第28話 元・王子、初めての友達が出来る
頭に一本も毛がない方のことを、丁寧に呼ぶのであればどうしたらいいのでしょうか。
どストレートに言うのであれば「ハゲ」になりますけれども。でもハゲとは言いづらいですよね。どうしたもんでしょうか。恰幅の良い方は恰幅が良いって言えますけども……上手いこと言い替えられればと思います。
言い替えたい理由としては相手に失礼がないようにその容姿を形容したいが一つ。比喩表現を使えば逆に馬鹿にしているように聞こえますし、そのまま「このハゲーっ!」と言ってしまえば完全に喧嘩腰です。そしてもう一つは、「ハゲ」だとどうしても道化的な印象が伝わるからです。安っぽいというか、馬鹿っぽいというか。
しかし。
「儂はおめぇらのこと知らねぇ」
炎を背にそう凄むガスパールさんは例え「ハゲ」と形容したとしても衰えぬ威圧感がありました。形容するならば或いは、達磨みたいな感じです。なんかこう、あまりにも燃え盛る赤を背負うのが似合い過ぎて魔神か何かと思ってしまうくらいです。
「……初対面ですので、知らないのも当然です」
気圧されながらも一応言葉は返しますが、何か口答えしたような感じになってしまって手応えも感じられません。案の定鋭い返答が火の粉と一緒に飛んできます。
「口の達者なガキだな。……名は何と言ったか」
「ルアンです。ルアン・シクサ・ナシオン」
「姓まであるたぁ生意気だな。ルン坊と呼んでやる」
「ありがとうございます」
ルン坊との愛称を頂きました。なんだかんだ言ってイルエル入村初めての愛称ではないでしょうか。ハアトにもカルロスさんにも牧師さんにも村長さんにもノーマルな呼ばれ方をされていたので。「ルン坊」とは、なんとも小粋で愉快なネーミングです。呼んでくれる方は粋ではあっても愉快ではないんですけれど。
すると次は単純にベルです。
「獣人のおめぇは」
「ベルです。どうかお見知りおきを」
「じゃあベル嬢だな」
ベル嬢ですって。ベルが男であれば魔王的な結構危ないラインの仇名になっていた可能性があると思うと彼女が女であって良かったなぁと思います。僕はベル嬢肩に背負えません。
さすがお爺さんと言ったところでしょうか、僕らに名前を名乗らせたガスパールさんは続けて自分も名乗ります。
「儂はガスパール。それがジョーだ」
「よろしくな、ルン坊」
紹介されて、僕の隣のお弟子くん――ジョーくんはそう軽快に挨拶してくれます。
取り敢えずこれで全員の自己紹介が終わった訳です。両方が名乗り合ったので王室剣術で習った儀礼に則ればこれでいつ決闘が始まってもおかしくありません。僕もベルも丸腰、対してジョーくんも丸腰ですがガスパールさんは鎚を持っています。ハンマーです。あれで殴られれば確実に死ぬと思います。地の利も相手側にありますし僕は現段階で既にジョーくんの間合いに入ってるので圧倒的に不利です。死ぬしかない。
あまりにも追い詰められた状況、僕は最期はどんな言葉を遺せばカッコいいかな……とか考えていたんですが死を覚悟していたのは僕だけらしく、ガスパールさんは殺すような目つきではありますが言葉を投げます。
「で、今日は何の用だ」
「えっ見てもらえるんですか」
「じゃなかったらおめぇ何でここ来たんだ」
初対面がとても受け入れてもらえそうな具合ではなかったので、とは言いません。今度は口の達者なガキでは済まないでしょうし。決闘は避けられたと言えどあの鎚で殴られれば死ぬ、つまりこの鍛冶場にいる以上僕の生殺与奪はガスパールさんが握っているので。
しかし見てもらえるなら見てもらうだけなので、僕はベルと共にガスパールさんへ鍬だか鋤だかを持って行こうとします。
「実はこの……」
「こっち来るんじゃねぇクソガキぃっ!」
「ひぃ」
見せろと言われたので見せに行こうとしたら来るなと言われました。理不尽極まりない。こういう理不尽なところも騎士団長を思わせます。やってらんなくなりそうです。
「わりぃなぁ、ルン坊」
隣で苦笑いするのはジョーくんです。彼は僕とベルが理不尽に驚いているのを察したようで、若干申し訳なさそうにフォローを入れてくれました。
「師匠な、自分の作業場に素人入れるの嫌いなんだ。言葉も足りねぇし……」
「聞こえてるぞジョー!」
「聞こえてんなら気を付けろやい! ……代わりに俺が持ってくから、貸してくれ」
「助かります」
