第40話 元・王子、かいこんのいちげき!▼

 武器を全力で振り回したことはありますか?

 ないでしょうね。僕はあります(ロイヤリティ・マウント)。

 まぁマウントを取るような形にこそなりましたが、兵士だとか猟師だとか、或いは旅をする職業で自衛した経験があるとかでもない限り一般市民が全力で武器を執るなんて機会はそうないと思います。本土、つまり僕の生まれ育ったロイアウム王国はこの数十年平和そのものですし。……体制が大きく変わったので現在はどうか知りませんが。

 武器と言っても種別は様々あります。僕は先程は「振り回したことはありますか?」としているので、恐らく無意識的に近距離武器を想定していたのでしょうけど弓矢を始めとした遠距離武器だって立派に武器です。どちらにしろ、というか余計に一般の方々からは縁遠い気がしますが。

 僕はある、とさっき言いましたがそれは剣です。えぇ、ロイアウム王家直伝の剣術です。平和で軍を指揮することもない今では半分習い事でしたが、変な話、本気を出せば丸腰の大人一人を相手取れるくらいの自信はあります。そりゃあもうめちゃくちゃしごかれましたから。


 そういった意味では僕はこのイルエルで一、二を争うくらいに武器の扱いが上手いと言えるでしょう。そのはずです。……ですが。


「……薪、薪か…………!」


 薪の割り方が分かりませんでした。

 いや言い訳させてください。だって僕最初から割れてる薪しか見たことないんですよ。いや、触ったことだって一度か二度です。だって王子さまだったんですもの! ……いやわかってます。えぇ、わかってますとも。この足掻きが「畑にパンはならないの?」と言ってる鼻水垂らした子供と大差ないことは。よく考えたらイルエルには銛を使うであろうカルロスさんたちちや鍛冶職人のガスパールさんがいるわけですから一番武器を扱えるわけでもないかもしれないと思うと、我ながら情けなくなってきました。


「……思い出そう、うん」


 僕は隣で納屋の中を一緒に覗いているアドルフさんに聞こえないように呟いて思考を巡らします。

 近衛兵が最初の方の訓練で用いるということは少なくとも何か刃物で叩き割るんでしょう。薪割りというくらいですし。となると僕が扱い慣れてるのは細剣なのですが……生憎暗がりの納屋の中には細剣は見えません。となるとお手上げです。

 お手上げと分かれば僕はもう拘泥しません。なぁに、プライドなんてものは既にパン屋の厨房で製粉されてしまったのであとは大人しくこの納屋の主人に尋ねるだけです。


「アドルフさん」

「なにかなルサンくん?」

「ルアンです」

「あはは、ごめんねぇ」


 何故突然名前を忘れられたのでしょうか。そんなに僕の名前ってインパクトないでしょうか。いえ、本土だったら分からないでもないですが。僕ら王族にあやかって同じ名前付けるとか多いみたいですし。

 それはそうとして。


「一つ残念なお知らせをしてもいいでしょうか」

「えっ、どうしたの?」

「……不肖ルアン・シクサ・ナシオン、薪の調達方法がわかりません」

「……正気ぃ?」

「割と」


 僕もこうやって俗世に出るまでは「いやいや、このルアン・シクサ・ナシオンが世間知らず? 馬鹿を申すな」くらいの意気込みではあったのですがいざ流されてみると自分の世間知らず加減に驚くと言うか情けなくなるというか。悲しいです。


「ルナンくん本当に何も出来ないねぇ」

「ルアンです。何も出来ないのは虚しいほど事実ですが」

「今までどうやって暮らして来たの?」

「……何でも面倒を見てくれる姉が……」


 従者云々を言うと余計に話がややこしくなるのでここは一番近い親族でなんとか誤魔化します。スキルのなさは誤魔化せませんけど。


「そんなんじゃあお嫁さん貰えないよぉ」

「あっはっはっは。違いありませんね」


 お嫁さんいるんですけどね。人間じゃないからどうやらそういうところは無頓着だったようです。なお今は若干疎遠の模様。気になりはしますけど、今はお仕事中です。


「という訳なのでご指南いただきたく」

「まぁパン作り教えるよりは簡単だよねぇ」

「申し訳なさがすごいです」

「ほんとだよねぇ」


 逆に否定しない辺りがアドルフさんの清々しさというか、言うことは言ってくれるのは少し強めに現実を見ることにはなりますけど嫌いではないです。むしろ上司としては当たりの類なのではないでしょうか。やっぱりイルエル良い人多い。

