第37話 無職の少年、働くしかなくなる

 仕事なんてしなくてもいいなら誰だってしませんよ。

 ……すみません、のっけから厭世的なことを申してしまいました。俗世的ではない自覚こそはありますが厭世的になった覚えはありませんので、謝罪しましょう。厭世的な生活してますけど。さながら隠者か仙人か。生活的には『ドラゴンの守護者』とか名乗っても良さそうですよね。闇属性な感じと魔法使い族的な感じがします。魔法使うのはもっぱらドラゴンの方ですが。


 逸れまくる話を戻しましょう。

 仕事です。就労です。勤務です。生業です。何と言おうと構わないんですが、太古から存在する制度、それが仕事です。生きるためにはやるしかありません。もちろん仕事しないでもいい日はあるんですが、貨幣制度を人類が導入してからはそうとも言ってられない感じもあります。このままでは数百年後には『働き過ぎて死ぬ』とか矛盾の塊みたいな社会問題が起こるんじゃないかと僕は睨んでいます。


 ともかく。


「は、働きたくないでござる……」

「殴りますよ」


 僕は働きたくないのでした。

 起きたら目の前に美少女――ではなく筋肉モリモリマッチョマンの漁師さんがいるという英雄譚もびっくりな朝を迎えた僕は、取り敢えずカルロスさんをお待たせしてベルと二人でこれからについて話しているのでした。

 ちなみに件のカルロスさんは「酒飲んで待ってらァ!」とのことなので話し合い終わり次第酒場です。


「世の中に好き好んで働く人がいるかな」

「いないこともないと思いますが」


 いつも通り居間の机に向かい合って座りながらそんなマイナスな言葉を口から紡ぐことに専念します。


「例えば物語を紡ぐ詩人は好きで働く者も多いと聞きます」

「絶対奇人変人しかいないでしょその人種」

「ルアン様、差別的な発言は控えた方がよろしいかと」

「もう王族じゃないから良くない?」

「マナー的によくありません」

「マナーでパンが焼けたら苦労しないよね」

「ルアン様」

「ごめんなさい」


 もちろん僕らは主人と従者という関係ですから基本的にベルは僕より下手したてに出るのですがあまり調子に乗っているとこのようにすねを獣人パワーで蹴っ飛ばされるのでやめておくのをおすすめします。でも物語は好きですが、それを紡ぐという仕事を好きでやる人なんて奇人変人に決まっています。もう言いませんけど。


「いいかなベル、そもそも僕は働くのに向いてないと思うんだ」

「はぁ?」


 もう上下関係もへったくれもありません。あるとしても主従関係ではなく姉と弟の歴然とした力量差です。意見はあるものの非常に折れやすい僕(さしずめ小枝)はこの時点で次に「働け」と言われれば首を縦に振る準備もあるくらいだったのですが、我が姉(大樹)は理不尽ではないらしく、理由を聞いてくれました。


「そこまで言うのでしたらさぞ大層な理由がおありなんでしょう」

「たっ、大層と言えば大層……」

「お聞かせ願いましょうか」


 理不尽ではありませんが高圧的です。もちろん流されて情けなく理由を垂れます。


「僕の場合は生まれが仕事な訳だよ。王族として生まれたから王子、果てに王にはなれなかったとしても政界で」

「全て終わったことでございますが」

「返す言葉もないね」

「あるなら知りたいものです」


 しかもその政界の王位争奪選手権に不戦敗したのですから余計に何も言い返せません。そもそも開催されたかも怪しいし、この選手権。ほぼ出来レースです。ロイアウム王家の裏話。


「でもさ」

「まだございますか」


 ございますとも。働かなくて済むならそれが良いのです。怠惰と安寧に流されて生きていたい。


「そういう意味で僕は生まれながらに仕事をしていると言えない? 副業する必要なくない?」

「本業廃業してらっしゃいますけど?」

「そうだね」

「あとその理論で言えば私も生まれながらにルアン様の従者ですので働かなくていいことになりますが」

「じゃあ働かなくていいじゃん? いってぇ」


 最後のはもう一度脛を蹴っ飛ばされた僕の悲鳴です。この犬の獣人、寸分狂わず同じ場所を蹴りやがりましたよ。お陰で蓄積ダメージも何割増しです。このままだと部位破壊されてしまう。

 痺れを切らしたのか、或いはとどめを刺しにきたかベルが一つ大きなため息を吐くとドスを利かせた低めの冷静な声で――つまりいつも通りの口調で、僕を諭しにかかります。


「幸い貨幣制度がこのイルエルにはありませんので、必要以上に働くことはないでしょう。畑が完成して小麦が出来ればそれだけで生きていくことも可能かもしれません」

「やったじゃん」

「聞いて」

「ウィッス」


 茶々を入れる場面ではなかったようです。ベル相手だと随分自由に会話できるので僕は楽しいんですけど、彼女はそうでもないのかもしれません。


「ですがそれまでは少なくとも働いて何らかの対価を得なければいけません。収入です。我々に今、全く収入源がない以上その発生源は労働以外にありません。わかりましたね、では働きましょう」

