第42話 鍬、復活する

 物事には、タイミングの良し悪しというものがあります。

 えぇ、まぁ、悪いことは重なるみたいなもんです。例える必要もなく僕は父の往生、王族からの排斥、島への流刑執行、そこで嵐(先日とんでもない事実が判明しましたが)に遭い、そして流れ着いた島ではドラゴンと遭遇するという、見ようによっては不幸の連続とも言える数日を過ごしている訳です。いや、僕としては少し厳しいなぁと思ってるだけなんですけど。ただ我ながら一般の人が経験する一生分のハプニングをこの数日でやらかしてる気がします。……王族ですので一生分の楽も既に演じた気がしますが。

 ですがしかし、最初に「良し悪し」と語ったように「タイミングが良い」ってことも往々にしてあります。より汎用的に用いられる言い方としては「良いタイミングで」といった具合でしょうか。そしてそれが自分の働きを向上させるものであれば尚のこと嬉しい訳でして。


「だから薪が少なくなっていたのがちょうど良かった、と?」

「まさに良いタイミングだったわけだよ」

「はぁ」


 僕はこうして、薪割りに勤しんでいるわけでした。

 ではここはアドルフさんの経営するくまのケーキ、じゃねぇやパン屋さんなのか。否、断じて否です。僕は休日、そしてここは山の上の我が家。

 そんな状況で、僕は切株に座りこちらを眺めるベルを前に薪を割っています。軽く突き刺し、振り上げ、重さに任せて落とす。ぱっかーん、てな具合です。いやぁ我ながら手慣れたもの。


「……どうよ」

「どうよ、と申されましても」

「建国の神祖とか戦闘得意だった四兄さんとか彷彿としない?」

「えぇ……さすがに自惚れが過ぎるのでは」

「新しいスキルを得たのだから自惚れくらい許されたい」

「私は最初から持っているスキルですので私にドヤ顔されましても」

「それは……だってベル獣人じゃん……」

「そういうの人種差別って言うんですよ。そんな様子では王族は務まりませんよ」

「務まるも何も既に資格がないんですよ」

「自虐ネタがお上手なことで」

「他人事だと思いやがって……」

「他人事ですからね」

「違いない」


 安寧の日々、揃っての休日ということで雑談もいつも通りの絶好調です。

 僕がアドルフさんのパン屋さんに、そしてベルがマリアさんの酒場に就職が決まってから数日、僕らはそれなりに上手くやっていたりいなかったりするのですが、しかしまだ越して来たばかりで家のこともままなってない――というか理想は完全自給自足です――ので、こうして休日も割と多めなのでした。


「しかしルアン様が自ら斧を揮うとは」

「意外?」

「意外というか、いえ、私がやっても構わないことなので」

「うーん。そうなんだけど」


 僕は幾度となく斧を振り下ろし薪を量産しながら中空を見つめます。


「水回りとか僕には出来ないし、というかそれに限らずベルに頼り切りだし……せめて出来ることはやりたくて。ほら、もう従者と主人ではない……わけだし?」

「ルアン様……」


 最後は疑問形ですが。実際僕らは姉弟同然に育ったとはいえ、それは従者と主人という関係の上で常に一緒にいたからであり、それが生まれてこの方当然のことだったので、僕としてはこの関係性ではなくなったときベルとどう向き合えばいいのか分からないかもしれないというのが正直なところなんですけど、それはともかく。

 ベルはそんな僕の言葉を受けて、一瞬呆けるとクスリと笑って、


「まるで初めて細剣を学んだ時を思い出しますね」

「あれ? 今の割と感動するところじゃない?」

「? ……どこにそんな要素が?」

「ほら、僕の成長が垣間見えて……とかさ」

「いえ、垣間見えたのは覚えたばかりの単語を連呼する幼児のような拙さでしたが」

「おかしいな……ちゃんと話聞いてた?」

「えぇ、人族より高性能の聴覚を搭載しておりますので」

「そういうの人種差別って言うんだよ」

「そうでしたか、これは失言」


 個人的には良いこと言ってやったぜ、くらいのドヤ顔と共に感傷に浸り、感動するベルを脇目に更に薪割りに精を出す予定だったのですが、生憎そうとはいきませんでした。これでは斧の切れ味も鈍るというものです。まぁ重さで斬ってるので切れ味が多少落ちる分には構わないのですけれど。

 そろそろ薪も随分と出来上がって区切ろうかというタイミングで、それこそ良いタイミングでこちらに駆けてくる影を僕の視界に捉えます。黒くて長い髪は風に揺れると実に風雅というか、爽やかな感じでして、そんな可愛らしい存在が僕に向かって駆けてくるのですから声を掛けるのもやぶさかではありません。


