第39話 無能、自分を売る

 人間は何かしら能力を持って生まれてくると言います。要するに『誰しも生まれた理由がある』とかそういう思想に連なる言説です。

 それが事実かどうかは定かではないですし、大抵の人は確かめる術もないでしょう。自分で自信があると思っている技能でも世の中には完全上位互換みたいなのがゴロゴロしてますから。そりゃアイデンティティも見失うってもんです。建国の使命を帯びてるとか奇跡を操って人類救済とか唯一無二で非常に分かりやすい能力があればみんな苦労しないんですが、そんなことになっていたら既に僕らは苦しみから逃れられていることでしょう。宗教には学が浅いので適当なこと言ってますけど。


 例に漏れず僕も生憎額に雷の傷とか胸に七つの傷とかありませんので、我ながら「喋りの達者さかな」くらいに思っていたのですが。


「どうするぅ? 解雇していいかなぁ」

「僕に聞かれましても」


 生憎その能力は現状では全く何の役にも立たなさそうでした。

 働くことになって意気揚々と(?)斡旋された職場である村のパン屋さんに来たのはいいものの、出来る仕事がないというまさかの状況に陥っているのでした。これには僕もアドルフさんも困惑です。……いや、冷静に考えればアドルフさんが困惑している意味が分からないのですが。


「アドルフさん雇うに当たって僕がどういう人間が聞いてなかったんですか……?」

「なんでもそつなくこなせそうな子だってカルロスは」

「あの人は……!」


 馬鹿でかい声で大笑いする漁師の姿が目に浮かびます。あの人、実際頼りになりますし漁師としては優秀なんでしょうが門外漢のことになるとかなり適当な節があります。それも男らしいと言えばそうなのかもしれませんが。

 しかしこうなってしまったものは仕方がないので。


「仕事……出来る仕事かぁ……」


 アドルフさんも何か考えているようなので僕の方でも必死に頭を回してみます。ここに来て手に職のなさが浮き彫りになってきました。というかそもそもこの職場で出来ることはあるんでしょうか。……ないのでは? ……ないなら、ここで働く必要はないのでは?


「……これだ……!」


 閃きます。その閃きの先では朝にベルによって封じ込められたはずの僕の内なる魔物――『出不精』とか『自宅警備兵』みたいな異名を持つであろう働きたくない意欲がたくましく立ち上がっていました。

 僕が一度こういう思考に陥ってしまえば後は転がり落ちるだけです。人間は楽がしたいもの、怠惰でありたいもの。仕事なんてやりたいヤツだけがやってればいいんです。そうです、それこそ我が家にはベルという稼ぎ頭がいるではありませんか。外でのお仕事を彼女に任せて、僕は家にいればいいと思いませんか? どうやら巷には『主夫』なる概念もあるらしいですし、僕がそれをこなせばいいのです。そうすればハアトの問題も一挙に片付きます。なんて合理的!


「…………とはならないんですけどね」


 そこまで考えて、僕は肩を落とすしか出来ません。

 僕だけが無職で帰れば彼女に何を言われるかわかったものではないですし、カルロスさんや村長さんにも顔向けできませんし、主夫やるにしても僕には家事スキルすらありません。なんせ今まで介護同然の生活でしたので、主夫なんてやろう日には水汲みで溺死するか独居老人的に餓死するかがオチです。さすがにそれら全てを飲み込んで怠惰に走れる程僕は強靭な魂胆していませんでした。


「むーん……」

「何か名案ありますか店長」

「ないなぁ。まだ雇った気にもなってないもの」

「そんな殺生な」


 適当に茶化してみますがまだ僕は雇用されていないようです。「まだお前に店長と呼ばれる筋合いはない」とかそういうことでしょうか。つまり時間を稼いでも報酬は発生しないので真面目に考えようと思います。アドルフさんが時給制か歩合制か聞きそびれていますが、まぁそれは雇用が成立してからです。


