十四

祭りの夜の告白から5日程経っていた。

私はまだクタニに返事が出来ずにいる。

クタニの事は嫌いじゃなかった。優しいし、一緒に居れば和んだ。

けど、恋人としてはどうしても見れなかった。どう返事をすればいいのか迷っているうちに5日も経ってしまった。


「ミズキ、それ干し終わったらさ、甘い物でも食べに行かない?」


洗濯物を干している時に急に声をかけてきたクタニに、思わずビクリとして返答に悩んでしまう。


「そんなに困った顔されるとはね…ちょっと傷ついちゃうなぁ」

「ッごめん」


反射的に謝る私に、クタニはいつもの様にクスクス笑った。


「嘘だよ。……ビックリしたんだろ?」

「………」

「ただの優しいしお兄さんだと思ってた相手から、突然告白されて戸惑ってる…ってとこかな?」


何も言えずに黙って俯く。


「これからは、1人の男として意識してもらえるようにするからさ」

(…男として意識って…)


妖しく微笑むクタニに、先日のキスを思い出してしまった。

こんなにストレートに想いをぶつけて来る相手は初めてだ。


「だから、返事とかって要らないから」

「え?」

「今はね」


私はあまりの恥ずかしさに、また下を向くしかなかった。



[キリト目線]


その日、俺は町民からの書状に目を通していた。

役所の嫌がらせだろう。トウの警備が仕事ならば町民の困り事の相談でも乗ってやれ、とのことで、吠狼隊に受付箱が設置されてからというもの、依頼の書状が後を絶たない。

今迄役所に来ていた雑多な物を押し付けようって魂胆が見え見えだった。

キツタの件で、トウの街に名が知れ渡った事も手伝い、様々な依頼が舞い込んでいた。

しかも、現在トウを含め、エン国では若い娘の誘拐事件が多発していた。導きを手に入れんが為、他国も必死の捜索を行っているので、街全体がピリピリしている。

しかし、怪しい人物が店の前を彷徨いてるや、物取りの犯人を捕まえて欲しい等はまだマシで、何処かの貴族のペットを探せ等の依頼もあったりするのも事実だった。


(こんな事をしてていいのか…)


多少の焦りは感じるものの、国から正式にお役目と給金を頂いている以上、それに逆らう事も出来ない。

もうただの傭兵集団ではなく、遊撃隊としてこの国の軍隊に名を連ねる存在になったのだ。

重い溜息を吐きつつ再び書状に目を落とすと、自室の戸の前で足音が止まった。

俺の返事に静かに空いた戸には、若い隊員が困り顔で立っていた。


「どうした」

「…それが…夕食の支度をする時間なのですが、…ミズキさんが現れないんですよ。で、宿所中を探し回ったんですが見つからず…どうやら買い出しに出かけたまま戻ってないようなのです…」

「…戻ってない…?」

(なんだ?アイツがやる事を放り出して勝手に何処かに行くことは無いはず…)


言い知れぬ不安に駆られた時、バタバタと別の隊員が駆け込んで来た。


「報告します!今、小物屋の主人が訪れまして、ミズキさんが数名の男に攫われたと!」

「何だと!」


心臓が鷲掴みされた。


「店の主人がミズキさんを見知っていたらしく、街を歩いていたミズキさんを後方から襲い、路地に引き摺り込んだ瞬間を見たとの事です!」

「今動ける班は!」

「トキさんとカトリさん、トウヤさんの班だけです!」

「お前らは手分けして見回りの班に報告に走れ!タケヤさんとケイキさんにも報告を!俺は先行して探しに行く!現場はどの辺りだ!」

「は、はい!コイタ通りです!」


壁に掛けている剣を腰布に挿し、急いで宿所を後にする。

現場の路地に足を踏み入れると、僅かに地面が乱れている。ミズキは抵抗したらしい。

30歩程乱れた地面を追って、突然痕跡が消えた。


(…気絶させられたか…)


気絶した人間を運んでいれば嫌でも人目につく。

まだ夕日はかろうじて射している時間帯。移動するにしても何処かに監禁して夜を待つはずだ。

監禁場所はそう遠くないはずだと当たりをつけて、聞き込みを行っていく。

しかし、何故ミズキが狙われたのだろうか。まさか、導きだとバレたのか?


(…クソッ!…この不安は何なんだ…)


ミズキが導きだから、それを奪われる事への恐怖か。それともただアイツの身が心配なだけなのだろうか。

そこ迄考えて頭を振った。


(どちらでもいい!今は早くアイツを見つける!その事に集中するんだ!)