 アドルフさんの指示に従って僕は納屋の中にあるものを取り出します。額に汗浮かべる暇もないくらいの間で薪割りセットらしいものが揃います。傷だらけの切株のようなものが一つ、十数本ある木材、そして……斧でした。


「斧かぁ」

「斧だよぉ」


 語尾が似た感じになってしまいました。

 剣ならまだ扱えたかもしれないのですが、なるほど斧は振ったことがありません。素早さは劣るけど攻撃力は高い、みたいなイメージありますよね。たまに会心、みたいな。思い返せば近衛兵は剣か弓か槍だったので、斧はなかなか見る機会もなく身近な武器ではないです。……ここにある斧は武器ではなくて農具でしょうけど。

 しかし意外な点があったのも事実です。僕は木材を指しながら尋ねてみます。


「もしかしてこれを斧で真っ二つにする?」

「二つだと入らないから四つかなぁ」

「真っ四つにします?」

「初めて聞いたなぁ。何て発音したの?」

「さぁ……?」


 言葉遊びみたいなものなので我ながら何と発音したかは既に不明です。何て読むんでしょうね、「真っ四つ」。促音が連続する辺り難易度高めでしょうか。


「てっきり僕は木を切り倒すところかと」

「薪が足りなくなる度に木を切り倒してたらきりがなくない? 結構時間かかるよぉ一本倒すのでも」

「……なるほど確かに」


 うーん、これでは考え無しの烙印を押されてしまいそうです。ただ僕の中では木は尻尾一振りでいくつも倒れるような気がしてるので更に駄目です。せめて人間らしい社会感覚を失う訳にはいきません、少なくとも働く上では。


「そしてその様子だと斧振ったことないよねぇシアンくん」

「申し訳ないことに振ったこともないですし空色でもないです」


 試案と思案は得意技の一つですけど。


「……その様子だとアドルフさんは?」

「これ僕の斧なんだよねぇ。振ったことないと思う?」


 斧を取りながらにっこりと微笑まれてしまいました。僕としては微笑み返すしか出来ません。どう見ても選択肢を間違えれば僕が真っ先に薪になりかねない雰囲気があります。良い上司で基本的にとっても優しい熊さんなんですがちょいちょい怖い瞬間があります。あと名前を間違えるのも欠点。


「ではそんな愚鈍な君にお手本を見せてあげよう」

「よろしくお願いします」


 もうここまで何も出来ないと愚鈍と言われても反論の余地が微塵もありません。垂れた頭に斧が振り下ろされないことを祈るばかりです。


「まずはこうやって丸太を切株の上に立てて」


 僕に少し下がっておくように言った後、アドルフさんは言う通りに丸太を立て、その頭に軽く斧を突き立てました。上手い具合に突き立ったらしく、斧を振り上げれば丸太も一緒に付いて来ます。


「あとは、よっと!」


 アドルフさんの一声と共に丸太を切っ先に伴った斧は再度上段から切株へと叩き下ろされます。するとまぁ、響く乾いた音と共に丸太は真っ二つになって切株の近くに転がることとなりました。切株にはぶっ刺さった斧の姿。


「お見事!」

「嬉しいけど君の仕事だからねぇ? ちゃんと見てた?」

「刮目していましたとも」


 素直に尊敬できる出来だったので歓声を上げたのですがどうやらそれは必要なかったようです。下々の民は我々ほど賞賛を浴び慣れていないと思っていたのですが。……ごめんなさい、当然冗談です。まぁこの程度褒められることでもないとかそういうことなのでしょう。ちなみに王族もそんなに褒められる機会はありません。世知辛いのじゃー。


「では失礼して……よっと!」


 意図せずしてアドルフさんと掛け声が完全に被ってしまいましたが、生憎僕は早速斧を振り下ろし必殺の一撃としたわけではなく切株から斧を引き抜いたその勢いに思わずふらついて出た一言でした。僕自身としてはさながらロイアウム建国神話の序章、国造りの聖剣を岩山から引き抜いた神祖が如し! くらいの威光に溢れた動作のつもりだったのですがどうやら滅茶苦茶情けない絵面だったようで。


「……斧に振り回されてない?」

「はっはっは。まさかぁ!」


 心配される始末です。ですが、えぇですが、僕は元・ロイアウム王国第六王子ルアン・シクサ・ナシオン。王室剣術を収め、護身程度の戦闘なら叩き込まれています。身についているかどうかには言及しないとして、それでも刃物の扱いには慣れているはず。やり方はさっき見たので間違えようもありません。であればもう成功したも同然ではありませんか!

