フォトグラファ美南(前篇)
あの子はたしか『月曜日の制服』を着てくると言っていた。
すごい発想だと思う。月曜から土曜日まで(あ、水曜は来ないらしいし、土曜日はこの前が特別なのかな)毎日ちがう制服を着てくるって。しかも学校指定の制服ではなく、彼が好きなベルギーの作家が生み出したキャラクター『タンタン』に似せた制服を製作するという。
でも――水野美月は担任教師として逡巡してしまう。
たしかに学校は子どもたちに、家庭科で裁縫を教える。そして彼は裁縫の技術を駆使して制服を作った――お気に入りの生地を準備し、卒業生を訪ね歩いてベースとなる制服を集めてきた。作り方は動画や本を読んで研究して修得。吉祥寺にプロのアドバイスを受けにまでいった。ここまではいい。否、いいねを超えてファンタスティック!
だけど・・・それを学校に着てきてはいけない。さらに家庭科の授業のある土曜日に来ない宣言をしている彼は、家庭科の成績は1になるだろう。
ヘンではないか?
水野先生はこのことについて、昨日からずっと、あれこれ考えを巡らせていた。もしこれが制服じゃなくてお弁当だったら・・・どうなる?
「自分でお弁当作ってるの!」
「お前、女子かよ」
「親に作ってもらえないの? かわいそう」
「いいな! 自分で食べたいもの入れられるじゃん」
美月先生は自らに問う。
リトル・美月たちだったら、なんて言うかな?
「わたしがヴィンヴィンの代わりに作ってあげる」
そ れ は ム リ !
21世紀。スマホもVRもAIも3Dプリンターもある時代。制服の自作はありえないのだろうか。現国教師の美月はときどき、茨木のり子さんの有名な一節、『感受性』の部分を別の言葉に置き換えて状況を分析する。
自分の感受性くらい 自分で守れ ばかものよ
自分の弁当くらい 自分で作れ ばかものよ
自分の制服くらい 自分で作れ ばかものよ
水野美月先生は逡巡を振り切った。
生徒からもらった勇気の出る10ユーロを握りしめて――
自分の生徒くらい 自分で守れ ばかものよ
いまだに自分の弁当も作れないけれど、先生を始めて4年か5年。きっと少しは守れる。校長が何と言おうと、ヴィンセント・海馬くんの側に立とう。
「おはようございます!」
教室のみんなが声をそろえる。今年の生徒がみんな屈託ないのは、神さまからのプレゼントだろうか。そして銀色の少年は――いない。この光景、夢で見たことがある。うそうそ。夢ではない。金曜日とそっくり同じ状況だ。
「あれ? 海馬くんは・・・」
水野先生はマミを見る。
ニタニタしている。友達のマミに似ているマミちゃん。
「もしかして、家庭科室かな?」
「ちょっと制服作ってくるらしいです」
教師は少しも驚かないどころか、珍しく余裕をかまし、上から言ってみた。
「へぇ、月曜日の制服、間に合わなかったんだ。残念」
昨日の午後にさっそく図書館で、生徒に薦められた『タンタン』を読んでみた美月先生。
あーあ、タンタンのコスプレ、見たかったな!
なんでもソツなくこなしそうに見えるけど、あの子でも間に合わないってことあるんだ。かわいい。あ、入学式間に合わなかったか。でもそれは評価値のせいだしね。
「先生!」
マミはさらに嬉しそうな表情で、けけけと笑った。
「たぶん、先生の予想とちがいます! ヴィンセントが今作っているのは、よその学校の制服」
よ そ の が っ こ う の
せ い ふ く
* * *
家庭科室にいたのは3人。ヴィンセントと渡辺結と・・・誰?
「あなた、何年何組?」
「ええと・・・第十商業の」
よ そ の 学 校 の 子 !
「美南、オマエ、バカなの?」
「何が?」
「学校名を言ってどうすんの」
「だって・・・怒られる前に、正直に言った方がいいかなって」
「そうじゃない。直也にも言われてただろ。ハッキリ言えって。名乗るときはちゃんと名乗れ。わたしはフォトグラファ・美南です! って」
フ ォ ト グ ラ フ ァ み な み
「え? あなた、フォトグラファなの?」
たしかに、首から本格的なカメラをぶら下げている。
「な、こういう反応になるだろ。ここで押すんだよ。先生の写真、撮らせてもらっていいですかって。自分のファンを作る大チャンスに学校名伝えてイイことあるか?」
「なるほど!」
「あるいはこんな感じで言ってみる。先生、この制服のモデルさんになってもらえませんか?」
そ れ は マ ジ ム リ ! !
(後篇へつづく)
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