日が沈んだ頃、漸く有益な情報を得た。

最近になって、通りから外れた1つの廃屋に数人の男が集まって、何をするでも無く街をぶらついていたらしい。

件の家に着くと、廃屋なのに仄かな灯りが漏れている。

そっと戸に耳を立てると、微かな話し声が聞こえた。


「コイツ、何か知ってるかな?」

「まだ子供の様な若さだ。脅せばすぐにでも洗いざらい吐くさ」

「とは言っても、あの吠狼隊の一員だ。子供だろうと手加減はするな」

「平気さ。拷問係はあのキンバだ。若い男と聞けば嬉々として仕事するだろうよ」


男達はゲラゲラと笑い声を上げた。

ミズキは目覚めているようだが、猿轡をされているのだろう。うめき声だけが聞こえる。


(…拷問…情報狙いか…。…正体がバレた訳ではないと言うことだな…)


しかし、あまり猶予も無い。ミズキを拷問にかけるなど、想像しただけで全身の血が沸き立つ思いがした。


(…気配は4~5人…このまま踏み込むか…応援を呼ぶか…)


他国に侵入して来る様な男達だ。腕も立つだろう。


「おい、早く移動しねぇか。…吠狼隊にもコイツが捕まった事がバレてるかもしれん」

「まだ早い。もう少し待て。…奴らいつも集団で歩いてやがるから、コイツが1人で歩いてたのは幸運だった。この機を逃せば捕縛は難しくなる。此処は慎重に行こう」

(…まだ猶予はありそうだな…応援を呼ぼう。誰かが近くまで来てるかもしれん)


その時、男の一言が俺を留めた。


「…コイツ…本当に男か?」

「何言ってやがんだ。男じゃなけりゃ女か?こんな髪の短い女が何処に居る?囚人島にしか居ねぇよ」

「…しかし…イヤに綺麗な顔してないか…?」

「そんなに言うなら確かめてみりゃいいじゃねぇか」


全身が総毛立った。ミズキの抵抗する様な音が聞こえる。


「…お、おい…コイツ…布巻いてるぞ…」


その時の俺は明らかに冷静を欠いていた。気がついたら戸を蹴破っていたのだ。

男がミズキの服を剥いでいる光景を目の当たりにすると、もう何を考える事が出来ただろうか。


「テメェ等!何してやがる!!」


剣を抜き男達に突っ込んで行く。

突然の侵入に男達は一瞬戸惑ったものの、すぐさま身構えて俺の剣を受け止めた。


「吠狼隊か!」

「1人だぞ!殺せ!」


その内の1人が裏口から逃げようとした。


「行かせるかよ!」


剣を受け止めている男を足蹴りして逃げようとした男の方に飛ばした。

2人はぶつかり合いバランスを崩している。

体制を立て直す暇は与えない。直ぐに移動し1人の息の根を止める事に成功するも、その間に別の1人が俺が蹴破った入り口から走り去った。


「チッ!」


彼等の任務は情報を持ち帰る事にある。その為には1人でも必死に逃げるだろう。

5人の手練れを相手にミズキを救い出し、全員を殺す。

明らかに分が悪かった。

此処でミズキの正体がバレても、応援を呼んで皆殺しにする方がリスクは少ない。

しかし、今は男達の手からミズキを救い出せればそれで良かった。

残りの3人を制すにはそれ程時間はかからなかったが、逃げた男を追うことは出来ない程の時間は経っていた。

荒れた呼吸で見下ろすと、ミズキの泣き顔が目に飛び込む。

猿轡をされて後ろ手に縛られて、その服は酷く乱れている。

可哀想に。怖かっただろうに。そんな想いが俺を支配していた。

拘束を解いた後、震えるミズキを無意識に抱き締めていた。

その体温を肌で感じて無事を確認したかった。

細い肩はまだ震えている。


「キ、キリト……ごめんなさい…」


とうとう嗚咽を漏らして泣き崩れたミズキを更に力を込めて抱き締める。

どれ程そうしていただろう。

真っ赤に腫れた瞳で俺を見上げるミズキと視線が絡んだら、その淡く色付いた唇を奪ってしまいたい衝動に駆られた。

不意にクタニを思い出す。


「他にも同じ想いの奴も居るみたいだし」


慌ててミズキの身体を離す。


「…服を整えろ…帰るぞ…」


やっとそれだけを言ったが、ミズキの顔を見ることが出来なかった。

しかし、その手はしっかりと握ったまま宿所迄戻った。

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