風に乗るウサギ
K島
一、雨の日の憂鬱
目を覚ますと、体の節々が鈍く重い。
(またか…。)
「仁! そろそろ起きなさい。遅刻するわよ」
一階から、母さんの声がする。わかってはいても、背中が糊でくっつけられたように布団から動けない。
「また、病院に行くのかな…」
薄暗い廊下に、酸っぱいにおいのする診察室を思い浮かべると、おなかのあたりがキュッとなって、脂汗が出てきた。
「……行きたくないなあ」
布団伝いに普段よりも熱い呼吸を感じながら、そっと再び目を閉じる。遅れてやってきた寒さに震えていたら、いつの間にか意識が飛んだ。
🐇
母に連れられて訪れる病院には、とにかくいろんな人がいる。杖をついて亀みたいにのろのろと歩くおじいさん。車いすに乗せられて看護師さん談笑するおばあさん。頭や足にギプスを巻いた強面の男の人。妊婦さんだっているし、赤ちゃんを連れた女の人もたまに見かける。
けれど、平日の昼間にぼくのような小学生を見かけることはめったになくて、いつもここへくると世界に置いてけぼりをくらっているような、ちょっと寂しい感じがする。
でも、その日は違った。
じとじと蒸し暑い梅雨の昼下がり、いつものように診察室前に並べられたベンチに腰かけていると、窓の外に同い年くらいの男の子が傘を片手に走り回っているのが見えた。
赤いTシャツに黄色い長靴を履いたその子は、服が濡れていることなど一向に気にする様子はなく、しきりに白い何かを空に向かって投げては拾い、拾っては投げをくり返していた。
テレビで見た、初めての雪に興奮した犬のようにはしゃぎ回るその子を、仁はちょっとだけ羨ましいなと思った。そして、ほんの少し、本当に小指の爪くらいに少しだけ、憎たらしいとも感じた。
「風邪、引いちゃえばいいのに」
楽しそうに走り回るその子は、きっと体の弱い自分とは違って病気のびの字も知らないのだろう。熱で、キーンキーンと耳鳴りがうるさい。
『金田さん、金田仁さん。二番の診察室にお入り下さい』
ぼくの名前を呼ぶアナウンスの声が、無機質に流れる。
「ほら、仁。 行くわよ」
母さんに手を引かれ、重い足取りで開かれた診察室へとノロノロ歩みを進めた。
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