第28話 「現実逃避」
お姫様からの依頼を達成してから一週間。
犯人であるペトリーファは冒険者に身柄を拘束され、お姫様も元に戻った姿で王都へと帰っていった。
そして依頼の報酬金の2000万ガルズは、後日準備してから支払われることになった。
そのお姫様を待つ間、僕は特にすることもなく呆けた日々を過ごしている。
お客さんはいつも通り来てくれて嬉しいけど、僕の胸中にはぽっかりと穴が開いていた。
「……」
ぼぉーっと窓の外を眺めながら黄昏れる。
すると不意に後方から、少女の呆れた声が聞こえてきた。
「いつまでそうしてるつもりッスか?」
「んっ?」
振り向くとそこには、声音通り呆れた顔でこちらを見るプランがいた。
腰に両手を当てて、どことなく怒っているようにすら見える。
振り向いたついでに治療院の中を見渡してみると、もう一人のアルバイトの姿が見当たらなかった。
アメリアは部屋にいるのだろうか?
「さっきユウちゃんが訪ねてきて、後輩君は今二階で遊んでますッスよ」
「あぁ、そう……」
プランに呆れた声で諭されてしまう。
そういえばさっきユウちゃんと挨拶をしたっけ?
そんなことも忘れてしまうほど呆けていたようだ。
思えば上の階から時折賑やかな声が聞こえてくる。
二人で何を話しているのだろう?
天井を見上げながらそんなことを考えていると、再びプランが呆れた顔で言ってきた。
「お姫様の依頼が終わってからもう一週間も経ってるのに、毎日そうやってぼぉーっとして、ノンさんおかしいッス」
「ん~……」
まあ、僕自身もそう思っているさ。
なんかお姫様の依頼が終わってからずっと、変な気持ちになっている。
胸の内に大きな穴が開いたような感じで、気が付けば窓の外を眺めてしまっている。
傍から見ていたプランからすれば、もっとおかしく映っていただろうな。
今一度そのことを自覚していると、不意にプランが拗ねたような声で問いかけてきた。
「そ、そんなに、あの後輩君の大人姿のことが忘れられないんスか?」
「はっ?」
「ま、まあ確かに、あの姿はすごく綺麗でしたけどね。男性のノンさんが翻弄されてしまうのも無理はないッス。でも、いい加減あの姿のことは忘れて、元のノンさんに戻った方がいいッスよ。もう後輩君だって元の姿に戻ったんスから。いつまでも過去のものに囚われないでくださいッス。現実を見てください」
「……まさかお前から現実を見ろなんて言われるとは思わなかったな」
今度は僕の方が呆れてしまう。
こいつからこんなことを言われる日が来るとは。
いやでも実際、僕は現実ではなく過去のものに囚われていたのかもしれない。
事実、アメリアの大人姿のことを話題にされて、僕はドキッとしてしまった。
あのアメリアにもう一度会いたいとか、僕はそんなことを思っているのだろうか?
人知れずそんなことを考えていると、ふとプランの呟きが慎ましく耳を打った。
「そ、それとも、もしかして……」
「んっ?」
「ま、万が一にもあり得ないと思うんスけど、まさかノンさん、後輩君のあの姿に……ほ、惚れてしまった、なんてことはないッスよね?」
そう問いかけてきたプランは、頬を染めながらなぜか怒っていた。
その理由については察せないが、なぜこんなことを聞いてきたのかはわかる気がする。
僕が黄昏れる姿を見て、あの時のアメリアの姿に惚れてしまった可能性を考えたのだろう。
まあそう思われても仕方がないか、と思いながら、僕は釈明の意味も兼ねて呆けていた理由を話すことにした。
「あぁ、いや、別にそんなんじゃないよ。惚れたとか好きになったとか、そういう感情は絶対にない。そうじゃなくてだな……」
「……?」
「なんて言うかさ、綺麗なものって、簡単に手に入らないからこそ、一層綺麗に見えるんだろうなって思ってただけだ」
「完全に惚れてるじゃないッスか!」
プランはますます怒りを増大させた。
対して僕はプランのご乱心に首を傾げてしまう。
これのどこが完全に惚れているというのだろう?
