北帰行

北へ向かう電車に乗る

進むにつれて車窓から見る風景は

春へと逆行しているように

濃い緑から淡い芽吹きへと変わる

繁っていた山の緑が

だんだんとまばらに淡くなり

柔らかな芽吹きと山桜の淡いピンクに

ドレッシングをかけて食べられそうな

美味なる彩りに目を奪われる


こんなにも季節の違いがあるのかと

改めて知る風景は

私とあなたを隔てる距離そのもので

胸の奥が微かに震えたような気がした


私が夏へと衣を脱ぎ出す頃でも

あなたは早春に佇んでいるのだ

寒暖の差の中で頬を赤く染めながら

かじかむ指先で山菜を摘むのだろう

質素で慎ましやかな暮らしを守り

夕には家族の幸せを願いながら

忘れ去られた景色の中で

あなたは物語のように存在する

寂しさと諦めと愛しさを混ぜながら


電車を降り駅を出ると

吹き抜けた風は微かな雪の匂いを含み

鼻の奥につんと小さな痛み

涙が止めどなく溢れた

思わず

ただいま、と唇から零れた声に

心の中のあなたが微笑む

お帰りの声が聞きたくて

早春の中を足早に歩み出す



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