人間 至る処 青山有り
太田 護葉 (おおた まもるは)
第1話 求人チラシ
新しい電話帳がポストにドカンと放り込まれていた。
ビニールで包装されたその電話帳の最後に求人チラシが
ちらりと見える。
何気なく見てみると、高齢者でもOK! のイラストがある。
葬儀社の宿直員募集である。
週2,3日の勤務で可と書いてある。
まずはお電話というメッセージもあったが
2日ほど放っておいた。
7時間ほどの仮眠可能と書かれてあるが
実際には寝るわけにはいかんだろうな。
そう思いながらも、まあこの求人なら
そんなにたくさんの応募があることも
なかろう。
そう思ってまた1日が過ぎた。
翌日の朝、何となく掛けてみる気が起きたので
思い切って携帯を取った。
感じのいい女性が出てくれて
担当者の不在を教えてくれた。
何故か、ホッとした。
電話番号を聞かれたので、素直に伝えた。
その後しばらく何の返信もなかったので
忙しいか、または忘れられているか
まあ、いいわ。
努力はしたのだから。
また掛けてみる気にはならなかった。
かれこれ3時間くらいが経過して
男の担当者から電話が来た。
あいにくトイレに入っていて携帯をすぐにとれなかった。
どうしようかと迷ったが
ここは、自分から掛けるべきだなと判断した。
電話を取り上げた途端に、着信が鳴り
一瞬ビクッとした。
「村木さんですか?アイ葬儀社の鳴瀬と申します」
「あーっ、すみません、電話に出れなくて・・」
「いやあ、お忙しい時にすみません。今大丈夫ですか?」
「はい、お願いします」
「実はですねえ・・・」
翌日の面接が決まった。
66歳でも大丈夫らしい。
午前10時、自宅から25kmほど西の本社を指定された。
電話を切ってから、しまった!と思った。
明日の朝は、先輩の家に将棋を指しに行く約束であった。
今から訂正するのは、しらけるな、ここは中野さんに泣いてもらおう。
早速電話をすると、お昼にかかってもいいよと
機嫌よく対応してくれた。
最近は自分が連敗中なので対応がソフトである。
翌朝、久し振りに背広を着た。
葬儀社であれば、やはりネクタイも黒だろな。
1時間くらいで大丈夫だが、朝の渋滞も考えて
さらに20分ほど早く家を出た。
サラリーマンの頃は、毎朝こうして渋滞の中を運転して
会社に通っていたのだ。
あの33年間は、一体なんだったのか・・・。
ナビにアイ葬儀社の住所検索を入れたが
番地相違なのかうまく誘導してくれない。
自分が漠然と、あのあたりだろうと思っている方向と
正反対にアナウンスが流れる。
渋滞もあり、ナビを中止した。
既に9時40分である。
最初から遅刻は、まずいな・・・。
嫌な予感が働いてちょっとイラッとし始めた・・・。
(続く)
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