別にアメリアのこととは言ってないし。
手に入りにくいものほど、より儚くて美しく見えるってだけの話じゃないか。
希少な宝石だったり、高価な品だったり、滅多に会えない有名人だったり。
そう、別に大人アメリアのことを指して言っているわけではない。
なんて言い訳のようなことを考えていると、プランが頬を膨らませながら言ってきた。
「とにかく、ノンさんはもう元のノンさんに戻ってくださいッス! 後輩君もメドゥーサも、あのお姫様だって元の姿に戻ったんスから!」
「それは今関係ないだろ」
まるで僕が彼女たちと同じくらい変わってしまったみたいな言い方はするな。
さすがにそこまで変貌はしていないだろ。
と、くだらないことを言い合っていると、不意にコンコンッと治療院の扉が叩かれた。
お客さんだろうか?
今は接客担当のアメリアが席を外しているので、代わりにプランが出迎えをすることになる。
「は~い、どちら様ッスか~?」
間延びした声を上げながら扉を開いてみると、なんとそこには……
「ワタクシ、王都ジャブジャブの王宮から参りました、第一王女のババローナ・ゴージャスワンと申しますわ」
真っ白なドレスに身を包んだ、金色の長髪がとても似合う美女が立っていた。
なんだババローナか。
意外に早いお出ましだな。
てっきり心配性の親父さんにしばらく外出禁止にされて、王宮に閉じ込められていると思ってたのに。
なんてことを考えていると、不意にお姫様が口許に手を当てて笑った。
「ふふっ、とても良い台詞を聞かせていただきましたわ」
「……?」
「『簡単に手に入らないからこそ一層綺麗に見える』。それはまさにこのババローナのこと。そこまでワタクシのことを待ち望んでいたのですよね?」
「いや違う」
即効で否定した。
ていうか盗み聞きしてんじゃねえ。
扉の前まで来てたなら、すぐに中に入ってこいよ。
内心でそう呆れていると、依然としてお姫様は押さえている手の奥で頬を緩めていた。
「素直でないのもノン様らしいですわ。本当なら今すぐワタクシに抱きついて、力の限り体を寄せたいと思っているのでしょう?」
「いやだから違うって言ってんだろ。勘違いもいい加減にしろよ。ていうかお前、報酬金渡しにここまで来たんだろ? 早く寄こせよ」
「も、もう少し品のある言い方はございませんの? これでもワタクシ王女ですのよ? お姫様ですのよ? それ相応の口の聞き方というものがございまして……」
今さらお姫様面するババローナに対し、僕は呆れながら返した。
「もうすでに散々罵倒し合ったのに、今さら礼儀正しくする方が逆に不自然だろ。何よりあんたはお姫様である以前に厄介事を持ち込んできた依頼人だ。そんな奴に愛想よくしてたまるか」
「うっ……」
改めて僕たちの関係性をわからせる。
今日までとことん悪口を言い合ったのに、なんで今さら礼儀正しくしなくちゃいけないんだよ。
ていうかこっちは報酬金を待たされてうずうずしてるんだぞ。
細目でお姫様を睨みながら報酬の催促をすると、彼女はため息を吐いて頷いた。
「はぁ、わかりましたわよ。仕方がないですが、さっそく報酬金の受け渡しをいたしましょう。……一週間ぶりに再会して、ノン様もお喜びになると思いましたのに」
「ノン様も?」
「な、なんでもありませんわ!」
激しくかぶりを振ったババローナは、次いでごほんと咳払いをした。
そして改まった様子で姿勢を正し、表情もキリッと引き締める。
その様子に思わず首を傾げていると、彼女はドレスの端を摘み上げながら頭を下げた。
「この度はワタクシの姿を元に戻していただき、誠にありがとうございました。こちらお約束していた報酬の2000万ガルズでございますわ」
と、ババローナが言った瞬間、彼女の後方から続々と黒服姿の謎の人物たちが現われ、硬そうなケースを手にしながら治療院になだれ込んできた。
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