第27話 鍛冶屋、咆える
あぁ、神よ。もし本当に天におわしますならば今ここに懺悔します。神がいないのであればいっそお父様でも構いません。お父様、聞こえていますか? あなたの息子はこれから罪を告白します。
懺悔します。僕は好奇心で一振りしてしまったせいで貴重な道具である鍬だか鋤だかを折ってしまいました。
「……やってしまった……」
僕は残った鍬だか鋤だか(以下、このアイテムは鍬として扱う)の柄を取り落としながら、わなわなと自らが犯した所業に目を見開き思わず二、三歩後退ります。
「そ、そんな……」
まるで人を殺したかのような様相で我が手を見てみますがそこについているのは血ではなく地です。いえ、土汚れ的な意味で。
しかし僕の手に確固たる証拠がなくとも遺体はそこにあるのです。刃(?)を失くした柄と、無残にも納屋の壁に激突してその生きた証をダイイングメッセ―ジ的に刻んだ刃が。
「……どうしよこれ」
折れた瞬間は思わず叫んでしまいましたが、しかし叫ぶほどのことをしでかしたのは事実です。いくら初日にベルも窓をぶっ壊していてハアトに至っては家全体をぶっ壊しているからと言って僕まで何か壊していてはどうしようもありません。この家族、破壊力が高すぎる。いや駄目なんですってば。
何分今まで何かを壊す、という経験が少なかった僕は思わず焦りそうになるのを深呼吸で抑えることにします。
「落ち着けー……お前はルアン・シクサ・ナシオン……やれば出来る元・第六王子……まずは冷静に状況確認だ……」
しばらく目を閉じて自己暗示した後、改めて確認します。僕が振り下ろした結果、目の前には無残にも先の部分が砕け散った鍬が。……やっぱ変わんねぇなこれ。
状況確認が終わったので次は処理です。起きてしまった事故は仕方がないのです。と言っても、僕にはどう処理すべきか見当が付きませんでした。取り敢えずの問題としてはベルに話すか話さざるかです。
「……待てよ」
ここでふと、悪知恵が働きます。天才少年ここにあり、です。今初めて自称しましたけど。
「最初から壊れていたことにすればいいのでは……?」
そうです。もしベルが何が壊れていて何が無事なのか全部覚えていたなら一巻の終わりですが、そうでないと仮定すると僕が壊したことにはなりません。これを破片と一緒に納屋に戻り、然るべき時が来たら「壊れてたんだねー、残念」と何食わぬ顔で共に肩を落とせばいいのです。
「これだ」
確信した僕は早速隠蔽工作、ではなく事実の書き換えに挑もうとしたのですが一つ盲点がありました。そう、僕は折れた瞬間に思わず叫んでいたのです。犬の獣人は僕ら人族よりも耳が良いので、ベルがとるであろう行動は一つ。
「どうかしましたかルアン様ッ!?」
「どうもしておりませんってばぁもう!」
僕の絶叫を聞きつけ駆けつけたベルによって僕の隠蔽工作は見事に阻止されたのでした。返す言葉も最早投げやりです。恨むべくは獣人の身体能力の高さ!
そしてもちろんベルは納屋の裏で折れた鍬とそれを拾い上げようとする僕の構図を目にするわけです。しばらくは状況観察から起こった事件の推察をしていたのでしょう。少しして、彼女はいつもの冷静さに若干の苛立ちのようなものを配合した言葉を処方してくれます。
「……いえ、明らかにどうかしているでしょう」
「おや! この鍬はどうかしているね。大変だ」
「いえ、どうかしているのはルアン様です」
「僕? やだなぁ、僕はいたっていつも通りです」
僕が精一杯の冷静さで取り繕えば、切れ長の瞳から放たれる刺すようなベルの視線が僕を貫きます。
「嘘を吐いている匂いがします」
「嘘でしょ……どこで身に付けたのそんな特殊能力」
「えぇ、嘘ですが……間抜けは見つかったようですね」
「……ハッ!」
僕が気付いた瞬間には時すでに遅し、ベルはやれやれと肩を竦めていました。てっきりどんな凄腕の尋問を習ったのかと思ったのですが、鎌をかけられていたようです。やりおる。
白日の下に罪が暴かれてしまった以上、足掻いても仕方がありません。僕はさながら荒海を臨む崖の上の気分で罪を告白しました。
「……ごめんベル、試しに振ってみたら壊れた」
「そのようですね。お怪我は?」
「ございません……」
「それは何よりです」
儀礼的ながら僕の身を案じてくれるのが逆に心苦しく思います。こんなに優しいベルに嘘吐こうとか考えた糞野郎はどこの誰でしょうね。さぞ身分の低い生まれなんでしょうね。……ここ、ロイヤルジョークです。
ベルは通り過ぎざまに僕の額を小突きつつ、折れた鍬の様子を確かめます。
「……だいぶ古くなっていたようです。素人目ですが……ルアン様が不用意に振るわなくても、然るべき時に振るって壊れていたかと」
「おぉ、良かったよ……てっきり僕が全面的に悪い感じで壊れたのかと」
