『ドラゴン殺し。』
朧塚
ドラゴン殺し。
青年は剣を持って、闘技場で剣闘士となる。
青年は奴隷だった。
彼は愛しい女奴隷の為に、殺戮の闘技場にて剣を振るう。
奴隷商人の王である醜悪な老人は、彼の光景を眺めて喜んでいた。彼には約束していた、彼が勝ち上がり続ければ、愛しき女奴隷を解放すると。
スラム街で出会い、二人は恋に落ちた。
両親共に、政府の反逆者だった。
そして、二人の両親は反逆者として、公開処刑に処された。
その悲嘆故に、二人は話が合った。
だが、借金を課せられて、二人は奴隷となった。
女は身体を売らない代わりに、命がけで重労働を行う事になった。
青年は剣闘士となって、闘技場に立つ事となった。
青年はドラゴン殺しと呼ばれていた。
奴隷商人の王が作り出す、機械仕掛けのドラゴンの怪物達をその剣で屠っていたからだ。彼は剣と稲妻の魔法を使い、次々と機械仕掛けのドラゴン達を倒していった。
彼は闘技場の英雄だった。
後、数度、戦いに勝利すれば、奴隷商人の王は彼を解放し、彼の姫君を解放すると約束した。だが、彼を放すつもりは毛頭無かった。
青年は何度もくじけず戦い続け、そして機械のドラゴン達を倒していった。
闘技場に新たな戦士が現れる。
それは、血と肉のある本物のドラゴンだった。
頭にある、鮮やかな色のトサカが特徴的だった。
かつて、古き昔にドラゴンは絶滅したとされている。そのドラゴンの伝承を再現する為に、奴隷商人の王は、精巧なドラゴンの模造品を造っていたのだが、それらは所詮は偽物でしかなかった。本物のドラゴンは、人語を操り、この殺戮の闘技場にご丁寧にも、戦士として名乗り出て賞金の為に、参加すると述べたのだった。
本物のドラゴンは、これまで幾多の剣闘士達を、その鉤爪で引き裂き、吐息の炎によって焼き殺していった。そして、闘技場の栄光を欲しいままにしていった。
<名を名乗れ。人間よ。俺の名はザルクファンド。貴様の栄光を終わらせる者だ。今宵より、俺こそがこの殺戮の闘技場の英雄となる>
ドラゴンは人語を操り、高らかにそう告げる。
「俺の名はドラゴン殺し。この闘技場でそう呼ばれている。俺に名は無い。俺はかつての名を捨てた。この闘技場を出る為に。俺は闘技場を出て、名を取り戻す。そして、貴様は俺のこの闘技場での最後の相手に相応しい。本物を最後に目に出来るとは光栄だ。お前は俺の剣の錆となる」
ドラゴン殺しは剣を掲げる。
<ほう? 面白い人間よ。お前がこの俺を討ち倒せるのなら、やってみるがいい。この鉤爪と吐息の誇りに掛けて、お前を地へと伏してやろうぞ>
ドラゴンは闘技場の小さな空を飛ぶ。
青年は笑う。
この手で屠り続けてきた怪物。
その動きは、全て攻略済みだった。
ドラゴン殺しは、その剣に稲妻の魔法を宿す。
竜の鱗を刻む刃だ。
この力によって、数多の機械竜達を討ち倒してきた。
ザルクファンドは吐息を吐く。
炎の吐息だ。
「竜よ。古の者よ。貴様はこの背に背負うべきものはあるか? 俺にはある」
ドラゴンは炎の吐息を闘技場へと吐き出す。
観客達は湧き上がる。
ドラゴン殺しは闘技場の舞台を跳躍していた。
そして、彼は疾風の魔法を放つ。誰も彼の姿を負えなくなる。
気付けば、ザルクファンドの背に、ドラゴン殺しは乗っていた。
<…………っ! いつの間に?>
「お前に背負うべきものはあるかと聞いている」
<無いな。俺はこの闘技場に血を求めて参戦した。貴様ら人間共の臓物を引き裂き、全身の肉を焼き焦がす為にな。失せろ、痴れ者よ。俺の背中に乗るとはムシケラが! 俺の鱗はその程度の力では裂けぬぞっ!>
「そのムシケラに、お前は倒される」
ドラゴン殺しは稲妻の剣を、ドラゴンの首元に突き立てる。
雷鳴が闘技場全体に響き渡る。
電流を帯びた剣は、鱗をドリルのように穿っていく。
邪悪なドラゴン、ザルクファンドの首は、落とされようとしていた。彼の鱗は焼き落ちていく。
「貴様の敗因は驕りそのものだっ! 俺がこれまで倒してきた者達と同じ敗因だっ!」
ドラゴン殺しは叫ぶ。
刹那……。
青年は……。
全身をグチャグチャにねじ曲げられていた。
