだ」
「つまり、クズばかりって事ですね?」
「YES!」
YES!じゃねぇよ! と、内心で突っ込みながらも、俺は覚悟を決めた。
「クズ共を始末して、藩政を掌握せよ。それが第一のミッションだ」
「おう、やってやるぜ!」
俺は思わず立ち上がると、拳を突き上げていた。
斯摩藩を強くする。そして、この日本を一橋で染め上げてやる!
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