「まさか。ルアン様の細腕で? 冗談がお上手になりましたね」
「この……!」
「おや、不服ですか? 喧嘩でも剣術試合でも、相手になりますよ。……もっとも、ルアンが私に勝てたことなんて今まで一度もないけど」
挑発に挑発を重ねられてとってもプライドが傷付きますが、しかしベルさんのおっしゃる通りです。今まで力比べでベルに勝てた試しがありません。喧嘩で泣かされた回数も両手では足りず……従者と殴り合いの喧嘩で負けた経験があるのは姉弟同然に育った弊害でしょうか。
「今に見てろよ」
「安い捨て台詞ですこと」
しかしここで僕らが無駄に言い争っても何も自体が進展しないのはお互いに分かっているので軽いじゃれあいはこれまで、僕らはこれからを考えます。
「それでルアン様、これからどうされます?」
「どうされる……草むしりに戻ろうか」
「えぇ……この鍬だか鋤だかはどうされるおつもりですか?」
「あっ、やっぱりベルもどっちか分かんない?」
「えぇ、従者と言えど経験したのはほとんど城内の仕事でしたので。……ってそうではなく。このまま放置ですか?」
「うーん……」
どうしましょうか。僕としては一旦保留にしておいて草むしりに戻るくらいのつもりだったのですが、ベルはそういうつもりではないようです。
「確かに今すぐは使いませんがいずれ直面する問題です。恐らく、草むしりの直後くらいに。であれば今のうちに解決しておくのが賢明では?」
「確かに。でも僕らに金属加工の技術はない……すると……」
誰か助けて知恵を貸して、的な意味でカルロスさんのことを思い出していると連鎖的に思い出しました。僕らに金属加工の技術はありませんが、そう言えばお隣さんが。
「「鍛冶屋のガスパールさん……!」」
ベルも全く同じことを考えていたようで、声が重なります。
カルロスさんに村を下から上まで案内してもらった中、僕らの一番の近所さんとして案内されたのが少し下ったところにある鍛冶屋のガスパールさんです。
「そう言えばまだ挨拶が済んでいませんでしたね」
「挨拶に行こうとした僕がハアト見つけちゃったからね……でもちょうどいい機会なのかも」
「えぇ、これから先またお世話になるでしょうし」
こうしてみるとナイフ類が無事だったのが不思議なくらいなのですが、実際にぶっ壊れたのでいい機会です。挨拶は早めの方がいいですし。
そうと決まれば僕らは早速準備をします。むしった草を取り敢えず納屋の中に仕舞い、身支度を整えれば準備完了です。不意にハアトが来た場合が若干心配ですが……そこはまぁ、どうしようもないので対策のしようもありません。
折れた鍬はベルが持って家を出ます。そう言えば初めてこの家に来た日以来、初めて山を下りる気がします。さっきも振り返った通り、本来ガスパールさんに挨拶に行こうとしていた時にハアトと会ってしまったので。
しばらく木々の立ち並ぶ山道を降りて行けば……見えました、民家が二つ隣接合体したようなお家です。相変わらず片側――恐らく仕事場――には石がわんさか積まれて、炎が中からてらてらと大きな影を外に投じていました。僕らはその様相に若干気圧されながら、取り敢えず外から様子を見ます。
「カルロスさんと来た時には仕事中だったね」
「えぇ。ひどく大声で会話されておりました」
「ちょっと怖かったね」
「まったく。騎士団長を思わせました」
大声で怒鳴るお爺さんは貫禄と迫力が同居しているので怖いものです。恐らく時代を問わずそうでしょう。しかしビビっていても始まりませんしちゃんと話してみれば意外と良い人、なんて事例もよく聞きますのでここは前進あるのみです。
「ベル、鎚の音聞こえる? 僕には聞こえないんだけど」
「私にも聞こえません。ということは、お仕事中ではないのでしょうか?」
「もしそうだったら話し掛けるタイミングだね。……やっぱり仕事場からの方がいいよね?」
「急に生活圏に踏み込むよりはある程度礼儀がなっているかと」
「礼儀なら任せて。村で一番の自信がある」
「さすがです」
元とは言え王族ですし血筋的には未だに王族ですので、言い方は悪いですが平民の皆さんに礼儀で負けるとは思いません。世間は知りませんが礼儀なら存じているわけです。
ともかく僕は意を決すると、炎猛々しい鍛冶場へと挨拶と共に踏み込みます。
「すみません、上の空き家に住んでるルアンと申すものですがー!」
「挨拶と共に農具の修理をお願いしに参りました!」
ある程度通る僕の声と、若干遠吠えの要領で声を出しているのか鍛冶場に反響するベルの声。忙しい中でなければ例え隣の居住区(?)の方にいたとしても聞こえるはずです。
あまりずけずけと中に踏み込むのも怒られそうなので、僕らは石や完成品でしょうか、金物の並べてある鍛冶場の入り口辺りで反応を待ちます。先日の通りであれば、低く荒々しい声が返ってくるはずです。