「わかりましたよ、うん」


 まぁ働きたくないってことは何故働かなきゃいけないかを理解しているのと同義ですから最初から分かってはいたんですけど。気持ちの問題と言いますか。


「わかったけど」

「まだ何か?」

「いや、これは真面目な話」


 こんな言い方をすると今までのくだりが真面目じゃなかったみたいなことになりますけど、それは野暮ってものです。

 もう働くこと自体に異議がない僕でしたが、しかし働くにあたって心配なことはありました。


「ハアトはどうしよう? 今までは大概家に居たから対応できたけど、二人とも働きに出るとなると考えなきゃいけないのでは」


 我が家には就労の義務が発生しない人員がいます。いや、人じゃないけど。ドラゴンであるハアトは今まで通り働きなんてしないでしょうし、だからと言って放置も出来ません。先日の鍛冶屋さん帰りの事例もありますし。

 ……と僕は思っていたのですが。


「それはルアン様が考えることでしょう」

「そうだけども……殺生な」

「殺生も何も、私は直接的に関係はありませんし」

「本当にハアト嫌いだね……」


 獣人とドラゴン、いや犬とドラゴンって相性が悪いんでしょうか。それともベルとハアトの性格が奇跡的に合致しないのか。……正解はどちらも、な気がします。多分僕らが主従関係ではなく本当に姉弟関係であったなら縁を切れとまで言われていることでしょう。昔から身内以外には敵意剥き出しですし。相手はドラゴンとか未知の危険生物ですから尚更。


「じゃあ僕が考えるしかないか……」


 当然僕にも答えがないのでベルに助力を求めたので、現時点ではさっぱり策も案もありません。ただ人間は単純作業をしていると思考が回ると言いますし僕も多分例外ではないはずなので、それこそ働きながら考えようと思います。

 本人に相談するのが一番な気もしますが……今のハアトは、少し様子がおかしいので間を開けて。





 最初から出ている『働く』という結論を改めて導き出した僕らは内定の擬人化とも言えるカルロスさんの口から職場を聞くべく村へ下ります。

 もちろん下りる度に僕、そして格段にベルが人だかりを作ります。

 そしてその人だかりを早めに散らして村の中を川に落ちないように下りれば教会の隣で営業している酒場が見えてくるのでベル(我が従者ではない)を鳴らしながらドアをくぐります。


「あら~、いらっしゃい~」

「おォ、長話は終わったか坊主!」

「お待たせしました」


 夜は盛況なのか、しかし昼はそこまで盛り上がっていないようで酒場の中はカウンターにマリアさんが微笑んでいてその正面にカルロスさんが腰を下ろしているのでした。牧師さんの姿は見えません。


「まァ取り敢えず座れや」

「カルロスさんのお店じゃないでしょう」

「二人とも座って~」

「マリアもこう言ってんだからオレが先に言ったって構わないはずだ」


 結果論でしかないですがあんまり口答えしてると流木みたいに太い腕で首折られかねないので止めておきます。もちろんカルロスさんはそんなことしないでしょうけど、半裸スタイルだとあまりにも筋肉が目立つもので。筋肉量では僕の知る限りイルエル一番です。

 勧められるままにカウンターに腰を下ろしたのはいいものの僕らはお酒を飲みに来たわけではないので、早速ながら仕事の話をすることにしました。


「仕事が決まったって伺って来たんですけど」

「そうだったな、よし」


 カルロスさんはぐいっと酒を大きく煽って飲み干すと身振りを交えながら教えてくれます。


「オレやセドリック、ウィリアムで色々探した結果ちゃんと見つかったぜ。ちょうどイルエルにャァ手伝いがくるなら欲しいってとこはあったからなァ。良かったじゃねェか坊主」

「お陰様で」


 どうやら僕ら、人気物件だったようです。ちなみに補足しておくと僕の記憶だとセドリックが村長さん、ウィリアムが牧師さんです。カルロスさんも合わせてこの三人が村の上層メンバーなのでしょうか、逆らうのはやめておいた方が良さそうです。僕としてはそんなつもりは毛頭ありませんが妻がそうとは限らないので。