「いくつか聞いてもいいかなぁ?」

「構いません。問答は得意ですので」

「君口が減らないねぇ」

「よく言われます」


 優しい口調で何気なく刺されたような気がしますがここはスルーする方向で。


「じゃあまず年齢を教えてくれる?」

「16歳です」

「じゃあパン食べる……とかは?」

「食べますねぇ」


 ただ厨房に突っ立って応答してるだけなんですが妙に緊張します。なんだこれ。パンくらいこのご時世誰でも食べると思うんですけど何を問われたんでしょうか僕は。

 このまま無為な問答が続くようであれば僕の方から軌道修正しようかと思ったのですが、それは必要なかったようで多少実のある質問が続きます。


「16ってことは流されるまでは何をしてたの? 仕事してなかった?」

「いや、仕事は……してたんですけども」


 急に口ごもってしまいます。いや、仕事はしてましたよ? 本当に。ただそれが生まれ持った職だっただけで。まさに生業、とか上手いこと言いたいんですがさすがに『以前は王子やってました』とか言うと波風が立ちそうなので避けたいところです。今のところ僕の素性を知っているのはカルロスさん、村長さん、牧師さんだけのようですし。

 なので答えも曖昧にならざるを得なくなるわけで。


「えっと……たくさんの人たちの前で長時間立ったり座ったり手を振ったりする仕事です」

「世の中には愉快な仕事もあるんだねぇ」

「中々ないと思いますけどね……」


 妙な誤魔化し方になってしまいました。


「でもパン屋にその経験は活きないかなぁ」

「僕もそう思います」

「じゃあ解雇かな……カルロスのとこなら受け入れてくれると思うよぉ?」

「海は嫌です、いや本当に」


 アドルフさんがとんでもないことを言い出すので咄嗟の勢いで首を振ってしまいます。別にカルロスさんが嫌いなわけではいのです。むしろカルロスさんと一緒に働くのだったら嬉しいくらいですが、その、職場がいけない。上下関係は最高なのに職場そのものが圧倒的に劣悪なので。

 アドルフさんもその辺を察してくれたのでしょう、


「あっ、そうだよねぇ。難破して来たんだっけ……トラウマだよねぇ」

「えぇ、トラウマです」


 同情してくれたので心の底から頷きます。島に来た時には気絶していたので、トラウマを植え付けられたのはつい先日のことですけれど。死にかけたのは一緒ですが。

 『流されやすい』とかいう意味不明な特性と『王子だった』という珍妙な経歴が生み出す難儀な状況に、その両方の事実を知らないながらもアドルフさんは頭を抱えます。


「って言われてもねぇ……厨房で出来ることはないし」

「……だったら、厨房以外で出来ることはないですか?」


 恐る恐る揚げ足を取るような感覚で若干申し訳なく思いつつも、不意にチャンスに思えたのでそう尋ねてみました。当然、アドルフさんは首を傾げます。


「厨房以外?」

「えぇ。雑用なら、僕が出来るんじゃないかと。掃除とか、おつかいとか……あとは、物を運ぶようなことであれば技能も要らないですし。……どうでしょうか?」


 アドルフさんの僕に放った『君何にも出来ないんだねぇ』とはつまり、パン作りに対すること。であればここが店として営業している以上、何らかの雑事は発生するはずです。窯を燃やすにも薪がいるでしょうし……とか、考えれば多少は僕が割り込む余地が見えました。

 アドルフさんもその考えには至っていなかったのか考え込みます。


「言ってて情けなくならない?」

「なりますけど」


 返って来たのは意外と辛辣な言葉でした。そんなことは重々承知です。大した仕事も出来ないのは僕にもわかっています。職人さんにはこの妥協が理解出来ないのかもしれませんが。


「だってパン屋で働くのにパンに関われないなんて……生き地獄だよぉ」

「なるほど、そういう」


 訂正します。さっきの辛辣さは同情から来るものらしかったです。いや僕はそこまでパン狂い――もとい、情熱的ではないので生き地獄とまでは思いません。将来パン職人になるつもりも今はありませんし。

