マジメに婚活中の三十路OLが夜の世界の王様にいいようにされるのは間違っていると思います!
@nonrin
第1話 絶賛婚活中ですが、何か?
「もうほんとに好き過ぎる。愛してる。離したくないから結婚してほしい」
「息をするように嘘を吐く人とはぜっっったい無理!」
何度やっても慣れないものだ。
「はじめまして、よろしくお願いします。」
今日はこれで10回目。
婚活を始めた半年前から数えたら、もう100回にはなるだろう。
まるで名刺を渡すときのように、より自分のプロフィールカードが下になるよう差し出さなければならない。
相手のプロフィールカードは、胸に押し抱かんばかりに恐縮しながら受け取らなければならない。
そんなルールはないのだが。
なんとなく毎回そのようにしてしまう。
そこまでは謙虚な心持ちでおこなえるのだ。
しかし相手のプロフィールカードに目を通し始めた瞬間から、まるで面接官のごとき表情になっている自覚がある。
口元は微笑をたたえ、目は一文字たりとも見落とすことがあってはならないと猛禽類のように見開かれている。
怖い。怖すぎる。
でも相手とてそれは同じ。
与えられた3分(人数によっては5分)の中で、いかに相手の情報を得るか。
最初の15秒でカードにさらっと目を通した後は、
「さとう、つよし、さん…?」
ふりがなが振ってあるので確認も何もないのだが、とりあえず名前を呼び、次いで、
「かっこいいお名前ですね」
の一言で、相手に「かっこいいと言われた俺」という錯覚を植え付ける。
「そうですかー?」と聞き返す男の目尻はすでに下がっている。
これで掴みはオッケーだ。
「いや、すっごいわかる。勉強になった。ありがとう。お腹一杯。」
コンビニで買ってきた親子丼を黙々と口に運んでいた友美が、容器が空になるや、しおりの話をぶった切る。
「ちょっと!まだ序盤なんだけど!」
力説するあまり、食べかけの『特製鳥中華ごはん』はとうに冷めている。
最近コンビニにお昼ご飯を買いに行くと、こればかり買ってしまう。
一度気に入ったものは飽きるまで続ける、がしおりのモットーだ。
本を読んでいても、気に入った作家が見つかれば、その時点で出版されている著作を全部読み切るまで他の作家の本は読まない。
ゆえに、司馬遼太郎のときは本当に大変だった。
「いや、だって、結末知ってるし。」
「結末って?」
「破局。」
身も蓋もない一言とともに、盛大に鼻をかむ三木本友美には、生まれてこの方彼氏がいない。
自らが縁遠い理由を「眼鏡、黒髪、デブの三拍子だから。」と言うが、しおりからすると問題は、初対面の相手にすら容赦なく放たれる歯に衣着せぬ物言いにあるのではないかとひそかに思っている。
「掴みはオッケーでした、カップリングと相成りました。デートしました。」
「そうそう!」
「その男は極度のケチでした。デートでの食事代は割り勘の上、待ち合わせ場所までのガソリン代も領収書を見せられた上で割り勘でした。」
「ちょっと!大きな声で言わないで!」
シフト制で勤務しているしおり達は、昼休憩も日によってまちまちだ。
今日は午後2時から1時間の割り当てだった為、休憩室には人もまばらだ。
が、しっかりと聞き耳を立てている表情のスタッフもちらほらいる。
スタッフの約9割が女性というこの職場の休憩室において、恋愛話は蟻の前に置かれた砂糖に等しい。
中には、目を見開いてこちらを見つめる猛者も。
「金本先輩ー! 話ちゃんと聞こえないんじゃないですかー?」
友美が両手をメガホンの形にしながら、2メートルと離れていない席に座っていた同じ課の金本芳枝に呼び掛ける。
金本はなおもしおりを凝視しながら、椅子から立ち上がりかけた中腰のまま、そろそとしおりたちが座る4人掛けのテーブルの空いている席へと移動してきた。
35歳にしては濃いアイラインの引かれた大きな目を見返す勇気のないしおりは、冷えたごはんと濃い味付けの鳥肉を同時に口に運び「冷めても美味しいわー」とごはんを見つめながら言ってみる。
本当のところは、やっぱり熱々が一番だ。
「今の話マジ?」
「マジです」
「いや、友美が答えるの間違ってる」
「いいからごはん食べてな」
8年越しの友情からきた心温まる発言とは思えない。
嫌な予感は的中する。
「この子いつもそうなんですよ。ほぼ毎週末婚活パーティー行ってはカップリング成立させてくるんですけどね。相手がもー、いつもいつも難有り物件ばっかりで」
「フォーエギザンポー?」
金本は帰国子女でもなんでもない。
名の知れた女子大を卒業後、就職先の会社の出世頭に見染められて2年後に寿退社…という時代錯誤な当てが外れて、今ではいわゆるお局様と化している。
一昔前と異なっているのは、入念な手入れを行っているであろう20代と見紛うきめ細かな肌と、20代前半の新入社員の話題にも余裕でついていける知識を持っていること。
「不動産会社経営ってプロフカードに書いてた同じ年の男がいたらしいんですが、自分の家が先祖代々守ってきた広大な畑をネット上切り売りしてるってだけで、ほぼほぼニートに近い人だったんですよー。」
米農家を営んでいる両親の元にひとりっ子として生まれ、以来ずっと同じ部屋に住み続けているとのことだった。
在宅で仕事(と呼んでいいものか)をしている為、出会いの場がなく、「社会人になってから一度も彼女がいない」と言っていた。
さらに言うと、その男は、1回目のデートでホテルに誘ってきたのだった。
「まずは体の相性を確かめませんか?」と。
「なんとなくわかるので大丈夫です。」と意味不明な返答をした後、
「また連絡します。」と言って、走ってきたタクシーにドアが開くや否や文字通り飛び乗った。
その後何度かメールが来たが、内容を見ないまま削除し続けていたら来なくなった。
「何それ、めっちゃウケる。どんどん行ってみよう。」
金本の目の輝きが尋常ではない。
友美の方もわが意を得たりという感じでうなずく。
「お次は某有名海外ブランドの日本本社にお勤めの35歳のエリート。後日一緒に行ったおしゃれカフェでカードが使えなくて、店員さん相手にキレたらしいです。」
ここは時間の止まった店なんだね、と男は言った。
その瞬間、男が言ったことを証明するかのように、店内から音が消えた。
雑居ビルの一室でこじんまりとアットホームな雰囲気を醸し出していたはずのカフェが、一瞬でアウェーに転じたのを肌が覚えている。
昭和かな? 昭和かな?