ちょっと間があるので、僕らがもう一度呼びかけようとしていると。
「どこのどいつだ! そこで待ってろクソガキ!」
改めて聞いてもちょっとびっくりする怒声が帰ってきました。間違いありません、記憶の中にあるガスパールさんです。どこのどいつかは名乗ったつもりだったのですが……ともかく、待てと言われた以上待ちます。待ちルアンです。
「……クソガキだってさ」
「クソガキではありませんか」
「ベルも含めてだよ」
「……心外ですね」
「そうでしょうとも」
僕の記憶によればクソガキと呼ばれたのは例の僕らを追放した大臣くらいなものなので、不覚にも苦笑いが漏れます。ちなみにベルは『畜生』呼ばわりだったのでそれよりはずっとマシです。あの大臣は人族至上主義の純血主義でしたので。
今だからこそ笑えるような話をしていると、奥の方から駆けてくる音がします。ガスパールさん、お爺さんと聞いていましたが足取り軽いな……と思っていると。
「おっ、アンタらか! よく来たな」
現れたのは爽やかなお爺さん――ではなく、体格のいい少年でした。年齢は僕と同じくらいか、少し上かといった具合です。漁師さんたちは逆三角形の体格でしたが彼は正三角形、と言った具合で足腰がよりしっかりした印象を受けました。腰には厚そうな短いエプロンをしています。
全く違う声をした全く聞いていない少年の登場に僕とベルが目を見合わせる中、少年は威勢よく続けます。
「こいつぁ珍しいや、獣人だぜ……初めて見た。アンタら、新入りなのか?」
「えぇ。上の空き家に住まわせて頂いています」
「おっ、上のかぁ。不便じゃないかい? 静かで広いから悪いとこじゃねぇんだけどなぁ。あっはっは」
どうやらこの彼、とっても気さくで僕としては好印象なのですがそれでも存在が謎過ぎます。それは受け答えていたベルも同じようで、戸惑いを見せながら尋ねました。
「あの、あなたがガスパールさんでしょうか?」
すると彼は一瞬ぽかんとした表情を浮かべた後、一層大きく笑います。
「あっはっは! いやいやすまねぇや、そりゃそうだな。俺は弟子だ。師匠んとこ案内するよ、ついて来な」
なるほどお弟子さん。この村には鍛冶屋さんはガスパールさんしかいないらしいですから、お爺さんらしいガスパールさんが弟子を取っていても何ら不思議はありません。
お弟子さんは振り返しながらですがずんずん進みますので、僕らも慌てて、そして気を付けつつ辺りを進みます。お弟子さんの「そこは段差があるぜ」「右の刃物、気を付けなよ」との丁寧なアナウンスが無ければ今頃怪我していたかもしれません。大した道のりの長さでもないのに。
場所としては入り口から少し奥へ進んだ所でお弟子さんは声を上げました。
「師匠、客を連れてきたぜ! 上に越して来たらしい!」
「あぁ!?」
続いて入ってきた僕らを出迎えたのはよく聞き及んでいたガスパールさんの怒声でした。ほとんど直接聞けばより大きな声で、ベルが常時しかめっ面状態になります。
僕らの目の前には大きな炉と作業道具らしきものが並んでいまして、ここが作業場らしいと分かります。そしてその中央に、何やら鉄の椅子に腰を下ろしている人影が。
その人影は僕らの気配に気付いたのか、こちらを振り返りました。なるほど、予想通りのお爺さんです。つるりとした頭に、猛禽の如き鋭い三白眼。白い口髭が目を引き、お弟子さんより長く足首まであるエプロンと右手には重そうな鎚。間違いありません、きっと彼がガスパールさんでしょう。
ガスパールさんは僕らを目にすると、その鋭い目つきを更に鋭くしたかと思えば、爆発的な迫力で咆えました。
「誰だてめぇら!」
びっくりするほどの音圧とたじろぐほどの威圧。どんな喉してるんだろうと思わせます。ですがごもっともです。僕は改めて名乗ることにしました。これはもしかすると試験なのかもしれません。「お前の度胸を見てやる」的な。いいでしょう、見せます。
「上に住むことになりました、ルアン・シクサ・ナシオンです! こちらは同じく従者のベル! よろしくお願いします!」
式典ぶりにこんな声張ったぞ、と思うくらいの声の張り方をしました。一応都の人々には聞こえたらしいくらいの音量はあるので、試験には合格できるでしょう。
さぁどうだ! 僕が心の中でドヤ顔しながらその反応を待っていると若干の間を明けて帰って来た咆哮が全てを吹き飛ばしました。
「知らねぇなぁ!」
……いや全く、その通りでしょうね。
僕は思わず気圧されてドヤ顔も崩れます。隣ではお弟子さんが小さく笑っていて、僕はベルと顔を見合わせるしかありません。いやそりゃあ、知らないでしょうよ。初対面ですから。
ガスパールさん、意外ととんでもない隣人かもしれません。
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