 しかしそんなくまのパン屋さん(ケーキも取り扱う様子)のパン狂いを逆手に取れる、と僕は気付いて更に畳みかけます。いや、雇用してもらう側なので畳みかけるなんて攻撃的である必要はないんですが。


「いいですかアドルフさん。僕が雑事をするってことはアドルフさんがパンに向かい合う時間が増えるってことですよ? 最高じゃないですか?」

「!」


 堕ちた。僕がそうゲス顔で確信できるほどに露骨な反応を見せてくれました。アドルフさんは恐らく頭の中で何かをシミュレートしたのでしょう。みるみるうちに表情が明るくなっていって……


「最高を確認した……」

「でしょう?」


 恍惚たる表情に僕としては約束された勝利の握り拳です。

 そこまで来れば僕が何かをする必要はなく、アドルフさんの方から僕の肩をがっしと掴んできます。


「雇うよ! 少しでもパンと向き合いたいものぉ!」

「あ、ありがとうございます……」


 よほど嬉しかったと見えて、僕の体はそれなりに巨漢であるくまさんにがっくがっくと揺さぶられます。さながら首の座ってない赤子が如し。日頃から力仕事が多くて腕っぷしもそれなりにあると見えます。職場での態度は気を付けようと思いました。

 しかし僕としてもこれは安堵できる嬉しい展開です。無事に就職決定! 謎の花畑にいた父親と建国の祖も喜んでくれていることでしょう。


「いやぁ、ルアンくん本当に弁が立つねぇ。接客とかも任せちゃおうかなぁ」

「たぶん大丈夫です、人見知りはしない方です」

「だろうねぇ」


 我ながら早速調子に乗り太郎です。我が弁だけで(?)職を自ら勝ち取ってみせたのですからそりゃあ調子にも乗ります。やっぱり人は誰しも何かしら能力を持って生まれるものなんですね。


「ところで早速なんだけどぉ」

「本当に早速ですね」


 僕が調子に乗っている間に仕事がもう舞い込んできました。どうやらパンと向き合う時間が増えたのが相当嬉しかったようです。喜んでもらえたようで何よりです、僕も家に帰っても暇だったでしょうし。いや草むしりするんですけどね?


「裏に納屋があるんだけどぉ……付いてきて」


 そう言ってカウンターから外に出るアドルフさん。僕もそれに倣って続きます。一旦表から出て、水車のない方を回っていくと母家の真裏に納屋がありました。

 少し軋んだ扉を開けると薄暗く気持ち涼しく感じます。中でも一番近くには薪が数本積んであるのですが、アドルフさんはそれを指して苦笑います。


「ちょうど薪が足りなかったんだよぉ」

「なるほど、確かにこれじゃ少ないかもしれませんね」


 僕はパン窯を扱ったことはありませんが似たような火力の暖炉は知っています。それは暖炉ながら結構薪の消費が激しいイメージがあったので、その記憶と違わないのであれば確かにこの本数だと少ないかもしれません。


「つまり、僕の最初の仕事は薪の調達ですか?」

「鋭いなぁ」


 鋭いも何も、この流れで気付かなかったら馬鹿ではないかと思わなくもないですが、まぁ野暮は言いません。

 ……しかし。


「なるほど、薪か……」


 近衛兵に聞いた話ですが、新入りは薪割りを延々とやらされるくらいらしいので、簡単な作業だと思います。えぇ、何の技能もない僕にはまったくもってぴったりな仕事でしょう。

 ですが。

 えぇ、ですが。

 僕は城の中でその暖炉に当たりながらぬくぬくと暮らしていた王子様なわけで。

 何が言いたいかといいますと。


「…………薪割りかぁ……!」


 僕は薪の調達方法も知らないのでした。

 どうすればいいんでしょうか。取り敢えず察せられるのは、木をどうにかするってことくらいです。

 ……森に生えてないかな、薪。

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