男が同じ言葉を2回繰り返すことについて、疑問は持たなかった。
それまでカフェにいた2時間余りの間に気付いたことがあったからだ。
会話の中で出てきた人間や、物を見下すときや罵倒するときには、同じ言葉を2回繰り返す。
レトロなのはインテリアだけで十分なんじゃない? ね、十分じゃない?
つまり男は現金を一切持っていなかった。
お茶代に2人で2500円はしおり的にはとても痛い出費だった。
結婚後に回収できるならともかく。
店員さんや他のお客さんの視線も痛かった。
そのカフェを選んだのは男の方だ。
女の子の好きそうな店だよね。ね、好きそうな店だよね。
そう言って。
でもその男を、仮初めにもパートナーとして選んだのは自分だった。
記憶の中で人間を抹殺することはできるだろうか。
もちろん、婚活パーティーの場であの男を最終候補に選んだ自分を抹殺したいのだ。
「あそこのカフェねー、はいはい。たしかにしおりちゃん似合いそうだもんね。」
「そうですかねー」
と、もはや適当な相槌を打つ権利した持たされていないしおりは答える。
「女子力高めでモテはするけど、女子の平均の域を出てない感じ。」
あーここにもいた。歯に衣着せぬ物言いする人。
思わず人差し指で指しそうになるが、先輩なので思いとどまる。
「こういうのがモテるんですよね、婚活の場では。」
「そうそう、ほどほどに可愛いけど美人過ぎはしない。」
私この人たちに何かしたかしら? と真剣に自分の胸に問いかけたくなった。
「つまりは良妻賢母になりそうな子、自分の親にも好かれて、なおかつ近所づきあいもそつなくこなしそうな子。」
そこはおっしゃるとおりだ。
婚活パーティーに参加する際には、金本が言うような女子を念頭に置いてファッションや髪形を決める。
つまり、男性が求めているであろう『結婚するならこういう子』を体現する。
スカートは短すぎないタイトなものを選び、トップスは白のカットソーとし、全体を淡い色で統一する。
髪はロングヘアの毛先をワンカールさせるだけ。
色は黒である必要はないが、日にあたると茶色、程度には落ち着かせる。
メイクは多少濃くても相手は気付かないので(女性にあまり免疫のない男が集まる傾向にあるからだ)、とにかく目を大きく見せるよう心掛ける。
目は口ほどに物を言う、という事実は、婚活を始めて割と早い段階で実感したことだ。
「で、実際モテるのに、ろくでもないのに引っかかる、と。」
「ほっとけ」
思わず口をついて出た言葉が乱暴な響きに、しまった目の前の2人のことを悪く言えない、と反省する。
「しおりちゃんは何を基準に相手を選んでるの?」
「まずは顔です。あと清潔感。」
「前者は本音、後者は建前?」
「いや、どっちも本音で。聞かれた時には後者を答えますが。」
笑顔のかわいい人も好きです、と言うとなぜか即座に笑顔になる男性多数。
判定していいならするが、大体不合格だ。
「笑顔のかわいい」という言葉は、本来の顔の作りではなく人柄がにじむようなものと捉える人が多い。
しおりの言う「笑顔のかわいい」は「作りが整っていて、なおかつ笑顔になってもそれを保っていられる人」の意味なのだが。
「うわー厳しい。面食いの人って」
「はいはい、自分のことは棚に上げてますよ。」
人に話すと大体そう言われるので、先回りして答える。
でも仕方がないことなのだと思う。
顔の整っている人にしか心が動かないのだから。
ガソリン代請求男も不動産おじさんもカード男も、顔だけはしおりのストライクゾーンど真ん中であった。
まずはそこをクリアしないことには、好意を感じない。
それは人として間違っているのだろうか。
ただ、この半年間婚活に励んだ中で気付いたことはある。
「わたし、童貞もしくは童貞に等しい女性経験しか持ってない人には、過剰なまでに嫌悪感を抱くタチみたいなんですよー。」
やばい。思いのほか声が大きくなってしまった。
今度こそ休憩室中の視線が、しおりに集まる。
「それ、もちろんプロフィールカードの『好きな異性のタイプ』の欄には書いてないわよね?」
問う友美の顔は、真剣そのものだ。
友美はその手の話にとても疎く、そっち方面の話をする時には、日頃の毒舌が鳴りをひそめ、10代の少女のようなあどけなさが顔を出す。
「もちろん書いてない。」
金本はと言えば、何事かを思案するように顎に指を沿わせ、しおりを見つめている。
否、正確には上から下まで値踏みするようにじろじろ見ている。
「金本先輩?」
「しおりちゃんさ」
一呼吸置いて金本が言い放った。
「相席バー行ってみよう。」
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