 僕は完全に自信と誇りを取り戻し、いつか見た彫刻の蛮族が如く肩に斧を担ぎ――うわっ予想以上に重いなこれ……肩もげそう――見守るアドルフさんにサムズアップしてみせます。


「大丈夫ですアドルフさん。実は僕、こう見えて剣術には覚えがあります」

「薪割りの方法も知らないのに?」

「世の中には奇妙な来歴の人間もいるってことで」

「そもそもそれ斧だけど?」

「似たようなものじゃないですか。掲げて、振り下ろす。単純ですよ」


 まぁ僕が習っていた剣は細剣だったので突きといなしが基本だったのですが、たぶん大丈夫でしょう。余裕です。

 さぁ、では実力を見せようではありませんか。僕はそろそろ本気で痛くなりそうな肩から斧を下し、まずアドルフさんが真っ二つにした木材の一つを拾い上げ切株に乗せます。


「ふーっ……!」


 精神統一と共に足を肩幅に開き体も大きく開いて斜め方向を睨みながら水平に斧を構えます。若い近衛兵の一人にこれは古く東方に伝わる勇者の構えなのだと聞きました。体に鋼鉄のような力が湧いてくる気がします。さながら今の僕は黒鉄の城です。

 半円状になったその中心辺りに斧を軽く叩きます。さくっ、てな具合に斧の切っ先は突き刺さります。……若干浅い気がしないでもないですが大丈夫でしょう。用は力技です。


「ではご照覧あれ!」

「早くしなよぉ」


 無粋な野次(なお上司)が聞こえたような気がしますが気にしません。こういうのは気持ちが大事なんです、たぶん。

 僕はぐっと斧を振り上げます。ぐらりと傾く我が重心。大上段に構えて分かりましたが斧意外と重いんですね!? 細剣とは大違いだ! ともかくこのまま後ろによろけることだけは避けねば、そう感じた僕は一撃必殺さながらの雄叫びと共に全力で振り下ろしました。


「ぃいやーッ!」


 なんたることか! 振り下ろされた斧は稲妻が如く切株に突き刺さり哀れ丸太は一刀両断! さよなら! ……ってな具合になると思っていたのですが。

 思って、いたのですが。

 なんということでしょう。

 斧は突き刺さっていました。

 切株に? 

 いいえ。届かなかったのです。

 届かなかったからこそ、突き刺さったままだったのです。


「…………うっそだろ僕」


 全身から力が抜けた僕の目の前には、丸太を半分まで切り裂いたところで完全に静止してしまった斧の姿がありました。


 先程までの精神統一やご照覧のくだり、そしてショッキングな威勢がなんだったのかと思うほどの静寂がパン屋の裏側に降りていました。小鳥のさえずりが聞き分けられるレベルで静かです。


「………………」

「ルアンくん」

「……なんでしょうか」

「何に覚えがあったんだっけ」

「…………自分の無能さですかね」


 ルアン・シクサ・ナシオン、あまりの情けなさにその場に崩れ落ちてしまいます。まさか、いやまさか。ここまで自分が非力だったとは。

 もちろん国では近くに実力一つで兵卒から成り上がった将軍や武芸はピカイチだった四兄さん(第四王子のことです)とか、こちらに来てもベルやらハアトやらカルロスさんやら僕より力が強い人は大勢いましたので奢り高ぶっていたつもりはありませんでした。でも、非力だとも思ってなかったので。


「「えぇ…………?」」


 改めて現実を目前にしたタイミングが一緒だったのか困惑の声が二人分重なります。そしてアドルフさんが僕の失敗した一撃を検分し始めて余計に羞恥がこみ上げてきます。えぇ、先程までの自信と誇りは丸太の代わりに粉々になりました。無理矢理ポジティブに捉えるなら、そう、僕が建国の祖だったらこの失敗でロイアウム王国建国にも至らないことが決定してしまったので神祖じゃなくて本当に良かった、くらいでしょうか。……いや何の慰めにもなりませんけど。


「うぇぇ……嘘だろ僕……」


 もうあまりのショックというか落差に膝を抱えて落ち込んでしまう始末です。本当に悲しい。パン作りも出来なければ薪すら割れないとは自己肯定感にすら響いてきます。


 ルアン・シクサ・ナシオン、就職一日目。

 流刑執行からは幾ばくか。


「……国に帰りたい…………」


 イルエルに流れ着いてから初めて城の生活が恋しくなりました。

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