「やぁハアト、おかえり」

「んーーっ! ただいま、ルアンさま!」


 もう彼女から出会って幾度となく「ただいま」と「おかえり」は繰り返しているので歓声と共にドラゴン化! はしなくなりましたが、それでも嬉しそうに目をぎゅっとして頬を染める姿などはとても風情があります。

 ハアト。黒いドラゴンにして一応僕の奥さんな訳ですが、あの僕が溺死しかけた一件以来数日は音沙汰がなかったのですが、また今日唐突に現れました。先日のことはケロッと忘れているようです。……やっぱドラゴンわかんねぇな。


「ちなみにいまなんのはなししてたの?」

「人種差別はダメだよねって話。ハアトもそう思うよね?」

「わかんない!」

「だろうね」


 相変わらず難しい話や面倒な話は通じません。真面目な話も出来るか分からないので先日の一件に触れようもありません。……事実、僕自身もあの日巣で起こった色々に関してまだ若干怖いところがありますので触れようもないんですけれども。


「ところでハアトはもう草燃やし終わった感じ?」

「さよう」

「厳めしい返答だ」


 今朝僕らの家に颯爽登場したドラゴンさん、僕らがやっとむしり終わった畑の雑草に興味を示したので譲渡したのでした。何をするやらと思いきや燃やし始めたんですけど。


「魔法の練習とかになるんだっけ」

「ううん、いまさられんしゅうするほどへたじゃないよ」

「大した自信ですね……」

「ドラゴンゆえにね」

「そのドヤ顔の意味は分かんないけど。……じゃあ何で燃やしてたわけ?」

「ものがいみもなくもえるさま、けっこうおもしろいよ」

「危険思想だ……」


 やがて僕らに火を点ける(物理)ことにならないのを祈るばかりです。いえ、火気を自在に操れるドラゴンにとっては普通の精神状態なのでしょうか。


「もう、草ない?」

「残念だけどさっきので最後」

「ベルにきいてない」

「可愛げのないトカゲめ」

「まぁまぁ」


 さっきまで雑草をまとめた山があった辺りを探すハアトにベルが教えるのですが鋭い一言が返ってきます。何故こうも二人は攻撃的なんですかね。こうなると犬とトカゲの相性が悪いとかしか理由が思いつきません。

 もちろん女性陣二人の間でそれ以上の会話が成立するわけでもなく、遊び道具を見失ったハアトは僕をつまらなさそうに見上げます。


「ひま」

「言葉を選べよ……」

「てあき? てすき?」

「そういうことじゃない」


 このドラゴン、意外と語彙力があります。

 個人的には嫌いじゃないタイプの言葉遊びなのでこのまま続けても良かったのですが、後ろからかかとを蹴飛ばされます。振り返ればベルがきつく睨んでいて、それで僕もあまりハアトをここに長居させても面倒なことを思い出します。


「ハアト、実は僕らこれから用事があって」

「ハアトはようじないよ?」

「僕らにはあるんだよ。だからハアトは今日は巣に戻ってもらいたくて……良いかな?」

「にんげんのかってじゃない?」

「確かにそうなんだけど」


 さすがに「はいそうですか」とはいかないようです。いえ、ドラゴンは僕らより賢いらしいですし、これまで話してきた中でハアトが物分かりが悪いとは思えないのですが、その、如何せんこの子は物分かり以前に会話が成立してないこともあるので、どうなるかわかりません。僕としてはここに居座るのもドラゴンの勝手じゃないか、という感じなんですけど言える訳もなく。

 僕としてはもう折れて「じゃあ仕方ないかぁ」とハアト共存の道を探りたいのですが、後ろのベルがそうさせてくれません。前方の竜、後方の犬。これだから中間管理職は嫌なんです。もうこうなっては僕も切札を出すしかないわけで。


「じゃあ近いうちにハアトの巣で一泊する! ……これでどう?」

「いっぱく……いっしょにねる!?」

「そういうこと!」

「しょや!?」

「それはわからないけど!」


 後ろにベルがいる手前その疑問に首は縦に触れません。何故か僕の足元にあったはずの斧が見当たらないので尚更。

 しかしこの「夜を共にする」というのはハアトの中で『人間の夫婦らしい』ポイントが高かったらしく。


「――――ッッ!」


 咆哮と共に飛び上がるまでしました。いきなり変身から空に舞い上がるもんですから薪は飛ぶは僕もベルも吹っ飛ばされるは散々です。その場で変身だったら納屋建て直し待ったなしだったのでまぁ、そう言う意味では損傷軽微ですけど。