ベルの手から折れた鍬だか鋤だかがジョーくんの手に渡ります。ジョーくんがいなかったらガスパールさんと上手くやってけそうな気が微塵もしません。ジョーくん、この炎と鉄に溢れた煉獄の救いです。
ジョーくんは自身も鍬だか鋤だかの残骸をしげしげと眺めならがガスパールさんにそれを持っていきます。僕らは侵入の素振りを見せただけで怒鳴られましたが今度はそうはなりません。これが信頼の差、或いは師弟の絆でしょうか。輝かしいことです。物理的にも。
「ほら師匠、これだってよ」
「あぁん? 鍬か。……しゃぁねぇ、見てやる」
じろりと折れた得物を睨む姿は熊か猪か、って感じでガスパールさんは僕らの持ってきたものを検分し始めます。そしてガスパールさんの言葉から判明しましたがあれは鍬らしいです。少し離れた位置にいる師弟には聞こえないように僕はベルへ囁きます。
「鍬だって」
「鍬らしいですね」
「ベルは僕のこと好きらしいね」
「はぁ?」
「ごめんって。だから足踏まないで、痛い痛い痛い痛い痛い」
「あら、こんなところにちょうど良く斧のようなものが」
「さすがに斧は死ぬ」
「殺すつもりですが。気持ち悪かったので」
「冗談に決まってるじゃん……」
決闘が避けられたのにまさか身内から断ち殺されるとは思わないじゃないですか。迂闊に口を利くもんじゃないなと思います。災いの元らしいですし。僕としては口が災いの元になるなんて勘弁願いたいんですけどね、商売道具みたいなとこあるので。
「派手にやったなルン坊」
「一撃でした。我ながら豪腕です」
「紐みたいな腕で何言ってやがる、寝言は寝て言え!」
予想以外に達者な返しです。紐って。ちなみにこの返しにベルは隣で小さく爆笑してました。目を一瞬見開いただけなのでガスパールさんたちには分からないかもしれませんが、尻尾と耳が凄く愉快に動いているので僕には分かります。失礼なやつ。
ツッコむのも屈辱なので僕はベルを無視しながらガスパールさんの検分が落ち着いた頃合いに声を掛けてみます。
「どうですか? 出来れば直して頂きたいんですけれど」
「儂を誰だと思ってやがる。余裕だ」
「頼もしいですね」
「だが」
意外と順調に事が運び、これは万事解決! と僕はこれからの予定に頭のリソースをチーズもかくやという勢いで裂こうとしていたのですが、ガスパールさんの引っかかる物言いに聞き返します。
「……だが、と申しますと?」
「おめぇら、モノはあんのか? この村じゃあ物々交換が基本だが」
鍛冶場は自体は燃え盛る炎に煽られこんなに暑いのに、僕は一瞬で冷たくなったような心地でした。口も行動も凍ります。
しまった。完全に失念してた。
ガスパールさんもそれを見抜いていたらしく、やれやれと首を振りながら検分していた鍬をジョーくんに突き返しました。
「どうせ村じゃあ初めてだからとか親切にしてもらったんだろうがなぁ、儂はそうはいかねぇぞ。いいか、よく聞け」
ガスパールさんはそう切り出すと同時に、鎚を台に振り下ろします。火花散る鍛冶場に響く撃音。達磨の如き形相が鋭く、しかし冷静に正面から僕らを射抜きます。
「鍛冶は儂の仕事だ。儂はどんなに信用ならねぇ奴でも仕事は受けるが、例え国王からでも対価は貰う! ……ルン坊、ベル嬢。上に越して来たんだったか? 顔は覚えておいてやる。だがこの仕事は受けねぇ。出すもん用意してから出直せ!」
ガスパールさんはそれだけ言い放つと、話は終わったと言わんばかりに僕らからは背を向け仕事に戻りました。
正論で説き伏せられた以上立ちつくす他のない僕らへジョーくんは苦笑いと共に鍬を持ってくると、ガスパールさんに一言断ってまた共に鍛冶場を抜けて外へ出てくれます。
「すまねぇなぁ」
もう既に何回目かになるジョーくんのフォローというか謝罪と共に、僕らは外の風に吹かれました。暑かった鍛冶場でかいた汗が冷えていくのを感じます。
しかし謝るのは僕らの方で、ジョーくんの言葉は否定せねばなりません。
「いえ、ガスパールさんの言うことはもっともです」
「ははは、そう言ってくれると助かる。イルエルの人間は新入りに優しいんだが、うちの師匠は偏屈でなぁ」
ジョーくんとしては僕らの状況も察せるしガスパールさんの言い分も理解出来るのでしょう、困ったように頭を乱雑に掻きます。
「だけど支払いがあればちゃんと仕事はするぜ、師匠は。……どうだルン坊、あてはありそうか?」