「まずは獣人の姉ちゃんだが」

「私ですか」

「姉ちゃんの職場はここだ」


 実に簡潔な通達。

 どうやらベルの職場はここ、教会に隣接した酒場になったらしかったです。見ればこれから上司になるマリアさんは満面の笑みです。


「実は私からお願いしたの~。ベルちゃん、女の子なのにしっかりしてるみたいだし……どうかしら~?」


 最後は少し困り顔、というか様子を伺う感じでしたがベルは断る素振りなんて見せず首を縦に振ります。


「こちらこそよろしくお願いします、マリアさん」

「良かった~! ウィリアムも賛成してくれたから~」


 どうやら牧師さんの太鼓判もあったようです。さすが獣人……ではなくベル個人の能力を見込まれたと見えます。主人としては誇らしい限りですが……。


「……ということは僕はここではない?」

「鋭いじゃねェか坊主」


 今の洞察が鋭いとは自分でも全く思わないくらい当然の帰結だとは思うのですが、しかしそれは当たっていたようで、その、なんと言いますか、妙な気分です。

 僕の様子がおかしかったのか、カルロスさんが肘で肩を小突きます。


「おいおい、姉ちゃんと別れるのが寂しいのかァ? ン?」

「ははははは、まさかぁ!」


 ちょっと声が裏返りました。会話が下手くそか。

 謙虚に表現するなら図星です。僕としては否定したいのですけど。あまり大きな声では言えませんが生まれてからこの方、ずっと一緒にいたわけではないにしろ別々の場所で活動する、という経験がなかったので……いや、その。ほら、よく言うじゃないですか、姉弟の姉の方が奉公に出ると弟が云々って。……駄目だな、切り替えよう。

 このままだと延々と情けない状態を晒しかねなかったので僕は自分の職場に意識をシフトさせます。どこで働くんでしょうか。そもそも業種は。

 カルロスさんもそのことについて触れます。


「いやァ、本当はオレのとこに連れてくるつもりだったんだがなァ。坊主が流されるたびに潜ってたんじゃァ魚どころじゃねェしな! がっはっは!」

「いやもうそれに関しては僕も非常に残念です」


 生まれながらに残念に思っていますとも、えぇ。

 しかしこう話したということは僕は漁をするわけではないとのことでしょう、するとどこだ? 村の運営も布の仕立ても覚えはありませんし聖職者の手伝いが出来るほど信心深い覚えもありません。いやそもそも僕には手に職がありません。出来るのは民を見下ろして笑顔貼り付けて手を振るくらいです。あぁ、長々と立つとか長々と座るは得意ですよ。


「ってな訳で職場訪問だ、坊主。行くぞ」


 カルロスさんはニヤリと笑って立ち上がると、マリアさんに手を振って(お代を払ったようには見えない)そのまま店の外へ。僕も女性陣二人に頭を下げてその後を追います。


「どこへ?」

「野暮だなァ、付いてこい」


 そう言われてはついて行くしかありません。幸い追い甲斐のある背中には困りませんし。

 僕の予想は早速裏切られます。カルロスさんは教会のある海側ではなく山側へ。では村長さんのところかと思いきやその立派な玄関も通り過ぎ、僕の予想が完全に打ちのめされた直後に、その足は止まりました。

 場所としては村長さんちのすぐ近く。


「ここがお前の職場だ、坊主」


 そう言ったカルロスさんの前にあるのは村でほぼ唯一の水車と大きな煙突を備えた平屋のお家。村の主要施設で僕が唯一挨拶を済ませていない場所――パン屋さんでした。

 実は挨拶がまだなんです、と僕はカルロスさんに謝ろうと思ったのですが先を急いでいるのかそんな間はなく。


「アドルフ! 手伝いの坊主、連れてきたぞォ!」

「……………………」


 カルロスさんが呼びかけたのですが、返事はありません。


「ったく……来るって言ったのに、アイツ……!」


 参ったように乱暴に頭を掻いたカルロスさんは諦めるかと思いきや、そのまま扉に手を掛けました。そしてそのまま中へ。


「えっ、あの、カルロスさん」

「構わねェよ、入れ」


 怒られたらオレが言い返す、とちゃんとフォローも入れてて招く漁師さん。さすが父親の安心感です、とは言っても感じる罪悪感に意味もなく頭を下げながら僕もパン屋さんの中に入ります。

 中は酒場より鍛冶場の方が近い様子で、簡単なカウンターと取り敢えず置かれたような椅子、そして少し先にパン窯やら調理場やらが見えました。そこに人影も見えます。

 カルロスさんはさすがにカウンターの向こうまで行くことはせず、こちらからその人影を顎で示します。


「あれがアドルフだ」


 そこにいたのは、非常に恰幅の良い中年男性でした。相当パンがお好きと見えます。後ろ姿だったり横だったりするのでちゃんとお顔は見えませんが、全体的に柔和な印象を受けます。……見た目だけなら。

 やはり僕らの声は聞こえてなかったようで、アドルフさんは作業に熱中しておられるのですが。

 その様子の『おかしさ』に僕は気付いてしまったのです。

 調理場にいるのはアドルフさんだけ。

 なのに。


「良いねぇ……すごく良い。あぁ、君なんか艶が最高だぁ。おぉ……! そっちの彼女はそんなにふんわりして、興奮してしまうじゃないか……ふふふ」


 アドルフさんは、会話をしていました。

 他に人はいません。相手は僕らでもありません。

 では誰と――?

 僕はその真実に聞いた時、思わず呟いてしまっていたのでした。


「ぱ、パンと話してる……」


 ルアン・シクサ・ナシオン、初めての職場ですが――もうやっていける気がしてません。

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