第2話 男は顔で選びますが、何か?

金本から相席バーへの誘いを受けたのが週の初め、そして今は週末の金曜日。

しおり、金本、そして明らかに巻き込まれた形の友美の三人は、繁華街のど真ん中に建つ、クラブやバーのひしめき合うビルの前に集合していた。

時刻は夜の9時。

溢れ返った人、人、人。

給料日直後の週末とあって、歩道に乗り切らない人々が車道にはみ出し、クラクションを鳴らされながらも楽しそうにそぞろ歩いている。

過去に3回ほど行ったことがあるという金本いわく、

「男性は普通の居酒屋で酒を飲んだ後に、酔ったノリで来てみた風を装うパターンが多い。つまりは二次会になだれ込むあたりの時間が狙い目。」

とのことで、1軒目のイタリアンで金本からレクチャーを受けた後に、相席バー『EN.』に立ち寄ることになったのだった。

しかしながら、金本の話を聞くにつれ、男性経験ほぼ皆無の友美はもちろんのこと、婚活に勤しんでいるしおりですら、少々胡散臭いものを感じていた。

いわく、

『1.女性のドリンクはアルコール含め時間無制限で無料、時間によっては食事までも無料で提供される。(食事が有料の時間帯でも男性と相席中は男性が料金をかぶる)』

「え、じゃあ飲むだけなら何時間いても無料ってことですか?」

「ええ、もちろん。フードもサービスタイムは無料だけど、ちゃんとしたシェフが作ってるらしいし、ステーキとか食べられちゃうのよ。未成年は来店お断りだけど、20歳以上の女子大生とかは食事目当てに来たり、終電逃したら始発まで時間つぶしがてら居続ける女の子も多いって聞いたことあるわ。」

「えーなんかあやしい。」

思わずしおりが声を上げると、友美もすかさず、

「それお店的に大丈夫なんですか? 採算取れます?」

と金本が店側の人間であるかのように質問を重ねる。

「それがね、大丈夫らしいのよ。」

『2.男性は相席1組ごとに基本料金としての場所代に加え、10分毎の飲み放題料金がかかるが、キャバクラやクラブではない為、女性もお客としてふるまうことはもちろんのこと、男性女性ともに相席相手が気に入らない場合には、スタッフに合図を出して相席を解除することができる。』

「男性側はお金かかってるから、なるべく可愛い子とたくさんお話ししたいじゃない? イマイチな女の子が来たら次から次に席を替えるわけだけど、そのたびに基本料金がプラスされて、かつ飲み放題時間がリセットされる。普通に居酒屋で飲むよりは高いけど、キャバクラ行くよりはダンゼン安いのよ。」

「いや、でもキャバクラとは違うって、さっき」

「そうだけど、基本女の子と喋りたいのが男なのよ。しかも素人の女の子とだったら、恋愛に発展する可能性だって高いし。」

と言った後に、しおりと友美の表情を見て慌てて付け足す。

「もちろん、キャバクラ扱いじゃなくて、本当に彼女が欲しくて真剣に相手を探しに来てる男の人もいるはず。」

「「はず。」」

「そこまで責任持てないわ。」

1軒目で語られた相席バーのシステムを聞けば聞くほど、友美は「自分向きではない」「家でおとなしく、録りためたドラマやバラエティを観たい」と言って尻ごみするようになった。