「あて、ですか……」
聞かれてベルと顔を見合わせます。正直今パッと浮かぶものはありませんが、ここで『ない』と言っても話は全く進展しないので僕は色んな含みをひっくるめてジョーくんにこう返しました。
「探してみます」
「ルン坊は逞しいなぁ」
「逞しくないと生きていけなさそうなので」
「そりゃそうだな!」
ともかく、残念な結果ではありますがこれでガスパールさん宅の訪問は失敗に終わることとなりました。僕らは取り敢えず作戦会議も合わせて自宅に戻ろうとしたのですが――その背中にジョーくんから声がかかりました。
「あっ、ちょっと待てルン坊! お前今いくつになる?」
「僕ですか? 十六です」
振り返りざまに答えてみれば、ジョーくんはその返答に顔を輝かせて嬉しそうに鼻の下をこすります。
「やっぱりか! 俺も十六なんだ! へへっ、仲良くしようぜ! 俺も堅苦しくならねぇからルン坊もその堅苦しいの、俺にはやめてくれよな!」
これは意外な反応でした。同じくらいだとは僕も見ていましたが、こんなコミュニケーションを受けるとは。少し唖然とした後、でも断るのもなんだか惜しい気がして気恥ずかしさを若干覚えながら、軽く片手を上げて挨拶とします。
「……わかった。これからよろしく、ジョーくん」
「おうよ! じゃあまたな、ルン坊!」
ちょうど鍛冶場の奥からガスパールさんの怒鳴り声が聞こえて、ジョーくんはそれに応じながら鍛冶場の中に消えて行きます。僕らもまた、鍛冶場を後にして家までの上り道を戻るのでした。
「良かったじゃないですかルアン様、お友達ですよ」
「茶化さないでください」
「実は嬉しいんじゃないですか? 初めての年の近いお友達ですもんね」
「うるせー。お友達って言い方やめて」
僕とジョーくんの会話を見ていたベルがここぞとばかりに僕をからかいます。
……ただ初めての年の近い友達、というのは事実でした。城の同年代と言えば兄さんたちか、或いはベルのような使用人や従者ばかりで友達……と呼べる存在はなかったと思います。他人のように遠いか、或いは家族同然に近いかの二極でした。イルエルに来てからも大人や小さな子、ハアトとしか交流がなかったので……まぁ、僕の人生初めての友達なわけです。あぁもう恥ずかしい。
「そんなに羨ましいならベルも言えば良かったじゃんか、二つしか違わないって」
「いえいえ、それは野暮ですので」
「今やってる冷やかしの方が百倍野暮だよ」
「まさか!」
「何のまさかだよそれ」
「
「いい加減斧から離れて……」
そんなことをしているうちに、僕らは家に辿り着きます。取り敢えずこの鍬をどうにかしたいので、納屋に直行です。元あった場所に破片が散らばらないよう気を付けながら収めた僕らはついでに納屋を見回します。
「……代金、どうしようか」
「どうしましょうか。基本的に私たちはまだ生活の基盤が成り立ってませんので、他の方に支払えるような物品はないのですけれど」
「だよねぇ……」
小麦やら魚やらはありますが、貰い物であることも含めて本来の用途から外れますし双方に申し訳ないことになります。納屋の中ですのでベルがドラゴンの巣から持ち帰った魔法の小麦も目に入りました。
「……あれは一応僕らの生産物だけど、違法小麦だからなぁ」
「小麦に違法性があるのは初めて知りましたが、同意見です」
こうなると八方塞がりです。余計なものは家にはありませんし、今回はハアトは全く無関係ですので魔法にも頼りません。かといってこのまま放置にも出来ません。ガスパールさんに限らず今後必ず直面する問題でしょうし……。
「……よし!」
「ルアン様、何か思いつかれましたか」
僕がとある決意と共に手を打って、それにベルが反応します。僕はあくまで威厳と言うか自信を表情全体に滲ませながら、堂々と言い切りました。
「いや、何も。だから、村に降りて村長さんたちに相談してみよう! 行けば何か掴めるかもしれないし!」
我ながら清々しいまでの他力本願です。
いいえ、これで恥とは思いません。頼れるものは極力頼っていく、それが僕の逞しさです。……なんとなく既にもう唯一の友人に会わせる顔がない気もしますが。ジョーくんこういうの自分で解決しそうだもんなぁ。
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