恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか3
◇◆◇◆◇◆
翌日。
自身の恋心を悟られてしまった兼盛は開き直ることにしたのか、忠に開けっぴろげに語ってきた。
麻耶とちゃんと顔見知りになれたこと。
寄り道に誘ったら、がっつり食べるラーメンを選んだギャップにきゅんとしたこと。
一口彼女のラーメンのスープをもらったら、むきになって兼盛のスープも飲んだ様子がかわいかったこと。
次の約束もしたこと。
あの後寄り道までしていたのか、と忠は偶然見てしまった兼盛と麻耶の出会いを思い出しながら、ひとつひとつの話題に対して丁寧に頷いてみせた。
自身の恋話が広まるのは嫌だが、しゃべりたい。
そんな相反した欲求を抱えている兼盛の気持ちを受けとめられる人間は、彼の気持ちを知っておりなおかつ口が堅い忠以外にいない。一番の友人である彼が恋をしているのだから、少しくらいの惚気は聞いてあげるべきだろう。
さりげなく名前で呼ぶことができたことに得意げな兼盛を、忠は広い心で見つめた。
しかしそう決意をしたものの、兼盛の話は出会いと寄り道の出来事だけにおさまらなかった。
C組がグラウンドで体育をしていると、授業中盗み見しては後ろの席の忠に「麻耶が走る姿がかっこいい」と書いたルーズリーフを渡してくる。
休憩時間になれば意味もなくC組付近の廊下で忠を含む友人達と騒ぐ。
忘れ物もしていないのにC組の友人に教科書を借りに行き、ついでを装ってにやにや笑いながら麻耶にちょっかいをかけ、教室を出た後に「反応が素直すぎる。かわいい」と悶えながら忠の肩をバンバンと叩いてくる。
そうして麻耶が麻耶がと一日中語ってくるものだから、忠も麻耶を目で追うことが自然になっていた。
C組の体育があれば授業中窓の外を眺め、100メートル走を走り切った麻耶が嬉しそうに顔を輝かせてはしゃいでいる様子を見れば「タイムが縮まったのかな」と微笑ましく思った。
休憩時間廊下で兼盛達とふざけながら、廊下側の窓際の席にいるであろう麻耶から自分達の姿が見られているかもしれないと、なんとなくいつもより背筋をぴんと伸ばして姿勢を正していた。
C組の友人に借り物をする兼盛について行った時は、からかわれている麻耶を、彼女の友人の香奈と共に眺め「兼盛のしょうもないちょっかいに全力でのってくれてるな」「あの子ピュアだから」とぽつぽつと言葉を交わした。
足が速く、それを見込まれてソフト部では1番を任されていること。
小さな体の割に、お弁当の後にパンを頬張るくらいよく食べること。
甘いパンが好きで幸せそうに食べること。
負けず嫌いで努力家なところ、笑顔がかわいいこと。
数日もすれば、兼盛と同じくらい忠は彼女について詳しくなった。
だから、最近の彼女の様子がおかしいことに気がついた。
まず朝のコンビニで出会わなくなった。お昼はお弁当のみにしたようだ。
食べるスピードもゆっくりになったのか、昼休憩が終わる直前にC組を覗いてみると、窓際に座っている麻耶がその時間になってやっとお弁当箱を片付けていた。
それだけではなく活発な性格のはずなのにぼーっと物思いに耽っていたり、顔を赤らめたかと思えば憂鬱そうにため息をついている。
一体何に悩んでいるのだろう。
暗い顔の麻耶を思い出しながら、忠は目の前のプリントにぐるぐると渦巻の落書きをした。
放課後、いつもなら部活に参加しているはずの忠は、委員会の会議に出席していた。
クラス全員何かしらの役割を担わなければならない方針のため、サッカー部である忠も委員会に所属しているのだ。
枠が限られた委員会に所属できなかった生徒は、各教科の係に任命される。しかし係は各教科のプリント配布等の雑用が任されるため意外と忙しい。そのため、活動回数の少ない委員会の方が人気である。
倍率の高い、また活動回数も一ヶ月に一回と少ない委員会の席を勝ち取った忠は運がいい。
とはいえ、他の部活のメンバーが練習に励んでいる中一人参加できないのは、やはり気落ちしてしまう。
教室の外から運動部の走り込みの掛け声や、管弦楽部の演奏が漏れ聞こえてきて、忠は羨ましくなった。
早く終わらないかと、もう何度目かになる思いを抱えて壁にかかった時計をじっと見つめた。
3学年全員が集まって一クラス毎に活動報告をしているため、当分終わりそうにない。この調子では、今日は部活に参加できず自主練のみになりそうだ。
彼女最近元気ないけど、部活の後の自主練はしてるのかな。
自主練が終わるころに何に悩んでいるのか、聞いてみようか。
そんな考えが一瞬過ったが、向こうにしてみれば「兼盛と一緒にいる友人」としか認識していない人間にそんなことを聞かれても困るだろうと、すぐに考えを打ち消した。大体、相談ならいつも彼女と一緒にいる香奈にしているだろう。
彼女の悩みを少しでも軽くできればいいと思う反面、忠ができることはなさそうだ。
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