たしかに、男性経験皆無と言っても過言ではない友美からすると、突然宴席で男性と親しく話をしろと言われているようなものだから無理からぬことではある。

そこで金本は伝家の宝刀とばかりに、ある男の名前を出した。

「藤島啓吾は知ってる?」

「えっと、誰だっけ?」

しおりが首をかしげて友美を見ると、友美は目を剥いた。

「知らない方がおかしい人だよ!?」

それは知らない私がおかしいと言いたいのだろうか。

「若手実業家という人種ですね。大学生時代に起業したんですよね? あと、恋愛指南本がベストセラーになった人。」

「そうそう。」

「最近『バッチリ!』のコメンテーターに抜擢されましたよ。『カギトーク!』にも何回か出てるの観ました。」

「それは知らなかった。さすがテレビおたくねー友美ちゃん。」

「それは否定しませんけど。でも藤島啓吾自体も好きなんです。」

「あ、そうだったんだ。」

「はい。頭良くてお金持っててアイドル級のイケメンとか。完璧じゃないですか。」

「そんな人いるんだねー。」

「そうなの。何の設定って感じ。もしジャニーズでデビューしてたら、グループの人気が落ちても俳優とかに転向してグループの中で唯一生き残ってそうなタイプ。」

ああ、この友人はいわゆるジャニオタでもあったな、と今更ながら思い出す。

感情が表に出にくい性質の友美は、眼鏡の奥の目だけをらんらんと輝かせながらさらに言いつのる。

「もちろん、これから行く相席バーを立ち上げた人だってことも知ってます。」

「え、そうなの?」

としおりが声を上げ、友美が「有名な話よ。」と付け足す。

「相席関係の飲み屋って今じゃ結構あるけど、最初のブームが去ってからは全国展開しててちゃんと流行ってるところって『EN.』だけじゃないかって、ネットでも言われてる。」

たしかに、一時期爆発的に増えた相席業態の飲食店だが、最近は名前を聞かないところも多い。

半年ほど前に別な店に行った女友達も、2時間居座って男性との相席が叶わなかった、時間の無駄をしたと嘆いていたなと思い出す。

そこはアルコールも自分で作るドリンクバー形式で、なおかつ女性は無料とされていた食べ物は全て冷凍食品だったそうだ。

店内の作りはまるで格安居酒屋のようで、各テーブルとのしきりは簾だったと。

後日その女友達から、その店が閉店したことを聞いた。

「友美ちゃん、ネットにも詳しいのね。」

「引きこもり属性だって、見てわかりますよね?」

何とも言えない顔になった金本のフォローをしようと、しおりが口を開く。

「それで、その藤島啓吾がどうしたんですか?」

「週末は自分の経営してる店を巡回するらしいのよ。」

「えーっ!!」

ビルの前で立ち話をしているしおりたちを邪魔そうに避けていた人たちが、友美の唐突な絶叫に驚き、関わり合いを避けるように足早に去っていく。

「え、先輩それ聞いてない。てか、ネットで呟かれてもいないですよその情報!」

金本の両腕を掴み、揺さぶり始めた友美の腕力に翻弄されながらも、律儀に質問に答える。

「当たり前でしょー。公開してたらファンが殺到して相席どころじゃないもの。」

「でも行ってお店に藤島啓吾がいたら気付きますよね? 私はどんな人が知りませんけど。」

「顔見たら、十人が十人芸能人だって判断するレベルのイケメンだもん、そりゃそうよ。」

友美が自慢することではないだろうに、興奮で声が上ずっている。

あまりこの友人がはしゃいでいるところを見たことが無い為、その姿に圧倒される。

そんなところでまだ見ぬ藤島啓吾のすごさを実感するとは、藤島啓吾自身も思ってもみないに違いない。

「もちろんお店の中をうろうろするわけじゃないの。従業員の働きぶりとか、売上のチェックだとかそういう裏方的な仕事を見に来るんじゃないかしら。」

なんだ、そうか。見れるわけじゃないんだ。

しおりはがっかりしたが、自分以上にしおれているはずの友人はというと、

「つまり、確実にお店には来るんですね!? あわよくば垣間見れるってレベルでもゼロじゃない!」

驚くほどポジティブなセリフを言い放ち、

「ほら、早く! 何階ですか?」

すでにビルのエレベーターに向かって小走りになっている。

とにかく行く気になってくれてよかったと思いながら、出遅れた分こちらも走るが、履きなれないヒールのせいでアキレス腱の辺りがすでに痛い。

この痛みが相殺されるぐらいの素敵な出会いがありますように。

締まりかけたエレベーターのドアに肩を強打しながら、神様この痛みもプラスで、とひそかに願うしおりなのだった。





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