彼の身体はグチャグチャだった。
ドラゴン殺しの雷の剣は、炎に包まれた闘技場の下へと落下していく。
<驕っていたのは、貴様の方だったな。人間よ>
ザルクファンドは、天井付近の天空より哀れに見下ろす。
<奴隷商人共は、貴様を楽にはしないつもりだった。お前には別の借金の催促があった。それが貴様の最初の過ちだった。そして、お前の次の過ちはこの俺に勝利出来ると思い上がった事だった>
ドラゴン殺しは、闘技場の炎の中へと包まれる。
だが、彼は虫の息になりながらも、冷気の魔法でその身を守り、更に氷の弾丸を、飛翔するザルクファンドに向けて飛ばしていく。
氷の弾丸は、…………、ドラゴンには一つも当たらなかった。
それらは、まるで見えない壁でもあるかのように、別々の場所へと向かっていく。
「……何故だ……」
<お前の三番目の過ちは、竜は魔法を使わないと思い込んでいた事だ。お前の四番目の過ちは、……何と言うか、この俺は慎重な性格でな。戦いにおいて、油断も慢心もしない。……趣味は敵の研究なんだ。愚か者が>
ドラゴン殺しは絶句していた。
ザルクファンドは翼で飛翔しながら、両手を掲げて魔法を詠唱する。
<安らかに眠れ。お前の墓標は元より、この闘技場にある命運だった。誇りに思うが良い。これまでの剣闘士達は鉤爪と炎で倒してきた。お前ら人間の研究してきた魔法の力だ。お前はそれで死ぬ>
ドラゴン殺しの全身はねじまげられ、そして押し潰されていく。
彼は見えない巨大な何かによって、肉も骨も内臓も、グチャグチャに潰されていった。
後に残ったのは、彼の生首と断面から伸びる脊髄だけだった。
ザルクファンドは、彼を哀れに思う。
死ぬ為にのみ戦い続ける、偽りの栄光に塗れた英雄達を哀れに思う。
そして、闘技場にて、新たなる血塗られた英雄が生まれた。
………………。
「御苦労だった、ザルクファンド。あの奴隷商人の王は、いつかこの俺が殺してやる……」
深い、冷たい憎しみに満ちた瞳で、フードを目深に被った闇の魔道士は、契約したドラゴンにねぎらいの言葉を告げる。
<いつになったら、殺すんだ。まだ機を待つのか?>
「闘技場にいた、あの奴隷商人の王、あれは幻影だ。周到なクソ野郎だ。……処でお前は一体、何をやったんだ? どんな魔法を使った? この俺に教えてくれてもいいだろう?」
<重力を操った。あの人間には盲点だったらしい。おかしいな。俺は人間共の秘術から学んだつもりだったが。…………>
「慢心に満ちていたのは、奴の方だっただけだろうさ。しかし、そんな魔法、俺も聞いた事無いぞ。本当に研究熱心だな」
<人間の住む、帝都の古い図書館から借りて読んで学んだ。人の愚かさは、こちら側の方が知っているつもりだ。奴は本当に俺を討ち取れたら自由になれると思い込んでいたみたいぞ>
「そう信じるしかないんだよ。奴隷達は。偽りに、縋るんだ……。だが、あの闘技場においては死だけが自由となる。……この俺は違ったがな…………」
そして、二人は、その場から立ち去っていく。
………………。
ドラゴン殺しの恋人である、女奴隷は、彼の生首を手にする。
ザルクファンドと契約を結び、彼(ドラゴン)を闘技場に向かわせた闇の魔道士は、女奴隷に、ドラゴン殺しの生首と、首から下の肉片となった塊を渡したのだった。闇の魔道士は、かつて奴隷だった。そして、闇の力を手にして、奴隷階級から抜け出した。
牢の中で、女奴隷は発狂していた。
生首を見て、笑い続けていた。
闇の魔道士は、女奴隷に邪悪な魔法を教えた。
女奴隷は魔法の詠唱を行う。
沢山の甲虫達が集まっていき、ドラゴン殺しの死体は虫達によって動かされる……。
自らの恋人の死体を操り、女奴隷は闘技場に立つ。
自由を求めて……。
彼女は発狂していた。
死んだ恋人の囁き声に導かれながら、死んだ恋人の生首と剣と臓物で、あらゆる剣闘士達を殺害していった。彼女は心だけは自由になった。
了
『ドラゴン殺し。』 朧塚 @oboroduka
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