「じゃあこんどむかえにくる! それまでしなないでね!」

「頑張ります」

「じゃ!」


 一瞬にして巻き上げられた薪(激ウマギャグ)が落ちてくるので必死で避けつつ土汚れた僕らを彼女は颯爽と見下ろし、実に簡潔で爽やかな挨拶と共に飛び去っていきました。


「……相変わらず嵐みたいな子……」

「飼い主のしつけがなってないんでしょうね」

「一応僕とハアト婚約してるんだからさぁ」

「私はまだ認めた覚えはありませんが」

「マジで……?」


 僕らは土を払い、畑(予定地)に散乱した薪を集めます。


「むしろ私の心配としては今の一部始終を見られていないか、ということです。あのドラゴン、態度がデカいので」

「今心配すべきは態度より体格だと思うけど……まぁそうだね」


 これに関しては祈るしかありません。

 というのも、僕らの言っていた『用事』とは来客なのでした。そろそろ来てもおかしくない時間帯なのですが、だからこそ山の上で天に躍り出るドラゴンなんて目立って仕方がないものを目撃されている可能性もあるんです。まぁ、来客だからこそハアトを帰す必要もあった訳ですが(思い出される先日の件)。


 僕らが戦々恐々としながら待っていると、しばらくもしない内に人影が表に見えます。男の人が二人。向こうもこちらに気付いたようで、苦笑いと共に挨拶してくれます。


「よぉルン坊! ベル嬢さんも!」

「いやいやいや、さすがに……思ってたより遠いです」

「牧師さんよぉ、しっかりしてくれや」

「私は君ほどアクティブではないですから……勘弁してほしい」


 現れたのは相変わらず好印象の塊みたいな爽やかさで農具の入った籠を背負ったジョーくんと、対比されるように完全に肩で息をしている牧師さんでした。客人ですので僕が前に出ます。


「すみません、こんなとこまで。……まさかジョーくんも来るとは」

「私だけでは心もとないでしょうから」

「師匠に言ったら『今日ここにおめぇの仕事はねぇ』って言われちまったよ、かはは」

「ははは、あのお爺さんは相変わらずだ」


 上りがきつかったようで、神父さんの笑い声が薄いですがまぁそれはそれ。お二人には外の作業のために来てもらったので申し訳ないですが家には入れず外の切株で休んでもらいます。足りない分は家の中から工面いたしまして、外に四人席の完成です。


「おやおやおや、これはありがたい。体力がなくてね……」


 牧師さんは相変わらずの糸目をなんだか頼りなげに歪ませて腰を下ろします。


「いえいえ、お暇な牧師さんのためなら」

「おやおや? 毒がありますよ?」

「まさか牧師さんにわざわざ農作業に来ていただけるとは思ってなかったので、お暇なのかなと……」


 そう、今回わざわざ来ていただいたのに僕らは牧師さんに礼拝してもらうでもなく、ただ農作業の手伝いをお願いしたのでした。いえ、お願いしたのはベルなので、彼女が澄ました笑顔で語ります。


「マリアさんが、『その日なら多分暇』とのことでしたので」

「この二人もう仲が良いんですよ、全く参ります」


 どうやらベルは職場で上手くやっているようで。

 そしてそのままベルと牧師さんがマリアさんの話題で盛り上がり始めたので、僕は意図せず来たジョーくんに声を掛けます。


「ジョーくんまで……世話になってばっかりだね」

「いいってこよぉ。友達、だろ?」

「うん、そうだね。ここまで来るのは大丈夫だった?」

「当ったり前よ、牧師さんと違って俺は来慣れてっから」

「頼もしい限りだね」


 よし、さりげなくここまでの様子が『いつもと変わらない』ものだったことを聞き出せました。つまりハアトは目撃されてないことになります。よし!


「あぁ、そう言えば」

「んっ!?」


 ……と思ったのですが、何かを思い出すジョーくん。タイミングがタイミングなだけに、僕は硬直して緊張するのですが、彼は自身の背にした籠を下すと、中から一本の農具を取り出しました。


「明日ルン坊の家で農作業だ、って師匠に言ったら『ちょうど良い』って言ってたぜ、へへ」


 そう言って差し出された農具に、僕は見覚えがありました。いいえ、ないとは言えません。何せ、そう何せ、僕が一撃で粉砕したものですから。


「もう出来上がったんだ……」

「おうとも! 師匠の仕事は速いんだぜ。ほら、握ってみろよ」


 男らしく差し出したジョーくんの手から、僕はその農具を受け取ります。なるほど、握ったのは一回だけでしたがなんとなくあの頃と同じ手触り――いや、それ以上に握りやすくなってる気がします。さっきまで斧を握っていたので軽いです。


「でもまぁ、師匠も言ってたけど……こういうのを、『タイミングが良い』って言うんだろうな!」

「本当だよ……」


 これから行うのは畑の耕し。

 そんな絶好のタイミングで、鍛冶屋のガスパールさんによって蘇った農具、僕が一振りでぶっ壊したあのくわが完全に修復されて戻ってきたのでした。もうどこからどう見ても鍬です。二度と、「くわだかすきだからわからない」とは言わせないような輝きすら感じられるのでした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る